生産性向上に何が必要か サービス需要平準化カギ

森川 正之
副所長

サービス産業の生産性向上が経済政策だけでなく企業経営の現場でも盛んに議論されている。経済の7割以上を占めるサービス産業の生産性はマクロ経済の潜在成長率を強く規定するから、成長戦略の中心になるのは当然だ。

そして最近は労働力不足の深刻化や「働き方改革」がこの問題への関心を一段と高めている。生産性向上がリストラや人員削減と受け取られる時期もあったが、現在は労働投入量の節約が不可欠になっており、生産性向上に取り組みやすい経済環境にある。

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日銀短観の雇用・人員判断をみると、非製造業では5年以上、雇用不足超過が続いている。特に宿泊・飲食、運輸、対個人サービスなど労働集約度の高い業種で不足感が強い。この状況下で進められる働き方改革、特に長時間労働の是正は、中長期的には生産性向上をもたらす可能性もある。しかし完全雇用状態での労働時間短縮は、短期的には労働力不足に拍車をかける。

サービス経済化の基本的な要因は、サービス需要の伸びがモノに対する需要に比べて大きいことだ。所得増加時の使途に関する筆者の最近の調査によれば、貯蓄を増やしたいという人が過半を占め、消費意欲が弱いことを示している。だが消費志向者の中ではサービス支出を優先する人がモノ支出優先の3倍以上だ。

特に60歳以上、女性、高所得層でサービス消費への選好が顕著だ。高齢化の進展、女性の就労拡大・可処分所得増加を背景として、余暇・娯楽サービス、医療・健康サービスを中心に、消費のサービス化が今後も進むのは確実だ。

政府は2015年の骨太方針で「サービス生産性革命」を掲げた。その後、中堅・中小サービス企業の生産性向上を支援する中小企業等経営強化法の策定、研究開発税制のサービス開発への拡大など具体的な施策を講じている。最近では働き方改革の一環として生産性向上国民運動推進協議会を設置し、小売り、飲食、宿泊、介護、貨物運送といったサービス業種ごとの生産性向上指針を策定する予定だ。いずれも人手不足が深刻化している業種であり、労働需給逼迫がこの運動の背景にある。

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企業経営や政策現場での生産性向上への関心の高まりは歓迎されるが、生産性についての誤解があると感じることも多い。例えば日本のサービスは質が高いのに、サービスはタダという意識が日本の消費者にあるため、サービスの質に見合った価格付けができないという声を頻繁に聞く。

しかし消費者は利便性・接客などサービスの質に相応の対価を支払っており、消費者が評価するサービスの質は価格に反映されるのが普通だ。

小売りサービスを例にとると、ブランドを含めて全く同一の商品が業態により異なる価格で販売されており、コンビニの販売価格はスーパーよりも1割以上高い。利便性というサービスに市場価値があることのエビデンス(証拠)だ。「ななつ星in九州」「瑞風(みずかぜ)」などの豪華列車の料金は一般の列車よりもはるかに高価だが、需要が殺到して予約困難な状況にある。

消費者の支払い意思(WTP)が高いサービスを提供すれば、質に見合った価格付けは可能なはずだ。セルフサービスの飲食店・ガソリンスタンドとフルサービスの価格差としてどの程度が適当と思うか調査したところ、平均値では10〜15%だったが、サービスの質への選好には個人差が大きいことも確認された。

最近、宅配サービスで時間指定の配達を見直す動きがある。時間指定配達は、いつ届くか予見できない場合に比べてサービスの質が高い。だがそれに対する支払い意思が高い人とそうでない人が併存する。この点、サービスの内容に応じて付加料金を取るという形でのアンバンドリング(分解)がサービス経営に本来期待される対応だろう。

サービス産業の生産性向上の方策としては、コンパクトシティーの形成を通じた集積の経済効果の活用、参入規制や職業資格制度の見直しを通じた新陳代謝機能の強化、サービスイノベーション(技術革新)など様々なものがある。このうち、以下ではサービスに固有の需要平準化という課題に絞って論じたい。

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在庫が可能な製造業と異なり、サービス産業は「生産と消費の同時性」という性質を持つため、稼働率が企業パフォーマンスを強く規定する。タクシーの実車率やホテルの客室稼働率が代表例であり、小売り・飲食などの業種でも来客数の変動が生産性を左右する。店舗・機械などの設備、労働者数いずれも調整コストが大きいことが背景にある。

近年、外国人観光客の急増に伴って宿泊施設の稼働率が上昇している。観光庁によると、全国の宿泊施設の平均客室稼働率は5年間に10%近く上昇している。図で示したように稼働率の分布全体が右側に大きくシフトし、最頻値が60%から約80%に移ったことが観察できる。単なる宿泊者総数の増加だけでなく、外国人旅行客の宿泊パターン(季節、曜日)が日本人と異なることによる需要平準化効果の寄与も大きい。その一方で、依然として低稼働率にとどまっている宿泊施設も多い。

図:宿泊施設の客室稼働率の分布
図:宿泊施設の客室稼働率の分布
(出所)観光庁「宿泊旅行統計調査」のミクロデータに基づき作成

IT(情報技術)の活用が稼働率向上に有効なことは多くの実証研究が示している。オンライン予約システム、需要予測に基づく機動的な価格設定はその好例だ。筆者の調査によれば、消費者は飲食店、ホテル・旅館、航空などのサービス利用にあたり、平均で10〜20%の価格差があれば需要のタイミングを変更すると答えている。これらのサービスでは需要時期の価格弾力性は比較的高い。今後は人工知能を活用した需給マッチングの効率化も期待される。

サービス産業ではパート、アルバイトなど非正規雇用の比率が高い。1日の中での需要の時間的変化、曜日による違い、季節変動が不可避なことが背景にある。その結果、需要変動の大きい企業・事業所ほど、非正規労働者の利用により生産性を高めている。

他方、働き方改革の中では、同一労働同一賃金をはじめ非正規労働者の処遇改善が柱の1つになっている。しかし筆者の推計によれば、パート労働者の賃金は就労先企業の生産性への寄与度と均衡している。つまり日本企業は平均的には差別的な賃金設定をしているわけではなく、生産性に見合った賃金を支払っている。そうだとすればパート労働者の処遇改善のためには、企業の生産性への貢献自体を高めることが必要になる。

この点、需要を平準化できれば、パート労働への依存度引き下げも可能になる。需要平準化の努力に限界があるなら、もう1つの対応策は労働者の多能工化だ。顧客の少ない時期には接客に加え、事務・営業などの業務を分担させることで、スキル向上や正社員化の余地が広がるはずだ。

現状が個別企業にとって経済合理的なものになっている以上、サービス産業での非正規労働者の処遇改善に対する規制的な手法の有効性は限られ、経営・労務管理のイノベーションがカギを握る。

個別企業レベルを越えた制度的な対応としては、ユーザー側の時間使用の柔軟化が重要だ。フレックスタイムの拡大や働き方改革で推進されている年次有給休暇の取得促進は、結果としてサービス需要の平準化、ひいては生産性向上に寄与する可能性がある。サービス産業の生産性を高める余地は様々に存在する。

2017年8月23日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2017年8月31日掲載

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