サービス産業におけるAI活用と生産

森川 正之
副所長

サービス産業の生産性向上への期待

日本経済は完全雇用下の低成長という状況にある。有効求人倍率は約一・六倍と半世紀ぶりの高水準で、労働力不足が深刻化している。近年の実質経済成長率は平均一%程度にとどまるが、潜在成長率つまり日本経済の実力を若干上回っている。労働力人口が減少する中、潜在成長率を高めるためには生産性を引き上げる必要がある。日本の生産性水準は米国の約三分の二、G七諸国中最低であり、生産性向上の余地は大きい。

日本経済に占める製造業のシェアは約二割に過ぎず、経済の大部分を占めるサービス産業の生産性が中長期的な経済成長率を規定する。このため、政府の経済成長戦略では、十年以上にわたりサービス産業の生産性向上が重要課題とされてきた。しかし、依然として未解決の状態が続いている。

サービス産業の生産性上昇率が製造業に比べて低いのは、サービスの質の向上が過小評価されているという統計技術上の理由もあるが、「生産と消費の同時性」という製造業にはないサービス産業固有の性質が影響している。しかし、人工知能(AI)はこの制約を緩和する可能性がある。

AIと経済成長

イノベーションは生産性上昇のエンジンであり、最近はAI、ビッグデータ、ロボットといった「第四次産業革命」が注目されている。機械学習・深層学習などAI関連の学術論文、AI特許、AIベンチャーの急増など世界的なブームになっている。

AIが人間の雇用を奪うことが懸念されているが、裏を返せば潜在的な省力化効果が大きい。自動運転による運輸サービスの無人化、AIを装備した介護ロボットなどはわかりやすい例だろう。本格的なAIではないが、ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)は、既に企業内の間接部門つまり本社サービスの効率化に活用されている。

理論的には、仮にAIが労働を完全に代替できるようになった場合—「特異点」と言われる—経済成長率は無限大に発散する。現実には技術的に自動化が困難な仕事は必ず残るし、人間によるサービスを好む消費者がいるので、無限大の経済成長は起きないだろう。自動車運転、介護などは機械への代替を歓迎する人が多いのに対して、保育サービスや初中等教育は人間によるサービス提供への選好が強い。

しかし、これまで機械化が難しかったサービス業務も、AIとそれを搭載した機械のコストが人件費に比べて割安になれば、人間から資本への代替が進んでいくだろう。そしてAIは利用範囲の広い「汎用技術」なので、経済全体の生産性を大きく高める可能性がある。

サービスの特徴 生産と消費の同時性

サービス産業の生産性上昇率が製造業に比べて低い一つの理由として、「生産と消費の同時性」という制約がある。つまり需要する人がいる時間・場所でサービスを提供しなければならない。頻繁に例示されるのが理美容サービスだが、飲食・宿泊、運輸、医療・介護、娯楽・スポーツなど多くのサービスはこうした性質を持っている。工業製品と違ってサービスは在庫がないので、大規模な工場で計画的・効率的に生産することができないのである。インターネット、スマートフォンをはじめ情報通信技術の進歩により、情報サービス、一部の小売サービスなど時間・空間の壁を克服しているケースもあるが、対人サービスの多くは依然として同時性の制約を免れない。

生産と消費の同時性の結果、サービス産業にとって稼働率が決定的に重要である。いかに立派な店舗を構えて優れた従業員を配置していても、利用者が来なければ生産性はゼロである。ホテルの客室稼働率、航空運輸の座席占有率、タクシーの実車率などが重要業績指標(KPI)なのはこのためである。需要をいかに時間的に平準化できるか、どれだけ人口が稠密な場所に立地するかがサービス産業の生産性を左右する。

AIによる同時性の制約の克服

AIは製造業を含むあらゆる産業の生産性を高める潜在力があるが、サービス産業の生産性向上の観点からは、時間的・場所的同時性の制約を克服する可能性が注目される。AIの大きな特長は「予測力」の向上である。AIが高い予測力を発揮するためには、機械学習のためのビッグデータが不可欠である。そしてサービス産業には顧客情報、消費履歴をはじめ予測に有用なデータが多い。

飲食店、宿泊施設、旅客輸送などで精度の高い需要予測ができれば、不要な人員配置を避け、最適なローテーションが可能になるし、食材など中間投入の無駄を減らすこともできる。この結果、インプットの節約という形で生産性が高まる。受け身の対応だけでなく、繁閑に応じた価格設定を行うことで需要自体を平準化する余地も大きい。運輸サービス、宿泊施設などでは従来から季節料金などの仕組みがあるが、ウーバーのように時々刻々と料金を変化させるサービスも現れている。こうしたダイナミック・プライシングを活用すれば設備稼働率を高めることができ、サービス分野の生産性上昇につながる。

