ジェンダー格差是正への道筋 資本市場の力を生かせ

児玉 直美
リサーチアソシエイト

日本は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で、職場におけるジェンダー格差が最も大きい国の一つである。労働政策研究・研修機構によると、2020年の女性管理職比率は、米国41%、英国37%、フランス36%、ドイツ28%、デンマーク28%、韓国16%に対し、日本は13%にとどまる。

またOECD統計によると、日本の男女賃金格差は徐々に縮小しているが、21年時点でもフルタイム女性労働者の収入中央値は男性より22%低い。韓国の31%に次ぐ大きさで、デンマーク5%、スウェーデン7%、ドイツ14%、英国14%、米国17%を大きく上回る。

図は筆者が参加する研究グループによる先進15カ国の30~55歳労働者の男女賃金格差を示したものだ。女性の賃金が男性よりどれだけ低いかを示し、マイナス幅が大きいほど男女賃金格差が大きいことを表す。

図:主要先進国の男女賃金格差

左図の横軸は年齢、教育年数、フルタイム・パートタイムを統制した上での男女の年収格差だ。日本の女性労働者の年収は男性より35%低い。基本属性を統制した後でも、男女賃金格差は韓国に次いで大きい。縦軸は基本属性に加え事業所固定効果を統制した後の同一職場内の男女賃金格差だ。日本の同一職場内の女性の年収は男性を33%下回り、突出して低い。国全体としての男女格差が大きいだけでなく、職場内の格差も大きいことを意味する。

スウェーデン、デンマークなど北欧諸国は国全体の男女格差も職場内の格差も小さい。一方、韓国、イスラエルは国全体の男女格差は大きいが、同一職場内で比べると格差は縮小する。

右図は時間当たり賃金の男女格差だ。多くの国で女性は男性より労働時間が短いため、時間当たり賃金でみると男女賃金格差は縮小する。だが日本は基本属性を統制した時間当たり賃金でも、女性労働者の賃金は男性より32%ほど低く(横軸)、同一職場内の時間当たりの女性賃金も男性より30%低い(縦軸)。スウェーデン、オランダ、ノルウェーの女性労働者の時給は同一事業所内の男性より8%低い程度にとどまる。

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ジェンダー格差を縮小するために企業は何ができるか。メアリー・ブリントン米ハーバード大教授は、一般的に女性は男性よりもキャリアの中断を経験する確率が高く平均勤続年数が短いため、年功的な賃金制度は女性に不利に働くと信じられてきたと指摘する。であれば、年功的な賃金制度を個人の業績に基づく成果主義的報酬システムに変更することにより、男女格差は縮小する可能性がある。

また成果主義的な雇用慣行は、上司による差別の余地を減らすことを通じて、男女格差を軽減する可能性もある。しかし最近の米国、中国、フィンランドの研究は、成果主義的な慣行は男女格差を縮小するのではなく、むしろ増大させる可能性があることを示唆する。

成果主義的報酬システムが男女格差を拡大したという事実は、日本でも大竹文雄・大阪大特任教授らの研究や筆者らの研究で確認されている。米国や日本の研究によると、歩合やボーナスは男女賃金格差の大きな部分を占めているという。

この理由としては、(1)個人の業績に基づき賃金が支払われる報酬システムは職場の競争環境を激化させ、男性に比べて競争的な環境を好まない女性に不利になる(2)担当業務は報酬に大きな影響を与えるがその割り当てが不平等である(3)能力が同じであれば「成果」は労働時間に比例するので、相対的に長時間労働ができない女性の評価が低い――ことなどが考えられる。

長時間労働や柔軟でない働き方が男女格差を生み出している可能性もある。男女格差が小さいデンマークでも、家事の性別役割分担のため男女の労働時間格差があり、夫婦ともに管理職でも子供の送り迎えなどのために女性は男性より午後の仕事を休む確率が高く、その差がキャリアアップの男女差を生み出している。

またクラウディア・ゴールディン・ハーバード大教授は、米国の労働者のデータを用いて、長時間労働に対する賃金プレミアム(労働時間が伸びるにつれて時間当たり賃金率が上がっていくこと)を計測した。長時間労働のリターンが高く柔軟な働き方ができない職業ほど、男女賃金格差が大きいことを明らかにした。賃金プレミアムは、薬剤師のように代替可能な仕事では小さく、弁護士のように担当交代時の引き継ぎコストが高い仕事では大きい。

同氏は労働市場の男女平等実現には、時間的柔軟性を高めるために仕事の仕組みや報酬のあり方を変え、従業員の代替可能性を高める必要があると指摘する。

財務総合政策研究所の山本高大氏らは同様の手法により、日本に関して職業ごとに仕事の代替可能性を表す指標を導出し、男女間賃金格差との関係を調べた。日本では米国と異なり、柔軟な働き方の指標と男女間賃金格差の間に有意な関係は観測されなかった。

だが日本では米国と異なり職業別に賃金が決められていないので、職業別に男女間賃金格差を分析することが適切でない可能性がある。そこで個人パネルデータを用いて働き方と賃金の関係を分析したところ、働き方の自由度が高く仕事内容が単純な人ほど賃金が低くなること、女性が従事する仕事の方が自由度が高く単純な業務に偏っていることを明らかにした。

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企業に、職場の男女格差を縮小する誘因を持たせるにはどうすればよいか。

22年7月から大企業を対象に、男女間賃金格差の開示が義務付けられた。また金融庁は23年3月期の有価証券報告書から、上場企業の男女賃金格差、女性管理職比率、男性の育児休業取得率の非財務情報の記載を義務付けるための準備をしている。職場の男女格差を縮小し、仕事の仕組みや報酬制度を変える契機になるかもしれない。「見える化」により他社と比較し自社の問題点を発見したり、資本市場の圧力が企業意識を変えたりする可能性がある。

資本市場の力が男女格差を縮小する証拠がある。筆者と安部由起子・北大教授、ビエタ・ヤボルチック英オックスフォード大教授の研究によると、外資系企業になってから時間がたつ企業や外資比率の高い企業の方が女性活躍が進んでいる。海外の男女平等規範が外国人投資家により持ち込まれている可能性を示唆する。

「外資系企業」というと、欧米企業をイメージするかもしれない。だがこの論文では、外資比率50%超をマジョリティー、25~50%をブロッキング、10~25%をマイノリティー外資系企業と定義している。「日本企業」と思われている企業の多くは、外資比率10%以上という定義では「外資系企業」に分類される。

さらに、マッチング法と差の差分析を組み合わせた因果関係を特定する追加分析によると、外資比率と女性活躍の正の相関は、男女格差が小さい企業に外国人が投資したことではなく、外国人が投資したことにより女性活躍が進んだことで説明できる。投資家の意思が職場の男女格差を縮小する原動力となる。

2022年12月15日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2022年12月21日掲載

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