在宅勤務の適切な利用カギ コロナ危機と生産性

森川 正之
所長・CRO

コロナ危機下で国内総生産(GDP)が大幅に落ち込むなか、生産性はどの程度低下したのだろうか。

図は日本全体の労働生産性の月次での推移を概算したものだ。2020年5月の経済活動は、19年末比で約15%落ち込んだが、労働生産性の低下は約3%にとどまる。依然として消費税率引き上げ前を下回っているが、8月にはコロナ前に近い水準まで戻っている。

図:コロナ危機下の労働生産性
図:コロナ危機下の労働生産性
(注)経産省「全産業活動指数」、総務省「労働力調査」、厚労省「毎月勤労統計」の季節調整値に基づき2015年を100として指数化。「全産業活動指数」は20年7月で終了したため、8月以降は「鉱工業生産指数」と「第3次産業活動指数」を加重平均した伸び率で延伸

これまで労働生産性低下が意外に小さかったのは、分母に当たる労働投入量が産業活動と並行して大きく減少したからだ。その内訳をみると、就業者数の減少よりも残業の減少や一時休業など労働時間の調整の寄与度がずっと大きい。別の見方をすると、労働時間の調整が迅速で大幅だったことが失業増加を限定していた。雇用調整助成金制度の利用、将来の人手不足を意識した企業の雇用維持行動も、就業者数の調整を小さくしてきた要因だろう。

技術革新などを反映する全要素生産性は簡便な計算が難しいが、コロナ禍で技術後退が起きたわけではないので、労働生産性と似た動きだと予想される。生産性はアウトプットとインプットの相対的な関係なので、需要変動に応じて生産要素投入量が迅速に調整されれば、計測される生産性に大きな変化は生じない。

大きな負の需給ギャップが存在するなか、当面の課題は生産性よりも需要回復であり、様々な需要拡大策が試みられている。一方で、生産性向上は本質的に中長期の課題であり、不断に取り組むべきだが、コロナ下での対応の巧拙が将来の生産性に影響する可能性はある。以下、アフターコロナの生産性向上のために求められることを考察したい。

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第1は在宅勤務の適切な利用だ。緊急事態宣言前後から大企業のホワイトカラー労働者を中心に在宅勤務者が急増し、オンライン会議などデジタル技術の活用が進んだ。しかし筆者が経済産業研究所で就労者および企業を対象に実施した調査によれば、在宅勤務の生産性は職場に比べて平均で3~4割低い。在宅勤務の生産性は、業務の性質や労働者の属性による分散が非常に大きく、ごく少数ながら在宅の生産性の方が高い人もいる。だが感染抑止のために半強制的に実施された在宅勤務の生産性は、少なくとも平均的には職場の生産性に遠く及ばない。

デジタル化が進んだとはいえ、対面での緊密な意思疎通の効率性は高いし、雑談から新しいアイデアが生まれることも多い。また職場内訓練(OJT)や組織内の擦り合わせは遠隔では難しい面がある。在宅勤務の生産性には突然始まったことに伴う調整コストも影響しているので、学習効果や自宅の情報通信インフラへの投資を通じて改善するはずだが、職場並みの生産性になることは期待しづらい。実際、コロナ前から在宅勤務をしていた人でも、職場に比べると在宅の生産性は平均で2割ほど低い。

しかしウィズコロナの期間は当面続くし、収束後も在宅勤務を利用したいと考える人は多いので、定着していく可能性は高い。従って在宅での生産性低下をいかに小さく抑えるかが課題になる。オンライン会議などデジタルツールには地理的距離の壁がない、会議室の収容能力の制約を受けないなど様々な利点がある。

コロナ危機は新しいツールを使うスキルを多くの人が身に付ける契機となり、仕事の進め方の選択肢が増えたともいえる。職場か在宅かの二者択一ではなく、リアルとオンラインの長所・短所を考慮して業務の性質に応じて使い分ければ、本来はトータルでの生産性にプラスになる。ただし職場の方が効率的な業務の存在を考えると、完全在宅勤務が最適な労働者は例外的で、在宅勤務者でも週2~3日は職場に出勤するといった形での利用が主流になるのではないだろうか。

職場での会議や文書決裁の洗い直しが進むという効果もあった。コロナ危機が、意義の乏しかった会議の廃止・簡素化、押印が必要な書類の削減、長年単なる慣行として存在していた稟議(りんぎ)の合理化の契機になれば、将来の生産性にプラスに働く可能性がある。

筆者らの調査によれば、在宅勤務の障害・制約として「法令や社内ルールによって、自宅ではできない仕事がある」と答える企業が半数以上にのぼり、具体的には多くの企業が労働規制や個人情報保護を挙げた。社内ルールの見直しとともに、政府レベルでも障害となる制度の改善により、オンライン処理できる業務を広げることは、在宅勤務の生産性向上につながる。

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第2はサービス産業の需要平準化だ。過去の不況と大きく異なる今回の特徴は製造業よりもサービス産業に深刻な影響を与えたことだ。消費者の感染リスク回避行動、営業自粛や社会的距離確保の要請は、宿泊、飲食、娯楽、旅客輸送など対人サービス業を中心に需要を極端に減少させた。

もともとサービス産業の多くは「生産と消費の同時性」という性格を持つため、在庫により生産を平準化できず、その業績は需要変動の影響を強く受ける。娯楽系サービス業や宿泊業を対象に筆者が実施した分析によれば、季節・曜日・時間帯による生産の変動が大きい企業・事業所ほど、全体をならした生産性が低い。また好況期よりも不況期に企業間での生産性の分散が拡大する傾向がある。

密集回避のため、飲食店、娯楽施設、鉄道の指定席などでは座席の間隔をとっている。ピーク時の供給能力は低下するが、仮にピーク需要を閑散期・時間帯に分散できれば、密集の防止と同時に生産への負の影響も軽減できる。ビッグデータや人工知能(AI)を活用しダイナミックプライシングに取り組む企業も出てきた。時差出勤の普及や休暇取得の分散化も、反射的にサービス企業の生産性にプラスに働く可能性がある。こうした需要平準化は、コロナ収束後も同時性の制約を免れないサービス産業の生産性向上に寄与しうる。

第3は市場の新陳代謝メカニズムを生かすことだ。コロナが収束し経済全体が回復に向かっても、産業や企業により動きはまちまちになるはずだ。不況期には生産性の企業間格差が拡大するので、一部の企業は退出を余儀なくされる。だが中長期的には非効率な企業が退出し、生産性の高い企業がシェアを拡大することは、再配分効果を通じて経済全体の生産性を高める。

コロナ危機で苦境に陥った企業を救済するため、政府系金融機関による資金繰り支援、雇用調整助成金の拡充、持続化給付金などの政策が採られた。従業員50人以上の企業を対象に筆者が実施した調査によれば、雇用調整助成金は44%、資金繰り支援は25%の企業が利用していた。こうした政策は、大規模なショックの影響を緩和するための緊急時対策として必要だが、過度な長期化を避けるとともに、労働力や資源の産業間・企業間移動を円滑化するように制度設計を工夫することが望ましい。そのことがコロナ収束後の経済全体の生産性を高めるからだ。

2020年12月9日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2020年12月23日掲載

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