場所の同時性という制約のため、サービス提供者は消費者がいる場所に立地しなければならず、事業所規模拡大のメリットを活かすのには限界がある。しかし、AI・ビッグデータは企業全体の固定費という性格が強く、同じ企業が事業所を増やす際の限界費用は小さい。このため各消費地に立地する個々の事業所規模が小さくても、多店舗展開により企業規模の経済性を享受でき、生産性を高めることができる。これを「サービス産業革命」と表現する人もいる。

日本企業のAI利用の現状

一九九〇年代半ば以降のIT革命は米国の生産性上昇率を加速した。コンピューター製造業、ソフトウエア業などのIT生産部門よりも、流通業、運輸業、金融業といったネットワーク型の「IT利用産業」において生産性効果が大きかった。第四次産業革命は、潜 在的な「AI利用産業」である広範なサービス産業の生産性を高める可能性がある。

それでは日本企業のAI利用への取り組みはどうなっているのか。その正確な実態は良くわかっていない。AIの利用に関する公的統計が存在しないからである。そこで、筆者は日本企業を対象に数年前から実態調査を行ってきた。最近の調査結果によると、AIやビッグデータを既に利用している企業は依然として少数だが、今後利用したいと考えている企業はかなり多い(表1)。既に産業用ロボットは普及しており、ロボットの利用度は製造業の方がずっと高い。これに対してAIやビッグデータを利用している企業はサービス企業の方が多く、今後の利用にも積極的である。

表1:日本企業のAI等の利用
表1:日本企業のAI等の利用

AIに限らず新技術は既存の労働者に代替する一方で、別の新しい仕事を生み出す。そうした仕事は、新技術と補完的なスキルを持った労働者へのニーズを生み出す。そうした仕事は、新技術と補完的なスキルを持った労働者へのニーズを生む。企業の技術への志向と従業者の学歴の間には興味深い関係が観察される。AIやビッグデータの利用に積極的な企業は、高学歴者の比率が高く大学院修了者も多い(表2)。一方、ロボットの場合、学歴との関係は希薄である。個人を対象にした調査でも、大学院修了者や理科系出身者は、AIによって自分の仕事が失われるリスクは低いと判断している。AIと補完的なスキルは従来に比べて高度なものになることが示唆される。もちろん学歴で測れるような知的スキルだけでなく、対人スキルなどAIで代替されにくい人間ならではの能力の価値も高まるだろう。

表2:AI等の利用と従業者の学歴構成
表2:AI等の利用と従業者の学歴構成

今後の課題 人材育成と統計整備

AIに限らず、汎用技術が経済全体の生産性を高めるには、物的・制度的インフラの整備、企業組織の変革、人材育成などの補完的な投資が必要になる。このため、経済成長に対して目に見える効果が現れるまでには時間がかかる。AIの場合、物的インフラよりも知的財産権制度、競争法、プライバシー保護、規制緩和など制度的インフラの整備が課題になる。しかし、おそらく最も重要なのはAI時代の人的資本形成である。既にデータサイエンティスト育成などの取り組みが進んでいるが、大学・大学院を含めて教育セクターが果たす役割は大きい。技術進歩は速いので、具体的な知識の習得だけでなく、変化に対応できる可塑的なスキルの涵養が重要になるだろう。

最後に、AIに関する統計整備の必要性を指摘しておきたい。AIの経済分析は緒に就いたばかりで、わかっていないことの方が多い。AIの生産性効果の計測や政策効果の検証のためには、AIの利用状況に関する企業や個人レベルのデータが不可欠である。技術自体が日進月歩なので、継続的に実態把握を行う必要がある。私自身研究者としてそうした調査を細々と行っているが、AIの経済的な重要性を考えると、包括的・継続的な政府統計として取り組むことが期待される。


*本稿は内外の多くの研究に依拠している。詳しくは本稿の基礎となった以下の拙著とそこで挙げた文献を御参照いただきたい。

  • 森川正之(二〇一六)、『サービス立国論:成熟経済を活性化するフロンティア』、日本経済新聞出版社。
  • 森川正之(二〇一八)、『生産性 誤解と真実』、日本経済新聞出版社。

『学士会会報』No.939(2019年11月)に掲載

2019年12月9日掲載

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