2つの大きなショックが製造業、サービス業に与えた影響〜リーマンショックと東日本大震災を比較して〜

児玉 直美
コンサルティングフェロー

本稿に述べられている見解は著者の責任で発表するものであり、著者が所属する組織としての見解を示すものではありません。資料作成について、杵渕敦子氏(経済産業省大臣官房調査統計グループ経済解析室)にご協力いただいたことを感謝いたします。また、本稿について、喜多見淳一氏(経済産業省大臣官房調査統計審議官)より大変貴重なコメントをいただきましたことを感謝いたします。なお、本稿における誤りは全て著者に帰するものです。

要旨

東日本大震災(以下、震災)時の鉱工業生産指数は、3月単月で、比較可能な1953年以来で最大の低下幅を記録した。その落ち込みは、リーマンショック時は、資本財の減少幅が消費財より大きかったが、今回の震災時は消費財の減少幅が大きくなっている。リーマンショックは海外の急激な需要減に対するショックであったため、輸出減を通じて製造業に大きな影響が出たが、震災は、サプライチェーン途絶や計画的停電、消費マインドの冷え込みによる国内の需要減が大きかったため、対個人サービス、小売業に大きな影響が及んだ。サービス業の中でも、非選択的個人向けサービスはほとんど変化しなかったが、し好的個人向けサービスは、震災で大きく落ち込んだ。

リーマンショックでは回復までに1年以上かかったが、今回の震災では3カ月程度で震災前の水準近くまで回復した。震災による産業活動の落ち込みの大きさ(長さ×深さ)は、リーマンショックに比べると小さく、製造業ではリーマンショック時の1/11程度、第3次産業では1/5程度と見積もられる。

1.はじめに

東日本大震災(以下、震災)後、津波、倒壊などによる直接的被害だけでなく、計画的停電、サプライチェーン途絶など間接的影響、更には消費者マインド冷え込みなどの需要側要因も加わって、産業活動は一時的にかなりの程度低下した。ここでは、今回の震災とリーマンショックを比較しながら、製造業、第3次産業における影響の大きさ、影響の及んだ期間、影響の大きな産業分野について整理をした。

2.鉱工業の状況―鉱工業生産指数はリーマンショック時には資本財で落ち込み、震災時は耐久消費財で落ち込んだ―

鉱工業生産指数(季節調整済)は、今回の震災で、3月に前月比マイナス15.5%の82.7と比較可能な1953年以来で最大の低下幅を記録した(図1)。水準については、3月の82.7から、4月84.0、5月89.2と、震災から2カ月後の5月には震災前(2011年2月)比で90%超、8月には95%超の水準まで回復した。しかしながら、9月(速報値)は89.9と震災後の急回復が一服している。一方、リーマンショック時は、リーマンショック発生時(2008年9月)から緩やかに鉱工業生産指数は低下し、最も指数が低下した2009年2月には、リーマンショック発生前(2008年8月)比マイナス31.0%の71.4まで低下した。翌3月にようやく、73.0と前月比2.2%のプラスに転じたが、リーマンショック発生前比で90%を超えたのは、1年4カ月後の2010年1月(93.5)のことであり、95%超に回復する前に今回の震災に遭った。震災時とリーマンショック時を比べると、今回の震災では、低下した期間は短かく、急激に落ち込み、急速に元の水準近くまで回復したことが分かる。

また、財別の指数にも震災時とリーマンショック時では異なる特徴がある。震災後の鉱工業生産指数(季節調整済)は、投資財、消費財とも、2011年3月が最も低く、落ち込み幅は消費財でより大きかった。一方、リーマンショック時には、消費財は2009年2月が最も低かったが、投資財は2009年4月が最も低く、その落ち込み幅も投資財でより大きかった。

図1:鉱工業生産指数の推移
図1:鉱工業生産指数の推移

鉱工業生産指数の資本財を更に細かな用途内訳で見てみると、「製造設備用」、「建設用」はリーマンショック時に大きく低下したが、今回の震災時には一時的に若干の落ち込みは見られたもののそれほど低下はしなかった(図2)。資本財のうち、「事務用」、「電力用」については、意外にも、震災による明確な落ち込みは観察されていない。

