景気対策と国債増発

小林 慶一郎
研究員

03年度予算が成立した直後から、「政策転換」のかけ声とともに、景気対策の即効薬として、補正予算の編成を求める声が強まり始めた。ただ、財政出動には国債の増発が避けられない。国債をこれ以上、増やせるのだろうか、考えてみる。

なぜ国債値上がり?

これまでに発行した国債の残高(03年3月末)は約430兆円で、国と地方自治体の長期債務を合わせた公的債務は約705兆円(国内総生産の約141%)に達している。経済全体に対して公的債務がこれほどの規模になったのは、終戦直後しかなく、今後も増える傾向にある。

それにもかかわらず、国債の価格は史上最高値を更新し続けている。先月末には長期金利はついに0.7%を下回ってしまった。

生保など機関投資家や銀行が、資金の運用先として、国債購入に殺到しているからだ。なぜ、みな国債に走るのか。

まず、国内資金が海外資金を移動させにくい状況がある。輸出産業が巨額の貿易黒字を稼ぎ出す現状では、円高が続くと予想する向きが多い。

円高が続くなら、外資建て資金より円建て資金の方が有利だ。今、120円には1ドルの価値があり、将来、為替が円高(1ドル=100円)になると、同じ120円が1ドル20セント分の価値になるからだ。そこで、国民の資金は国内に滞在する。

一方、国内の企業向け投資は低迷している。資金の需要側では、ベンチャー企業、中小企業はリスクマネーを必要としている。しかし、資金の供給側では、金融機関は企業向け投融資に手が出せない状況になっている。長引く景気低迷のせいでそのリスクが大きくなりすぎているからだ。企業金融の世界で資金の需要と供給がミスマッチを起こしているのだ。

その結果、海外にも企業金融にも行き場を失った資金が国債の買いに殺到しているのである。つまり、最近の国債市場の活況は、景気低迷のあだ花であり、まさしく「国債バブル」なのだ。

借金重ねれば市場は崩壊?

国債価格の異例の高値は、暴落リスクを抱えている、とも言える。暴落は、価格が下がり初めて不安が生じると、早く売ろうと投げ売りが市場で起きて発生する。

国への信用を背景にしている国債の暴落は、日本政府や日本円に対する信認の喪失に等しい。このため、海外への投資逃避が起き、国民も生保などの機関投資家も資産をドルやユーロで持とうとするだろう。

すると、外貨市場では、円売り・外貨買いの動きが強まる。大幅な円安が発生して、日本人の持つ円建て資金の価格は外貨建てで大きく目減りすることになる。

さらに、国債価格の暴落は、長期金利の急上昇に直結する。最近は変動金利で住宅ローンを組んでいる家計が多いので、長期金利が急騰すると、ローンの金利もそれに連動して急上昇する。そうなると住宅ローンを抱えた家計の消費が減少して景気が急速に悪化するだろう。

また長期金利は企業が資金調達する際の金利にも連動している。長期金利が上昇すれば、中小企業を中心に、多数の企業が資金難に陥り、大量の企業倒産が発生する。失業も急増するはずだ。

つまり、国債暴落は「不況下の高金利」という最悪の事態を意味するわけだ。

日本経済の衰退がこのまま続き、輸出競争力が落ちて、長期的な円安予想が支配的になれば、円建て資産より、外貨建ての方が国内投資家にとっても魅力的になる。つまり、資本逃避と国債売却を止められなくなる。10年も経済低迷が続けば、その間には必ず起こると考えるべきだろう。

暴落ないなら財政出動OK?

国債暴落論は、「景気対策として財政出動するべきだ」との主張に対するブレーキ役を果たしてきた。

しかし、中・長期的な円高予想が崩れておらず、ほかにめぼしい投資先もないことから、現在の国債市場が示すように、国債暴落の可能性はここ数年は無いだろう。

それなら、財政再建は行わずに財政を出動して、景気を刺激すべきなのだろうか。

場当たり的な景気対策のために国債を増発すると、財政の先行きに対する不安は増す。果たして年金はもらえるのか、と消費も冷えて、景気悪化の要因になりかねない。

欧米の状況を見ても、財政再建に取り組んだ国で、景気が回復する現象が起きている。90年代前半の不況期に財政再建に乗り出した米国は、90年代後半に歴史的な成長を記録している。財政赤字の縮小につれ、金利が低下、消費や投資を刺激した。

しかし、支出を減らせば財政の将来不安が減るとも限らない。たとえば、無駄な公共事業を減らすと、建設業界では借金を返せなくなる企業が増え、銀行の不良債権も増える。そのまま放置すれば金融危機になって、財政の先行き不安が増幅してしまう。

では、どうすればよいのだろうか。

不良債権処理のコスト(資本注入や、その際に発生する失業へのセーフティネットなど)に追加的財政支出は限定する。これなら、先の見通しのない景気対策に財政をばらまくのとは異なる。

これらは経済再生に不可欠な財政コストだ。それをはっきりさせれば、財政再建の道筋もつけやすくなり、財政の先行き不安が減少する。

つまり、従来型の景気対策を削減し、金融対応に財政支出を回すこと。これが、財政再建と景気回復を両立させる道と筆者は考える。

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<長期金利>

国債には短期から超長期まで償還の年限が異なるものがある。一般に長期国債と呼ばれるのは10年ものの国債で、その利回りを長期金利という。長期金利は金融機関の企業向け貸出金利と強い連動性があることが知られている。

<リスクマネー>

ベンチャー企業向け投資など、元本割れのリスクがある投資に向かう資金を指す。資金の出し手は、リスクを取る見返りに高い収益を期待する。産業構造の転換に必要な新産業や新興企業の育成には、リスクマネーの存在が不可欠とされる。

2003年4月6日 朝日新聞に掲載

2003年4月11日掲載

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