経済早わかり「産業再生機構とは」

小林 慶一郎
研究員

企業の再生を手助けする産業再生機構が業務を始めた。この機構はどういう役割を担うのか。また、不良債権問題の解決に役立つ、と期待されるのはなぜなのか。船出した産業再生機構を考える。

何をするのか

身の丈以上の借金をして苦境に陥っている企業の借金を減らして、本業で稼げる企業となるよう手助けする。それが機構の役割だ。

過大な借金をした企業は返済もままならないだろう。銀行から見ると、この企業への貸し出しは、不良債権だ。

機構とは、銀行から不良債権を買い取り、借り手企業の経営再建を支援するため、特別な法律に基づいて作られた株式会社なのだ。出資は民間金融機関で、人材も民間の企業再建の専門家を招き、企業の再建で利益を上げることをめざしている。

作業の手順は、イラストのようになる。

銀行(メーンバンク)の不良債権の貸出先の中から、本業に見込みがあり、再生の可能性が高い企業を選別する。次いで、非メーンの銀行が抱える貸し出し債権について、機構が企業の実態にあわせた値段で買い取る。買い取り資金は金融機関からの借り入れだ。

もともと100億円の融資(=貸し出し債権)でも、企業の経営状況が悪ければ、満額は回収できない。この債権の実態的な価値は下がっており、機構は、例えば50億円で銀行から買うわけだ。

機構が債権を買い取ると、対象企業にとって、債権者は機構とメーン行だけになる。機構は、メーンにも、一部の債権を放棄してもらい、協力して、対象企業の経営再建を進める。

機構は対象企業の株式を保有するため、その企業の再生に成功すると、利益が得られる。しかし、再生に失敗すれば、利益は得られない。最悪の場合、企業は倒産して清算されることになり、機構が50億円で買った債券の価値もゼロになるかもしれない。リスクをとって、企業の経営再建・再生を進めるわけだ。

産業再生機構の役割

なぜ政府が関与するの

企業再建の仕事は、民間の仕事のはずだ。現に、外資系など企業再建ファンドはすでに多数、活躍している。なぜ、わざわざ政府系の機構を作る必要があったのだろう。

公的部門が関与することには2つの意味があったと考えられる。

まず、銀行間の交渉のコストを減らすことだ。

1つの企業に対して、複数の銀行が貸し出し債権を持っている場合が多い。イラストの例ではA、B、Cの3つの銀行である。この企業のメーンバンクであるA銀行が、企業の再建策を考案しても、一部ではあっても債権放棄につながるため、非メーン2行にすんなり合意してもらうことは難しい。銀行同士の合意が出来ないと、企業は経営不振のまま、長期間放置されてしまう。これでは誰も得をせず、経済全体にとっても損失だ。

そこで、まず、機構がB、Cから債権を買い取る。すると、企業再生はA銀行と機構の合意だけで動き始める。これが機構設立の第1の意義だ。

2つ目は、不良債権の売買市場が発展するための「呼び水」になる、ということだ。

銀行が民間の企業再生ファンドに不良債権を直接売ろうとすると、銀行はなるべく高く売りたいので、高い売値を設定する。一方、ファンドは買値を低く抑えたい。再生にはリスクが伴うからだ。不良債権の売値と買値の開きが大きすぎて、結局、売買が成立せず、不良債権は銀行に塩漬けになってしまう。市場があれば、ファンド側も、転売できるために、再生リスクを丸々抱える必要はなくなる。そうなれば、買値をそんなに低く見積もらなくても済むだろう。

そこで機構は、仮に市場があれば民間ファンドがつけたはずの買値を提示する。当然、市場がない場合の買値より少し高くなるので、銀行も不良債権を売れるようになる。こうして売買が活発になるにつれ、再生リスクなどに応じた市場価格も形成されて、民間同士の取引が円滑になる。

懸念はないのか

2つの懸念がある。

1つは、機構の損失が膨らみ、納税者の負担に回る恐れがあることだ。

機構の不良債権買い取り資金が金融機関からの借り入れになることは先に述べた。買い取りが円滑に進む(=金融機関が資金を貸しやすくなる)ように、この借入金には、総枠10兆円の政府保証がつけられている。再生に失敗して、機構がこの買い取り資金を返済できなくなった場合、政府が返済を肩代わりしてくれるわけだ。

機構が急いでたくさんの不良債権を買うと、間違って再生可能性のない企業のものも買ってしまうかも知れない。また、見込みのない企業まで面倒を見ろ、との政治的な圧力を受けるかもしれない。そのつけは、結局、納税者に回る。

さらに、再生可能な企業を買っても、買値が高すぎるなら、企業を再生しても利益どころか損失が膨らむかも知れない。

こういう損失を減らすためには、どうするべきなのだろうか。

銀行の資産査定が甘く、不良債権の価値を実態より高く評価すれば、当然、買値は高くなる。買値を適正にしていくためには、金融行政で、査定の厳格化を進めることが不可欠なのだ。それこそ機構が健全に機能する前提と言える。

もう1つの懸念は、逆に機構がリスクをとらないことだ。例えば、機構が、損失を恐れて買値をあまりに安くしすぎると、銀行が機構に持ち込む企業の数は激減してしまうだろう。それでは、機構は利益を上げるかもしれないが、市場を発展させる呼び水役は果たせない。産業再生機構は、債権の買い取りを05年3月末まで集中的に行い、1件の処理を3年以内に行う予定だ。したがって、機構の存続期間は5年程度、とされている。

限られた時間内で、不良債権処理と企業再生という役割を果たすためには、機構自身の果敢さとともに、行政、銀行の努力も欠かせない。

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<企業再建ファンド>

経営不振の企業や破綻した企業について、その債権や株式を買い取ってその企業の再建を行う専門的な投資会社を企業再建ファンドと呼ぶ。企業の再建が成功すれば、買い取った株式や債権の価格も上がり、ファンドは大きな利益を得る。
ファンドの投資資金は、金融機関や個人から高い利回り(年20%程度)で集められる。利回りが高い分、リスクも大きく、失敗するケースも多い。企業再建は米国ではひとつの産業として活発だが、日本ではようやく芽が出始めたところだ。

2003年5月11日 朝日新聞に掲載

2003年5月27日掲載

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