図2:鉱工業生産指数(資本財)の推移
図2:鉱工業生産指数(資本財)の推移

耐久消費財の内訳から、リーマンショック時は、「乗用車・二輪車」、「教養・娯楽用(注1)」とも落ち込んだことが読み取れる(図3)。その後、家電エコポイント制度(注2)、エコカー買い換え補助金(注3)、エコカー減税(注4)などの政策効果もあり持ち直していたが、2011年3月の震災を機に、「乗用車・二輪車」、「教養・娯楽用」は大きく低下した。「家事用(注5)」、「家具・装備品用(注6)」は震災ではほとんど落ち込んでおらず、「冷暖房用(注7)」は5月から8月にかけて、急上昇した様子がうかがえる。

一方、非耐久消費財は、「教養・娯楽品(注8)」では低下が見られるが、全体としては、リーマンショックでも、震災でもそれほど大きな影響も受けていない(図4)。

図3:鉱工業生産指数(耐久消費財)の推移
図3:鉱工業生産指数(耐久消費財)の推移
図4:鉱工業生産指数(非耐久消費財)の推移
図4:鉱工業生産指数(非耐久消費財)の推移

3.第3次産業の状況―リーマンショック時は対事業所サービスで大きく落ち込み、震災では対個人サービスでの落ち込みが大きかった―

続いて、第3次産業活動指数(季節調整済)から、震災時、リーマンショック時の影響を見てみる。

広義対事業所サービス(注9)は、震災前(2011年2月)の97.1から、震災が発生した3月は92.0と落ち込んだ(図5)。一方、広義対個人サービスは、震災前(2011年2月)102.2から震災後(3月)96.0と落ち込んだが、その後、元の水準を超えて回復した。

図5:第3次産業活動指数(需要別)の推移
図5:第3次産業活動指数(需要別)の推移

業種別の第3次産業活動指数(季節調整済)の動向をみると、「金融業、保険業」、「不動産業、物品賃貸業」、「学術研究、専門・技術サービス業」、「医療、福祉」、「学習支援業」はほとんど落ち込みがみられなかった(図6、7)。一方で、大きな影響を受けたのは、「生活関連サービス業、娯楽業」、「宿泊業、飲食サービス業」といった個人向けサービス業の中でも、し好的個人向けサービス業であった。上記以外の業種で、影響が大きかったのは、「情報通信業」、「卸売業、小売業」、「運輸業、郵便業」、「電気・ガス・熱供給・水道業」であった。多くの業種が、震災が発生した3月に最低値を記録する中、「電気・ガス・熱供給・水道業」だけは、計画停電が行われた3月から低下し続け8月に震災後の最低値を更新している。さらに、「電気・ガス・熱供給・水道業」の内訳を見ると、「電気業」だけでなく、震災後も比較的好調であった「ガス業」についても7月に震災後最低値を記録している。

一方、リーマンショック時は、業種によって落ち込みの時期がずれていた。最も落ち込みが大きかった「卸売業、小売業」は2009年3月にリーマンショック後の最低値を記録したが、「運輸業、郵便業」、「電気・ガス・熱供給・水道業」は2009年4月に、「学術研究、専門・技術サービス業」は2009年5月に最低値となった(図6、7)。総じて言うと、リーマンショック時は輸出業種、対事業所サービス業種への影響が大きかった。「卸売業、小売業」の落ち込みも「卸売業」の落ち込みによるものである(「卸売業」2008年8月103.3→2009年3月79.1、「小売業」2008年8月99.0→2009年3月98.8)。また、「卸売業」と「小売業」の差からも、輸出、対事業所向けの需要が減っていることが読み取れる。例えば、「電気機械器具卸売業」は2008年8月の147.3から2009年3月には88.3とマイナス59.0ポイント低下したが、「機械器具小売業」は2008年8月155.2から2009年3月161.9と上昇した。また、「自動車卸売業」は2008年8月120.9から2009年3月69.5とマイナス51.4ポイントと大幅に低下したが、「自動車小売業」は2008年8月94.5から2009年3月89.7とマイナス4.8ポイント減にとどまっている。

図6:第3次産業活動指数(業種別①)の推移
図6:第3次産業活動指数(業種別①)の推移
図7:第3次産業活動指数(業種別②)の推移
図7:第3次産業活動指数(業種別②)の推移

