エネルギー政策を問う
東電、発電設備の売却を

橘川 武郎
ファカルティフェロー

昨年12月、エネルギー問題をめぐって2つの動きがあった。1つは、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会が新しい「エネルギー基本計画」の骨子となる意見書(正式名称は「エネルギー基本計画に対する意見」)をまとめたことである。もう1つは、東京電力が新総合特別事業計画を策定するとともに同社の新会長に数土文夫氏(JFEホールディングス相談役)が内定したことである。

東電の新総合特別事業計画はすでに経済産業相の認可を受けた。新「エネルギー基本計画」も近く意見書に基づき閣議決定される予定である。ただし、これら2つの動きによって、原子力政策や東電問題の方向性が明確になったわけでは決してない。課題は先送りされたにすぎない。

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新しいエネルギー基本計画案は、多くの国民が期待していた2030年における原発依存度を含む電源構成の明示を回避しているため、マスコミ報道などでは総じて評価が低い。ただ、新計画が各論ではいくつかの点て踏み込んだ記述をしている点については、きちんと目を向けなければならない。その一例は、使用済み核燃料の貯蔵能力拡大に関する記述である。

東電・福島第一原子力発電所事故において運転停止中であった4号機の燃料プールが破壊されていたら、被害の規模はいっそう拡大しただろうと言われている。現在、日本の原発はすべて運転停止中であるが、使用済み核燃料は全国各地の原発の燃料プールに保管されたままである。そこに東日本大震災時のような大津波がおそったら、大事故につながる危険性がある。

それは「今そこにある危機」であり、これに対処するためには、冷却のために追加的なエネルギーを必要とする燃料プールとは別に、乾式の冷却装置を早急に設置することが必要になる。これは使用済み核燃料を特製の金属容器に入れ、空気の自然対流により冷却、保管するものである。

福井県の西川一誠知事が主張するように、使用済み核燃料の乾式冷却装置は、筋論から言えば、電力消費地に設置されるべきである。しかし、消費地での立地選定には多大な時間がかかる。したがって「今そこにある危機」に対処するという意味では、原発敷地内か、その付近の高台に設置するプランが現実味を帯びてくる。その場合、相当額の「保管料」が支払われることは当然である。

いずれにしても、電力消費地の住民ないし自治体は、地元で使用済み核燃料の乾式保管を受け入れるか、原発立地地域にその保管機能を委託して相当額の保管料を支払うかの、二者択一を迫られることになる。

新しいエネルギー基本計画案をめぐっては、小泉純一郎元首相の発言の影響もあって、使用済み核燃料の最終処分に関して国が前面に出て対応する方針を打ち出した点が大きく報道されている。しかし、国が主導権をとったとしても、使用済み核燃料の最終処分問題がすぐに解決するとは到底思えない。新エネルギー基本計画案のこの面での特徴は、むしろ、より現実的な意味をもつ使用済み核燃料の貯蔵能力拡大(具体的には乾式冷却装置設置)に言及した点にあると言える。

新しいエネルギー基本計画案は、2030年における電源構成を明示しなかったために全体としてわかりにくいものになっている。その点は、原発の位置づけに関する記述に端的な形で表れている。新計画案は、原発について「重要なベース電源」と述べる一方で「原発依存度は可能な限り低減」させるとし、ただし「必要とされる規模を確保」するとも記述した。逆接が2つも含まれる、きわめてわかりにくい表現である。

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それでは、2030年の原発依存度および電源構成はどのようなものとなるだろうか。その数値を予測するうえで手がかりを与えるのは、12年の原子炉等規制法改正で、原則として運転開始後40年を経た原発を廃止することが決まったことである。

この「40年廃炉基準」を厳格に運用した場合には、2030年末の時点で、現存する48基のうち30基の原子力発電設備が廃炉となる。残るのは18基だけであり、これらに建設工事を再開した中国電力・島根原発3号機と電源開発・大間原発が加わったとしても、2030年の原子力依存度は、10年実績の26%から4割以上減退して、15%程度にとどまることになる(12年の資源エネルギー庁試算、表参照)。2030年における電源構成は、原子力15%、再生可能エネルギー(水力を含む)30%、火力40%、コージェネレーション(熱電併給)15%となるのではなかろうか。

表:原発稼働率年数を40年とした場合の2030年の原発発電電力量
稼働率70%稼働率80%
新増設なし1302億キロワット時(13%)1488億キロワット時(15%)
新増設1基1394億キロワット時(14%)1593億キロワット時(16%)
新増設2基1486億キロワット時(15%)1698億キロワット時(17%)
(注)カッコ内は予想総発電電力量(1兆キロワット時)に対する割合
(出所)資源エネルギー庁「原子力発電比率について(これまでの議論を受けて)」(12年4月)

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東電の新総合特別事業計画に目を転じると、その実現は困難だと言わざるをえない。なぜなら、同計画の根幹をなす柏崎刈羽原発の再稼働が、東電による運営を維持したままでは難しいと考えるからである。

もともと、あれだけの大事故を起こした会社に原発の運転を任せてよいのかという、世論の強い危惧が存在した。それに加えて昨年は、福島第一原発事故の事後対応に関して、東電だけでは汚染水対策も廃炉や除染も十分にはできないことが明らかになった。東電を現状のまま維持したのでは柏崎刈羽原発の再稼働はありえないと考える方が、自然であろう。

福島問題、東電問題を解決するうえでは、2つの原則を貫くことが重要である。それは(1)誰が資金を負担するにせよ、原発事故の被災地域できちんとした賠償、廃炉、除染が行われるようにすること(2)東電という会社の存否にかかわりなく、東電の供給地域で安定的で低廉な電気供給がなされるようにすること、という2点である。

(1)の原則を実行に移すためには国の積極的な関与が不可欠である。しかし、柏崎刈羽原発の再稼働や廃炉・除染費用の国庫負担に対しては、世論の強い反発が予想される。世論の批判を和らげるためには、当事者である東電がもう一段踏み込んだリストラ、多くの国民が納得する本格的なリストラを実施する以外に方法はない。

そのようなリストラとは、いかなるものであろうか。それは、東電が電力需要ピーク調整用の揚水式水力発電所などを除いて、基本的にすべての発電設備を売却するというものである。

その場合、発電設備の運転にかかわる人員は売却先へ移籍することになるため、東電の従業員数は大幅に減少し、リストラ効果は拡大する。東電が発電設備の売却によって得た収入は、賠償・廃炉・除染費用に充当される。また、柏崎刈羽原発も売却の対象となるため、事業主体の変更という同原発の再稼働をめぐるハードルもクリアされる。数土新会長のもとで東電が真の再生を実現するためには、本格的なリストラを断行するしか道はないであろう。

このようなリストラで東電は存続できるのかという疑問が生じようが、筆者は存続が可能だと考える。発電設備売却後の東電は、東京の地下を東西南北に走る高圧送電線とそれに連なる配電網を経営の基盤とした会社として生き残る。世界有数の需要密集地域で営業するという特徴を生かせば、東電の存続は可能であろう。

前記の(2)の原則から見て、東電の法的整理が当然、選択肢の1つとなりうる。しかし、ここで想起する必要があるのは、法的整理が結果的に東電の「責任のがれ」につながりかねないことである。東電の責任を明確にし、応分の負担を担わせ続けるためには、本格的リストラを行ったうえでの存続案が、現状ではベストの選択であろう。東電の法的整理はセカンドベストの方策ということになる。

2014年1月29日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2014年2月12日掲載

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