時間管理で健康確保、難しく コロナ下の働き方改革

黒田 祥子
ファカルティフェロー

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)により、世界は働き方の大きな変化を経験した。ニューノーマル(新常態)といわれる働き方は定着するのか。本稿ではこの1年の働き方の変化を観察するとともに、日本が推進してきた長時間労働是正に関する新たな検討課題を考察する。

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この1年で大きく変化した働き方の一つは在宅勤務だろう。テレワークは働き方改革の重点課題に位置付けられながらも利用率は低かったが、2020年4月の1回目の緊急事態宣言の発出後に急速に普及した。

他国も状況は似ている。例えば米労働統計局の「従業員福利厚生調査」では20年3月時点でテレワークが認められていた労働者は7%にすぎない。欧州の調査(Eurofound)もコロナ下に在宅勤務をした人の約半数が初めての経験だったと報告している。そして日米欧の複数の調査によれば、労働者の多くは在宅勤務を好意的に受け止めており、コロナ収束後も在宅勤務の継続を希望する人が多い。

労働者の声を受け、世界では在宅勤務を新しい働き方として認める動きがある一方、オフィスワーク回帰への強い支持も聞かれる。日本でも2回目以降の緊急事態宣言下ではテレワークの利用率低迷が続く。背景には在宅勤務は臨時措置にすぎず、同じ空間で同僚や顧客と対面でコミュニケーションをとる従来の働き方がベストという強い固定観念があると考えられる。

テレワークは「Flexible workplace benefit」と表現されることもある。働く場所の柔軟性は労働者にとってベネフィット(福利厚生)であり、今後は生産性の高い労働者をひきつけるための重要な条件となるだろう。テレワークが普及すれば、育児・介護・病気や障がいなど様々な事情で正社員であるための前提だった長時間勤務や出張・転勤などが難しかった人にも門戸が開く。労働力が恒常的に減少していく日本こそ、テレワークの環境整備を積極的に進めるべきだ。

もちろん、かねて指摘される通り、テレワークにより仕事と生活の境界が曖昧になりやすいことには留意が必要だ。厚生労働省が21年3月に示したガイドラインでも、テレワーク特有の中抜け時間などの柔軟性を認めつつ、企業に対しメール送付の抑制やシステムへのアクセス制限などの長時間労働対策をとることや、労働時間管理を通じた労働者の健康確保の方針を継続することを求めている。

だがパソコンのログなどで就業時間を把握しても、異なる場所で働く労働者の働き方を厳格に管理することは難しい。ゆくゆくは企業の労働時間管理を労働者の健康確保措置の中核とする従来の方法は見直していかざるを得ないだろう。

労働時間管理による労働者の健康確保は、もう一つの働き方の変化であるギグワークの増加により一層難しくなる。企業が自社の従業員の就業時間を厳格に管理しても、労働者がそれ以外の時間に別の仕事に就けば総労働時間は長くなる。

日本のギグワーカー数を厳密に把握できる統計はないが、プラットフォームサービス運営会社の登録者数は1年で急増している。また川上淳之・東洋大准教授の「家計調査」を用いた分析によれば、副業収入があったと答えた2人以上世帯の割合が20年4月以降に急増したという。コロナ下で日本でもギグワーカーが増えた可能性が示唆される。

なお、都合がつく時間だけ単発で就業可能なギグワークは、特定期間の就業の有無を調査する従来の統計では捕捉しにくい。「ギグ」の定義の曖昧さもあり、普及が早かった他国でも総数の把握は難しいとされる。

この7~8年で蓄積されてきた先行研究では、労働者に直接問うもの、個別のプラットフォーム会社から提供を受けたデータを用いるもの、銀行口座・決済アプリの入金記録や租税データを利用するものに大別できる。だがどれも一長一短があり、米国の研究も就業者全体の数%程度とするものから30%超まである。

ギグワーカーの働き方の実態についてはさらに把握が難しく、特に日本での定量研究はそう多くはない。

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以下では早稲田大学黒田研究室の長谷川裕一氏、伊土海人氏、川合紫乃氏と共同で実施したギグワーカー調査の一部を紹介する。調査は20年10月~21年1月に実施し、ウーバーイーツ配達員188人の協力を得て就労時間や収入など様々な情報を聞いた。本研究は特定のプラットフォームで食品配送という特定業務を担うギグワーカーのみを対象とし、サンプル数も限定的なことには留意されたい。

調査では以下のことが分かった。第1に調査対象の64%がほかに「本職」を持っており、うち約6割はフルタイム雇用者だった。

第2にギグワーカーとして働き始めた理由(複数回答)の最多は「収入が足りないため」(48%)で、「趣味・運動のため」(32%)が続き、「前職を失ったため」と回答した人は17%だった。また1回目の緊急事態宣言の20年4月以降に働き始めた人は、それ以前から働いていた人に比べ、低収入や失職を理由とする割合が高かった。ギグワークが景気後退期の所得急減を和らげる機能を担っているという実態は、海外の先行研究の報告とも整合的だ。

ウーバーイーツ配達員の週当たり労働時間

第3に1週間の就労時間は1時間以下から40時間以上まで様々で、平均23.0時間だった。図には本職がある人とない人の就労時間の違いを示した。本職がある人の就労時間は週平均18.7時間で、フルタイム雇用者に限定すると週平均16.8時間だった。

第4に調査時点までの1週間とその前の週の就労時間や日数を別々に回答してもらったところ、約半数の人が就業時間数や日数を週により大きく変えていた。自身の都合や本職の繁閑などの事情に合わせ、労働供給を弾力的に調整していることが示唆される。

世界ではギグワーカーの労働者性を巡り活発な議論が続いている。日本でのギグワーク定着は、法制度の整備にも大きく左右されるだろう。だが希望する時間帯にだけ働けるギグという働き方は、テレワークと同様、人手不足が深刻化していく日本にとっては追い風になるはずだ。そしてテレワークやギグワークという柔軟な働き方が一層普及するならば、企業による労働時間管理で労働者の健康を確保するという発想は変えていかざるを得なくなる。

日本が長時間労働社会に戻ることは避けねばならないが、それを回避するために柔軟な働き方を否定するのではなく、発想を転換し、今後は新しい働き方に合わせた健康確保のための工夫を模索していくべきだ。

鍵となるのは休息時間の確保という考え方だ。企業には、社員を一律に時間で管理するのではなく、無理をしがちな労働者に、睡眠の質や量を管理するセンシングデバイスや業務の合間の軽い運動・休息を促す健康アプリの費用を補助するなど、IT(情報技術)を併用しながら、労働者ごとに調整した健康管理の支援をすることが求められる。

2021年6月8日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2021年6月18日掲載

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