ここからは、特定サービス産業動態調査(注10)の季節調整済指数を使って、より細かな業種の動きを見てみよう。第3次産業活動指数で見たように、震災後の「趣味・娯楽関連」サービス業の落ち込みは大きかったが、「教養・生活関連」サービス業の落ち込みはそれほど大きくなかった(図8、9)。「趣味・娯楽関連サービス」業の中でも、「遊園地・テーマパーク」(3月は震災前(2011年2月)比45.8、4月同比44.5、5月同比68.5)、「劇場・興行場、興行団」(3月は同比73.5、4月同比69.3)の落ち込みは殊に大きかった(図10)。なお、「遊園地・テーマパーク」は、東日本、西日本に分けてみると、西日本ではほとんど変わらず、東日本の落ち込みが非常に大きかったことが分かる(注11)。3月は、「ゴルフ場」(同比83.0)、「ゴルフ練習場」(同比84.0)、「パチンコホール」(同比84.2)、「映画館」(同比92.2)、「ボウリング場」(同比94.4)と屋外レジャーが大きく落ち込んだ。一方、リーマンショック時は、「映画館」がリーマンショック発生前(2008年8月)比で90%水準を割り込むことがあったものの、他の「趣味・娯楽関連」サービス業は、それほど大きく低下はしなかった。

「教養・生活関連」サービスでは、「外国語会話教室」が3月に震災前(2011年2月)比73.9、「カルチャーセンター」3月に同比88.4となった以外は、90%水準を上回っている(図11)。リーマンショック後も、「結婚式場」以外は、概ねリーマンショック発生前(2008年8月)比で90%水準を上回っている。

図8:対個人サービス業(趣味・娯楽関連)指数の推移
図8:対個人サービス業(趣味・娯楽関連)指数の推移
図9:対個人サービス業(教養・生活関連)指数の推移
図9:対個人サービス業(教養・生活関連)指数の推移
図10:対個人サービス業(趣味・娯楽関連、2011年2月=100.0)指数の推移
図10:対個人サービス業(趣味・娯楽関連、2011年2月=100.0)指数の推移
図11:対個人サービス業(教養・生活関連、2011年2月=100.0)指数の推移
図11:対個人サービス業(教養・生活関連、2011年2月=100.0)指数の推移

特定サービス産業動態調査の対事業所サービス業の状況からは、リーマンショック後の事業所の活動が急激ではないものの長期間にわたって低迷していたことが分かる(図12)。リーマンショック発生前(2008年8月)比で、リース業は2009年7月以降10カ月にわたって90%水準を割っていた(注12)(図13)。その後、2010年5月に同比92.8となったものの、翌月から震災まで再び90%を割る水準で推移した。広告業は2008年12月以降、同比で90%を割る水準で推移している。

図12:対事業所サービス業指数の推移
図12:対事業所サービス業指数の推移
図13:対事業所サービス業指数(2008年8月=100.0)の推移
図13:対事業所サービス業指数(2008年8月=100.0)の推移

ここからは、商業について、更に詳しく見てみよう。

商業販売統計(注13)による小売業販売額指数(季節調整値)の動向を確認すると、2008年9月に発生したリーマンショックの影響はほとんど見られなかった(図14)。一方で、震災後、最も落ち込みが大きかった「自動車小売業」は2011年4月には、震災前(2011年2月)比で79.8の水準まで落ち込んだ(図15)。サプライチェーン途絶による生産減のためである。その後、サプライチェーンの回復に伴い、5月は同比91.6、6月同比100.2と、6月以降は震災前の水準を上回っている。「機械器具小売業」は、3月に同比90.9まで落ち込んだが、4月には同比98.0、5月同比108.4、6月同比120.2、7月同比116.2と、2011年7月24日のアナログテレビ放送完全終了に伴う地デジ対応商品や節電関連商品の好調を反映したが、8月は同比89.0と反動減に転じている。「織物・衣服・身の回り品小売業」は、3月には同比89.3まで落ち込んだものの、4月は同比98.9とほぼ元の水準まで回復している。「飲食料品小売業」は震災による影響をほとんど受けていない。

第3次産業活動指数(季節調整値)から通信販売の動向を確認する。計画停電による交通機関の乱れや、自粛ムードの中で店頭での買い物を控えた消費者が、通信販売を利用していることも想定されたが、「通信販売小売業」は、3月は震災前(2011年2月)比で89.0、4月同比96.2、5月同比100.9と、小売業全体の傾向とほぼ同じような動きを示している(図16)。

図14:小売業販売額指数の推移
図14:小売業販売額指数の推移
図15:小売業販売額指数(2011年2月=100)の推移
図15:小売業販売額指数(2011年2月=100)の推移
図16:第3次産業活動指数(通信販売小売業、2011年2月=100.0)の推移
図16:第3次産業活動指数(通信販売小売業、2011年2月=100.0)の推移

