ディベート経済 金融政策 正常化近いか

小林 慶一郎
研究員

景気が底堅い動きを示す中で、日本銀行の量的緩和政策の出口を探る議論が始まっている。名目金利ゼロのもとで、日銀が無制限にお金を供給し続ける金融政策が正常化する日は近いのか。

量的緩和は早期に解除を

日本銀行が続けている量的緩和政策とは何だろうか。

ふつう、景気が良いときには過熱を防ぐため、日銀は金利を引き上げる。景気が落ち込むと、消費や投資を呼び起こすために金利を引き下げる。金利が下がると、家計は預金しても利子が小さいので消費を増やし、企業は借入金利が安くなるので投資を増やすからだ。

平時の経済では、日銀は金利を上下することで景気が大きく変動しないように調整するのである。

しかし、90年代後半から日本経済は平時ではなくなった。預金金利がほぼゼロになり、10年も続いている。不況が続く中で、投資や消費を呼び覚まそうとしても、日銀はこれ以上、金利を引き下げることができなくなった。

そこで、金利の代わりに、民間銀行が保持しているお金の「量」を増やすことで、消費や投資を刺激しようということになった。これが01年3月から始まった「量的緩和政策」である。具体的には、民間銀行が手元に保持する目標量(現在は30兆円~35兆円)を決め、達成されるまで日銀が貸し続ける。

こうした量的緩和を早期に解除して、金利をプラスの値に戻すべきだ、という見方がある。そのポイントは次のとおりである。

量的緩和は、銀行危機と景気低迷が続く異常時に対応した政策だった。しかし、大手銀行の不良債権処理はほぼ終結し、今年4月にはペイオフ解禁も実施された。景気も、ここ数カ月は踊り場だといわれているが、02年2月以降、基本的には拡大基調が続いている。

量的緩和政策が必要とされた理由はなくなりつつあるといってよい。実際、銀行が日銀からお金を受け取らなくなってきたため、目標量の確保も困難になってきた。

景気の先行きに不安はあるので、すぐに量的緩和を解除して金融引き締めにかじを切るわけにはいかないが、徐々に正常な姿に戻すよう、努力はすべきだ。そのため、量的緩和の目標値を引き下げ、最終的には金利をゼロからプラスの値に戻すべきである。

デフレ配慮し現状維持を

これに対して、量的緩和の解除は時期尚早だという議論もある。日銀の公式見解も同じ立場だ。

理由はデフレ(物価下落)が続いていること。

量的緩和政策が導入されるとき、デフレの払拭がその目標とされた。デフレが不況(すなわち失業や需要不足)を引き起こすのであり、デフレを脱却すれば景気は回復する、という意見が強い影響力を持っていた。

こうした見解の影響もあり、日銀は、デフレに対する懸念が払拭されるまで量的緩和政策を続ける、と宣言した。

現時点では、景気は回復基調なのに、デフレは続いている。その理由はよく分からない。デフレ懸念が続いているから、実際にデフレが続いている、というのが1つの見方だ。しかし、景気が回復しているのなら、デフレが続いても問題ないではないか、という疑問もわく。いずれにしても、デフレが続いていることは、現在の日本経済の大きな謎だといえよう。

デフレを重視する立場から量的緩和の継続を求める意見のポイントは、次のように整理できる。

デフレを脱却するためには、「これからもデフレが続くのではないか」というデフレ「懸念」を払拭することが重要である。

「懸念」を変化させるためには、長期的に一貫性のある金融政策を続ける必要がある。すこし景気が良くなってきたからといって量的緩和をやめると、当初の約束(デフレ懸念がなくなるまで量的緩和を続けること)を破ることになる。

そのような一貫性のない政策運営をしたら、日銀の政策に対する国民の信用がなくなり、デフレ懸念が強まってしまうだろう。

長期的に量的緩和政策を続けるという徹底した姿勢を日銀が明確に示すことで、国民のデフレ懸念は払拭される。

したがって、日本経済をデフレから脱却させるためには、多少、景気が変化しても長期的に量的緩和政策を続ける必要がある。

財政再建との整合性も重要

これらの議論をどう理解したらよいのだろうか。

本来、日銀の金融政策の使命は、金利や貨幣の供給量を操作して物価と景気を安定化させることだ。量的緩和政策は不況対策なのだから、景気回復が続くなら解除を考えるのは当然といえる。

しかし、物価安定という使命からいうと、デフレが続く中で量的緩和の解除を議論するのは時期尚早と思われる。

そもそも、なぜデフレが続くのかよく分からない。物価の変化が景気の変化より遅れているだけなら、待っていればデフレから脱却できることになる。その時は量的緩和を解除できるが、いまのデフレが将来の景気悪化をもたらすものであるなら話は違ってくる。

デフレが続く原因やいまのデフレがこれからの景気に及ぼす影響について、学者の間にコンセンサスがあるとも思えない。量的緩和の解除を経済学的に判断するのは不可能というしかないだろう。

だが、「政治経済学」的に考えると、違った構図が見えてくる。

それは財政再建と金融政策の整合性の問題である。本来の日銀の使命からいえば、財政再建は責任範囲の外にある。しかし、巨大な国債市場を通じ、財政問題は金融市場に大きな影響を与えている。

国債発行残高は04年度末で約538兆円。その7割近くを生命保険会社や銀行、郵便貯金などの金融機関が保有している。しかも、税収に比べて政府の歳出が多すぎるため、国債残高は毎年30兆円以上のペースで増え続けている。

量的緩和政策はお金の量を増やすことで、直接間接に国債を買い支えるという機能を果たしているのである。量的緩和が解除され、金融が引き締まるとどうなるだろうか。

景気が安定すると、金融機関は企業への投融資に資金を回そうとするため、国債の売りが増えて値段が下落するおそれが出てくる。そうなると、国債を保有する金融機関は大きな含み損を抱え、再び金融危機になりかねない。

こうした経済の混乱を考えると、金融機関が国債を大量に保有する状況が続き、国債発行に歯止めがかからないならば、金融政策の方針転換は難しいだろう。

米国でも、第2次大戦の戦費を賄うために国債が大量発行され、同じ問題に直面した。米国の中央銀行である連邦準備制度は戦後の数年間、戦時国債の処理のメドがたち、金融機関の国債保有量が縮小するまで、金融緩和を続けて国債を買い支える政策を実施した。

財政再建の道筋がついて、日銀が国債市場を支えなくてもすむようになるまで、政治経済学的には金融緩和路線はなかなか転換できないだろう。金融政策を正常化するためには、財政再建についてもっと政府に注文をつけるのが、日銀にとっての近道かもしれない。

2005年6月27日「朝日新聞」に掲載
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2005年7月6日掲載

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