低い日本の労働生産性 米国との格差、複合的要因

森川 正之
副所長

労働力不足が深刻さを増すなか、生産性への関心が高まっている。日本の労働生産性の水準は米国の約3分の2で、主要7カ国(G7)諸国中最下位だ。米国との生産性ギャップは1990年代初め以降ほぼ横ばいで、30%を超える格差が続いている。

時間当たり賃金の平均値を比較しても、日本は米国の3分の2だ。つまりマクロ経済的には生産性と賃金はほぼ釣り合っており、日本の賃金が低すぎるわけではない。

国内総生産(GDP)では捕捉されない様々な経済的価値も存在するので、生産性と経済厚生(国民の経済的満足度)は同義ではない。余暇、健康、平等度などを含めた生活水準を比較すると日米格差は20%以下に縮小するという分析やほぼ同水準という試算もある。しかし生産性が労働者の賃金や国民の豊かさを規定する基本的な要素であることに変わりはない。

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なぜ日本の生産性は低いのか。多くの研究がなされてきたが、日米の生産性格差を規定する唯一決定的な要因は見いだされていない。

労働生産性という指標には機械設備など資本の多寡が強く影響するが、主要先進国の資本係数(資本ストック/GDP)に大きな差はない。つまり日本の設備投資や資本が少ないことが労働生産性格差の原因ではない。

労働生産性の分子に当たるGDPは、両国物価の相対水準つまり購買力平価(PPP)を用いてドル換算されるので、近年の円安傾向が原因でもない。むしろ日本の物価上昇率が低かったため、90年代以降PPPは一貫して円高方向に動いてきており、ドル換算した日本のGDP水準を高める方向に働いている。

ただし労働生産性の国際比較の数字には様々な計測誤差がある。PPPは同一の財・サービスの各国価格に基づき算出されるが、その精度には限界がある。特に経済の中で大きなシェアを占めるサービスについては、一見同じようでも質が異なることが多く、価格比較はかなり困難だ。

最近の研究によれば、日本のサービスの質が米国よりも高いことを補正すると日本の生産性は1割ほど高くなる。しかし日本の労働生産性が米国に比べて大幅に低いという結論が覆るわけではない。

日本は労働時間が長いので時間当たり生産性が低いという見方も根強い。だが従業者当たり、労働時間当たりどちらの生産性指標でみても、国際的な位置はほぼ違わない。

図は米国の生産性を100として横軸に従業者1人当たり、縦軸に1時間当たりの生産性をプロットしたものだ。実線は近似線、破線は45度線であり、日本はこれらの線上に位置する。時間当たり生産性を計算する際の分母はパートを含む全労働者の数字であること、統計がカバーする労働者の範囲や労働時間のとらえ方が国により違うことなどに注意が必要だが、平均的にみる限り日本は国際標準から外れた異常値ではない。

図:OECD諸国の労働生産性(2017年)
図:OECD諸国の労働生産性(2017年)
(注)米国を100として指数化
(出所)OECD生産性データベースを基に筆者作成

デンマーク、ドイツ、ノルウェーといった45度線の左上に位置する国は、時間当たり生産性が相対的に高い。所得水準が高い国ほど余暇の価値が高いので、労働時間が短くなる。この点で米国は所得水準の割に労働時間が長い例外的な国とも言える。

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近年、働き方改革の一環として労働時間の短縮が進められている。過度の残業はメンタルヘルスを含む健康に有害だし、生産性にもマイナスに働くだろう。だが極端な長時間労働を別にすると、労働時間と生産性に関する内外の研究結果は様々で、労働時間を短くするほど生産性が高まるという単純な関係ではない。

ワークライフバランスと生産性の関係も実証的にみると相関関係はあるが因果関係ではない。働き方改革を通じた生産性向上が強調されるが、両者を結び付けるのは無理がある。ただ労働時間短縮やワークライフバランス改善が生産性にマイナスの影響を及ぼすというエビデンス(証拠)もないので、労働者にとっての便益という素直な視点から取り組むべき課題だ。

無駄な会議や稟議(りんぎ)の削減、業務の段取りの改善、意思決定権限の委譲、意義の乏しい社内ルールの見直しなど、生産に直接結び付かない労働投入を減らすことは企業現場の生産性を高めるうえで有効だ。この点、仕事の進め方を不断に改善することは大事だ。その本質は個々の職場のマネジメントの問題だが、過剰な規制や行政指導など政策も影響する。

同一労働同一賃金も働き方改革の柱の一つだ。非正規労働者の処遇改善が重要な課題なのは間違いないが、賃金は生産性を反映するので、生産性を度外視して賃金を引き上げるのは無理だ。筆者の分析によれば、パート労働者の賃金水準は生産性とほぼ完全に一致している。平均的にみる限りパート労働者の賃金は生産性に見合わない低水準に抑制されているわけではない。非正規労働者の生産性・賃金を引き上げるには、スキルアップのための教育訓練や自己啓発を促すような人事・労務管理などの対応が本筋だ。

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それでは計測誤差、資本集約度、労働時間などを考慮したうえで、なぜ日本の労働生産性は低いのか。エピソードに基づく臆測は数多く、日本人はサービスがタダだと思っているからとか、日本は競争が激しすぎるからといった的外れな議論もある。

日本の企業経営が下手だからという指摘もよく聞かれるが、その根拠は曖昧だ。各国企業の経営の質を定量的に比較した「世界経営調査」の結果をみる限り、日本企業の平均値は米国およびドイツと並んで最も高く、英国やフランスをかなり上回る。

一般に生産性向上の二大エンジンは技術革新と労働力の質向上であり、今後もこれらが生産性向上の柱となるのは間違いない。しかし日本の研究開発集約度は米国よりも高いし、学力やスキルの国際比較調査からみて日本の人的資本の質はトップレベルだ。つまりこれらで日米生産性ギャップを説明するのは難しい。

各国の所得水準の差を要因分解した研究の多くは、資源配分の効率性の違いが国全体の生産性に強く影響することを示している。この観点からは、日本では「優良企業のシェア拡大、非効率企業の撤退」という新陳代謝のダイナミズムが弱いことが比較的重要な要因かもしれない。グローバル競争の障壁、労働者・企業の地理的移動のコスト、政府規制、既存中小企業の保護などがこの点に関係する。

それではどうすべきなのか。最近の拙著「生産性 誤解と真実」で整理している通り、過去の研究を通じて何が生産性を高めるのか、逆に何が生産性の足を引っ張るのか、わかってきたことも多い。

例えば企業の教育訓練投資は生産性への寄与が大きい。IT(情報技術)革命の経験に照らすと、AI(人工知能)など新しい汎用技術を利用するサービス産業で、教育訓練などの補完的な無形資産投資を充実することが今後の生産性向上にとって重要だ。

マイナス要因の例としては過度な土地利用規制が人や企業の最適配置を阻害し、国全体の生産性を押し下げることがわかっている。都市集積の利益を生かすことが大事だ。

日米生産性格差を解消する決定的な方策はないが、エビデンスを活用して生産性向上の余地を現実化し、生産性の押し下げ要因を除去する努力を重ねていく必要がある。

2019年3月5日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2019年3月12日掲載

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