4.影響分析―東日本大震災による落ち込みの大きさはリーマンショックと比べると、製造業では1/11程度、サービス業では1/5程度―

リーマンショック、震災による現実の落ち込みと鉱工業生産指数の落ち込みがなかった場合を比較してみる(長さと深さの積分値:イメージは図17)。リーマンショックは、米国でリーマンブラザーズが破綻の前月2008年8月を起点(100)として、90の水準を回復した2010年1月を終点とした。震災は、震災発生前の2011年2月を起点(100)として、90の水準を回復した2011年5月を終点とした。それによると、震災による落ち込みの大きさ(積分値)は、リーマンショック時の落ち込みの約1/11となった。

同様の影響分析を第3次産業指数(総合)でも行った。鉱工業生産指数と同様、リーマンショックの起点は2008年9月、終点を2010年1月とし、震災の起点は2011年2月、終点は2011年5月とした。その結果、震災による第3次産業の落ち込みの大きさ(積分値)はリーマンショック時の約1/5となった。

図17:長さと深さの積分値(イメージ図)
図17:長さと深さの積分値(イメージ図)

5.まとめ

製造業におけるリーマンショックによる産業活動の落ち込みは、東日本大震災時に比べると、長く深いものであった。鉱工業生産指数は、リーマンショック発生時を100としたときに90超水準まで回復したのは17カ月後の2010年1月であったが、震災時においては震災後2カ月後の5月には90超水準、8月には95超水準まで回復している。今回の震災では、落ち込みの幅は小さかったが、急激に落ち込み、急激に元の水準近くまで回復した。震災時の落ち込みの大きさ(長さと深さの積分値)はリーマンショック時の約1/11にとどまっている。

一方、第3次産業の活動の落ち込みは、震災で比較的大きかった。リーマンショック時は輸出業種、対事業所サービス業種への影響が大きかったのに対し、震災では対個人サービス業種の落ち込みが大きかった。落ち込みがなかった場合との比較分析によると震災時の落ち込みの大きさ(長さと深さの積分値)はリーマンショック時の約1/5となった。

リーマンショックは、米国を初めとする世界的な景気後退による輸出減から端を発したため主として対事業所サービスや投資財の落ち込みが大きく、その期間も長期にわたった。他方、東日本大震災は、家計の消費意欲減退と限定された地域における供給ショックの複合要因から、対個人サービス、殊に、し好的個人サービスとサプライチェーンの途絶した自動車製造業で大きな影響があったが、その回復度合いは急速である。

今後は、復興需要が一段落した後の内需と、ユーロ圏をはじめとする先進国の景気動向を注視する必要があろう。

『経済統計研究』39巻III号((社)経済産業統計協会)に掲載

脚注
  1. ^ 耐久消費財の教養・娯楽用には、テレビ、ビデオ、デジカメ、パソコン、携帯電話などが含まれる。
  2. ^ 家電エコポイントは、2009年5月15日〜2011年3月31日購入分の薄型テレビ、エアコン、冷蔵庫の家電3品目について発行された。
  3. ^ エコカー買い換え補助金2009年6月19日〜2010年9月7日に新車登録をした車に対して適用された。
  4. ^ エコカー減税は平成2009年4月1日〜平成2012年4月30日に購入した自動車に対して、自動車重量税、自動車取得税が減免される。
  5. ^ 耐久消費財の家事用には、冷蔵庫、洗濯機、掃除機などが含まれる。
  6. ^ 蛍光灯、白熱灯、ふとんなど。
  7. ^ エアコン、石油ストーブなど。
  8. ^ 非耐久消費財の教養・娯楽用には、文房具、玩具などが含まれる。
  9. ^ 卸売業、学術研究・専門技術サービス、情報通信業の一部、運輸業・郵便業の一部、金融業・保険業の一部などが、広義対事業所サービスに含まれる。
  10. ^ 特定サービス産業動態調査の季節調整済指数は、(1)実質化されていない、(2)季節調整方法(スペック等)が異なる等の理由で、第3次産業活動指数と動きが一致しない場合がある。
  11. ^ 経済産業省(2011)「遊園地・テーマパーク」にみる東日本大震災の影響について(http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/themepark.pdf)。
  12. ^ ここでは、受注の有無によって大きく数字が振れるエンジニアリング業についてはコメントしない。
  13. ^ 商業販売統計調査の季節調整済指数は、①実質化されていない、②季節調整方法(スペック等)が異なる等の理由で、第3次産業活動指数と動きが一致しない場合がある。

2012年1月5日掲載

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