2011年より、厚生労働省は4大疾病(糖尿病、脳卒中、がん、心臓病)に精神疾患を新たに加えた「5大疾病」について、国として対策を講じていくことになりました。
厚労省の患者調査によれば、11年時点の精神疾患の患者はがん患者の153万人よりも多く、266万人に上ります。精神疾患のうち、うつ病など気分障害の患者は約96万人を占め、これは15年前の2.2倍に相当します。また、年間約3万人の自死の9割がうつ病などの精神疾患にかかっていたともいわれています。民間のアンケート調査でも、メンタルヘルス(心の健康)が不調となった労働者が増加傾向にある企業は相当程度、存在することが示されています。
経済学は人々の心理や行動原理を描写する学問として発展してきました。昨今では行動経済学や実験経済学をはじめ、人の心の動きや物事の捉え方をより詳細に観察する研究も出てきています。しかし、メンタルヘルスに関する経済学的な研究はあまり行われてきませんでした。経済学は心を扱う学問と考えられつつも、ひとたび病気として分類された場合、医学領域として、すみ分けられてきたのが理由の1つと考えられます。
こうしたすみ分けがなされてきた背景には、病気の原因は千差万別で、ストレス耐性・性格といった個々人の要因が関係しており、事後的・個別的な対処しかできないと考える傾向があったからです。一方、臨床・精神医学の分野では、過重労働や成果主義といった働き方の変化が精神疾患発症と密接に関係しているといわれてきましたが、定量的な検証は必ずしも多く実施されてきませんでした。
この連載では、経済学の視点から、職場のメンタルヘルスと企業の関係を労働問題としてひもといていきます。
2014年10月22日 日本経済新聞「やさしいこころと経済学―メンタルヘルス」に掲載