記事の要約
(1)地域金融機関の不良債権処理は今後の大きな課題。繰り延べ税金資産の問題など、自己資本比率規制も見直しが必要。
(2)決済用預金の全額保護は国際的には珍しい制度。新しい預金保護の理念を明確にすべきだ。
(3)金融が正常化するに伴って、行政が「審判」と「監督」を兼ねていた非常時対応を解消することが望ましい。
いよいよ4月からペイオフが解禁される。もし銀行が破綻したら、預金保険で無条件に保証される普通預金は1000万円が上限になる。ペイオフ解禁を前に、これからの金融システムの課題を考える。
金融は再生したか
最近はあまり「銀行の危機」という話を聞かない。全国展開する大手行の不良債権処理が、ようやく本当に峠を越えたということなのだろう。一昨年5月のりそなの一時国有化、昨年のUFJ・三菱東京の統合合意、ダイエーの産業再生機構への売却など、大きな不良債権問題はほぼ解決のメドがついたようだ。
02年に8.4%だった大手行の不良債券比率も、04年度末には半減するという政府公約も達成できる見通しだ。金融システムが全国規模で揺らぐような危機が来る可能性は、ほぼなくなったと考えてよい。これが、銀行について世の中の危機感が薄れた原因だ。
しかし、地方銀行や信用金庫、信用組合など地域金融機関については問題が山積している。地銀の不良債券比率は昨年9月期で6.3%と高いままであり、健全性を懸念される地域金融機関は多いという。
景気の現状をみても、大企業の業績回復に、中小企業がなかなかついてこない。これは、地域経済を支えるべき地域金融機関と借り手の中小企業が、まだ過剰債務に苦しんでいることを示している。地域金融機関とその借り手企業の再生は、これからが本番だが、現場での危機感は緩んでいると言われる。将来に禍根を残さないためにも、国民は地域金融の問題を厳しい目で監視し続け、迅速な処理を促していかなければならないだろう。
一方、銀行の自己資本の算定方法も「平時モード」に移行する必要がある。一昨年秋に破綻した足利銀行の内部調査の結果が先頃、発表された。それによると、01年3月期決済で、足利銀行の旧経営陣は「(05年の)日経平均株価が25000円になる」という楽観的な見通しに基づいて、自己資本に算入する繰り延べ税金資産を算定していたという。現在の日経平均株価は11000円程度であり、日経平均(年末)が25000円を超えたのはバブル絶頂期の89年が最後だから、いかに現実離れした甘い見通しだったかということがわかる。
繰り延べ税金資産は、将来の収益見通しを甘くすれば増やせるため、自己資本に算入することに対する批判が以前から強かった。竹中前金融相が策定した金融再生プログラムでも、繰り延べ税金資産を自己資本に算入することを段階的に制限する方針が示されていた。
不良債権問題が正常化しつつあるのだから、繰り延べ税金資産を自己資本に算入しないことを基本とする平時の規制体系を早急に実現すべきだろう。その際は、不良債権の無税償却の要件緩和など、税制全体との調整も必要になると思われる。
預金保護の理念は
金利のつかない決済用預金は、ペイオフ解禁後も、全額保護されることが決まっている。
普通預金だと1000万円を超える分は返済されない可能性があるが、普通預金のお金を決済用預金に預け替えれば、預金保険で全額保護されるわけだ。
現在のゼロ金利時代が続くなら、普通預金も決済用預金も預金者にとって区別はない。つまり、決済用預金が恒久的に全額保護されるとすれば、ペイオフが延期されるのとほとんど同じということになってしまう。
恒久的な預金全額保護制度を導入する意義については、しっかり整理されなければならない。
90年代末の金融危機で、銀行の決済システムが揺らぐと経済全体に途方もない悪影響が及ぶことが改めて認識された。そのために導入されたのが決済用預金の全額保護制度だ。
しかし、決済用預金の全額保護は先進国では例がなく、チリなどが類似の制度を持っているだけだといわれる。決済網の保護は、上限付きの預金保険で実施されるのが普通なのだ。不良債権問題も正常化しつつある中で、恒久的な決済用預金の全額保護が必要な制度なのか。国際標準と違った制度を導入したのだから、日本として預金保護政策の理念を明確にする必要があるだろう。
ただ、これが今後の世界の金融行政を先取りする先進的な制度である可能性もある。たとえば預金保険制度自体、1930年代の世界大恐慌が発生するまで、チェコで導入されてはいたが、経済学者はその意義について懐疑的だった。しかし、大恐慌後、米国が預金保険制度を導入し、現在では多くの国々が預金保険制度を持つようになった。
今回、長期的で深刻な金融危機を経験した日本が、決済用預金の全額保護制度を導入したことは、新しい金融制度の先例となるかもしれない。
金融庁のあり方は
金融システムが非常時から平時に移行する中で、金融庁の役割も変化するだろう。行政庁の機構もそれに合わせて変わるべきところがあるかもしれない。
行政は2つの異なる機能を持つ。1つは競争力のある金融業を育てるという業界振興の役割であり、もう1つは金融の活動の場である「市場」のルールを作り、そのルールを守らせる規制だ。金融の世界をスポーツにたとえれば、業界振興はチームの監督の役割であり、市場規制はゲームの審判の役割にあたる。
これまで金融庁は、監督と審判の両方の役割を兼ね備えた強大な権限を持っていた。それはあながち悪いことではなかった。危機の時には行政が強大な権限を持って、迅速に問題処理を行う必要があったからだ。
しかし、平時となれば話は別だ。金融の世界には、金融機関、借り手企業、預金者(家計)など、様々な利害関係者がいる。平時では、市場全体の審判が、1つのチーム(金融機関)の監督の役割まで兼ねるのは不公平になるだろう。
経済学にも、業界振興と市場ルール規制を同一の行政機関が行えば弊害が生まれる、と指摘する理論もある。証券市場の監視や、企業会計の適正さをチェックする機関は、特定の業界や政治の利害から、なるべく中立的であるべきなのだ。
今後の金融行政について、金融庁は市場のルールや環境整備を進めるとともに、競争力のある金融機関の育成にも力を注ぐつもりのようだ。しかし、平時の行政のあり方としては、これら2つの目標を同一の行政機関が持つことは望ましくないかもしれない。
金融庁は市場の審判の役割に徹するべきではないか。あるいは、地域金融の問題処理が終わって本当の平時になれば、金融業界の監査役をする行政機関と、金融市場の審判役を引き受ける行政機関を分離する必要があるのではないだろうか。
<繰り延べ税金資産>
銀行が不良債権を処理するとき、借り手が倒産していれば無税で償却できるが、倒産していなければ原則、税金を払って償却しなければならない。しかし将来、倒産などが決まれば税務上も損失と認められる。つまり、不良債権処理のために銀行が支払った税は条件がそろえば将来、戻ってくる。これを資産と考え、自己資本の額に算入したものが繰り延べ税金資産である。ただ税控除が受けられるのは銀行が将来、十分に利益を上げている場合だけ。甘い業績予想を認めれば、繰り延べ税金資産は過大に算定されてしまう。
2005年2月13日 朝日新聞に掲載