資本注入の「5原則」提言

小林 慶一郎
研究員

金融機関に公的資金を注入する新たな仕組み作りの議論が進んでいる。自己資本が健全性の目安の比率を割り込まなくても資本を入れる「予防的注入」の制度だ。

「りそな」ショックが示すように、金融界の病巣は根深い。日本の金融システムを健全にするために、資本注入はどのように行うべきなのか。「りそな」の経験と過去の資本注入の教訓を踏まえて、5つの原則を提言する。

原則1 公的資金は損切りに使う

公的資金を使った資本注入は、大手行に対して、98年、99年と2回、実施されている。それでも、不良債権処理や銀行の経営改革が進まなかった背景には、「公的資金は、国民が銀行に貸したお金で、すぐに返済されるべきものだ」という認識があった。

思い切った不良債権処理をすれば、銀行の自己資本が減る。その分を公的資金で穴埋めすれば、銀行は公的資金を国に返済できなくなってしまう。それで抜本的な不良債権処理は進まなかった。

今後はこの反省を踏まえて「公的資金は国民が銀行に投資するお金であり、返ってこないこともある」という前提に立つべきだ。

融資先企業の返済能力を甘めに審査して追い貸しを続けても、返ってこない額が膨れるだけに終わるかもしれない。それなら、審査を厳格にして、早めに損失を確定する「損切り」に踏み切り、受けた公的資金で穴埋めする。そのほうが傷は小さいはずで、株主たる国民の利益にもかなう。

それでも、銀行が再生しなければ、国民負担は膨らむ一方だ。また、国民が株主である実質国有化の期間が長引けば、銀行の自立した経営も阻害されるかもしれない。そこで、「注入後、3年程度の期間で再民営化するか、清算する」といった出口の姿も明確にしておく必要があるだろう。

原則2 迅速な注入への前提をととのえる

銀行は責任追及や政府の干渉を嫌い、資本注入を避けようとする。資本注入なしで自己資本比率を維持しようとすると、資産圧縮(貸し渋り、貸しはがし)を行い、結果的にデフレと不況を深刻化させ、不良債権も増えてしまう。

手遅れになる前に資本注入を実現するためには、貸し出し債権の痛み具合、つまり資産の状態を的確に把握することが前提になる。銀行による債権分類など資産査定の妥当性を判断する責任は、監査法人が負っている。

監査法人の責任は重大であり、銀行との緊張関係を保つためには、例えば3年ごとに交代することを義務づけるべきだ。

りそなのケースでは、行政が監査法人に対して、監査に手心を加えるよう圧力をかけたという報道もあった。監査の独立性、中立性、公平性を担保する意味で、金融担当大臣は、行政は監査に何ら責任を負わないことを改めて声明を出して確認してはどうか。

原則3 十分な注入と資本の質の向上

りそなの場合でも繰り延べ税金資産に依存している自己資本の質が問題になった。注入に際しては、自己資本に対する疑念を払拭させるためにも、水準とともに質の向上を図るべきだ。

具体的には、繰り延べ税金資産などを除いた資本金を増やして、総資産に占める中核的自己資本の割合を少なくとも欧米主要行なみの水準となるようにする。この結果、既存株主の株式保有割合が格段に下がり、注入前の既存株主の権利を減じることにもなる。

原則4 経営と資産査定の刷新

資本注入を実施する際には、経営陣は経営責任を取るとともに、過去のしがらみを断ち切る意味でも、退任するべきだろう。退職金等の扱いは個別事情に応じて決めれば良い。新経営陣には、過去にとらわれない外部の人材と行内若手を抜擢すればよい。

新経営陣は、改めて資産査定を厳格に行い、優良な債権中心の新勘定と問題あるものを集めた旧勘定に分離する。新勘定については、新経営陣がすべての責任を負う。旧勘定の資産で、損失が確定した場合に、政府と銀行で損失分をどう分担するのか、ロス・シェアリング・ルールをあらかじめ明確に策定しておくことが大切だ。

原則5 株主価値の最大化を唯一の目標とする

公的資金を注入して国民が株主となる以上、新経営陣は、国民にとっての銀行の価値が最大になるよう経営する責務を負うことになる。そのためには、抜本的な不良債権処理は当然としても、担保に依存して融資した過去のビジネスモデルから抜け出す必要がある。

日本の銀行業は、オーバーバンキングの問題が指摘されてきた。多すぎる銀行が同じようなビジネスで競争するために収益を減らし、疲弊してしまう、という問題だ。

融資先企業の事業性を見極め、信用リスクを適正に評価して貸し出すなど、新しいビジネスモデルを構築し、収益性を高めなくてはならない。

スリム化、事業売却なども必要だろう。結果的に、銀行は、企業の合併・買収(M&A)など、それぞれ別のビジネスモデルを追求するグループに再編させる。場合によっては事業全てを第三者に売却することもあるから、オーバーバンキングの解消にもつながり、日本経済の再生に寄与することにもなる。

また、新経営陣に対しては、銀行価値の最大化以外の目標・条件を課してはならない。特に、中小企業向けの貸し出し目標は撤廃し、中小企業対策を銀行に負わせないことを明確にするべきだ。

銀行の公益性は、預金者との関係にある。借り手企業との関係はあくまでビジネス上のものであり、中小企業の救済という社会的な目標は、政府による他の施策で達成を目指すことが筋だ、と考える。

公的資金の性格を変え、迅速で十分な資本注入を行っても、それだけで、金融が再生するわけではない。新しい発想を持つ人材を集め、銀行の組織文化とビジネスモデルを革新することが再生の条件だ。

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<繰り延べ税金資産>

銀行がすでに払った税金のうち、将来、国から戻ると見込まれるもので、自己資本に組み入れられている。不良債権の処理に伴って銀行が引当金を積む際には、税金も納める。しかし、損失が確定した場合には、その年の納税額から差し引かれる形で還付される。
つまり還付は、銀行が税金を納める状態(黒字)になることが前提だ。従って、その見込額である繰り延べ税金資産は、銀行の将来収益の予想に大きく左右される。

2003年6月22日 朝日新聞に掲載

2003年6月25日掲載

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