正社員制度改革が不可欠

川口 大司
ファカルティフェロー

今から35年後、2050年の日本に思いをはせてみる。未来予測には誤差が付きまとうが、その中で比較的確度の高い予測が人口構成に関する予測である。改めて人口予測に目を凝らすと、私たちが今までに経験したことがない高齢化社会が目の前に現れる。

図は、国立社会保障・人口問題研究所による男女年齢各歳別人口予測(中位値)だ。65歳以上高齢人口の15~64歳現役人口に対する比率は71%になる(2015年は40%)。

図:2050年の人口ピラミッド予測
図:2050年の人口ピラミッド予測

人口構造の変化は様々な問題をもたらすが、最も深刻な問題は社会保障費の増加と現役人口の減少に伴う税収減がもたらす財政上のアンバランスである。現状を継続すれば財政危機の発生が不可避とのシミュレーション結果がある中で、提案されている抜本的解決策は、消費税増税と並び、女性就業率の向上、高齢者就業の促進など労働市場の大きな変化を伴うものが多い。これらの提案を労働経済学の視点で検討してみよう。

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経済協力開発機構(OECD)によれば、日本の25~54歳女性の就業率は14年で71.8%で、41力国中24位にとどまる。多くの女性が非正社員として働くことを反映し、男女の所得格差は27%もあり、37%の韓国と並んで世界で最も男女所得差が大きい国だ。現状をみれば改善の余地は大きく、女性の正社員としての就業促進は少子高齢化社会を支える重要な切り札である。

では、女性の就業率を高め、正社員化を進める際の阻害要因は何だろうか。

女性の正社員としての就業を抑圧する主要な要因は、結婚や出産といったライフイベントに伴う退職であることが知られている。そのため女性の就業率は30歳代前半でいったん低下し、子育てが落ち着く40歳代の前半で再び上昇するM字カーブを描く。また労働市場への再参入に当たっては、非正社員として働き始めるケースが多いため、女性の非正社員比率は高くなる。

女性の正社員としての就業率を向上させるには、20歳代で働いている職場で出産しても正社員として就業継続しやすい環境を整えるとともに、再就職の際に正社員として就業できる環境を整備することが大切である。

この点で長期雇用を前提としたいわゆる日本型雇用慣行は女性の就業と家族形成の両立を妨げる方向に作用する。長期雇用保障を前提とするがゆえに、正社員への賃金支払いは固定費としての性格を持つ。そのため、企業はできる限り正社員雇用を抑え、正社員では賄いきれない部分を、非正社員の雇用で柔軟性を確保しつつ賄うことになる。

絞り込んだ正社員については支払った固定費を回収すべく、長時間労働を強いる。そして事業所や職の改廃に伴う雇用に対するショックは広域にわたる異動で吸収される。正社員は雇用保障と訓練育成機会を得て、社内でキャリアを発展させていく長期展望を得られるのと引き換えに、長時間労働や全国転勤といった働き方を余儀なくされる。

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これらの特性ゆえに、夫婦がともに正社員で働き、同時に子供を産み育てることは難しい。そのため、この雇用システムは、正社員として長時間働く夫を専業主婦・短時間労働の妻が支えるという家族モデルにより支えられている。そしてその家族モデルは、男性が外で働き女性が家庭を守るのが望ましいとする社会規範により支えられている。個人が協力し家族を形成するに当たり、法的契約だけでは協力関係を維持できない恐れがあり、社会規範が潤滑油として隙間を埋める必要があるからだ。

雇用システム、家族モデルさらには性別役割分担に関する社会規範までもが制度的に補完し合い安定している。雇用システムの変革は家族のあり方や性別役割分業観といった人生観の変容をも求める。そのため、自分の人生観を否定されたような感覚を抱く人々も多く、ややもすれば感情的な議論に陥りがちである。

しかし、手をこまぬいていれば、女性の正社員雇用は増えず日本経済は持続不能となる。問題設定の仕方に細心の配慮をしつつも、女性の正社員就業の促進が社会的目標であるという意識を共有する必要がある。また個別企業や個人の努力にだけ頼ることが難しい総合的なシステム変革を主導するのは政府しかない。

保育所の拡充など女性の正社員就業と子育ての両立を可能とする社会インフラの整備を、適切な規制改革と地理的な重点投資をしながら効率的に進めていくことは重要だ。並行して正社員雇用のあり方を見直すことも大切だ。正社員雇用の固定費的性格が問題の根源的所在である以上、これを削減する必要がある。

労働者の解雇に当たっての手続きの明確化に貢献する不当解雇の金銭解決の導入は積極的に進める必要がある。限定正社員制度の普及に関しても、解雇ルール明確化の議論を避けるべきでない。解雇ルール明確化は政治的に難しいため、労働時間や非正規労働に関する規制緩和を先行させるべきだとの考えもあるが、これらは正社員の長時間労働をもたらし、正社員・非正社員の分断を深めるだろう。

解雇ルールの明確化を通じて正社員雇用の固定費用を下げ、正社員と非正社員の分断された労働市場を統合していくのが望ましい姿だ。政治的妥協により、有期雇用の規制緩和だけを進めた結果、労働市場の二重化を招いた一部の欧州大陸諸国と同じ道を歩むことは避けるべきだ。

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一方、日本の高齢者の就業率は既に他の先進国に比べて高い水準にある。OECDによれば、14年の65~69歳男女の就業率は40%で、米国の30%、英国の21%、ドイツの14%、フランスの6%と比べて高い。70~74歳男女でも24%と高水準を維持している(米国は18%、英国は10%、ドイツは6%、フランスは2%)。

問題は就業率よりも非正社員比率だ。総務省「労働力調査」によれば14年の65歳以上男女の非正規比率は73%と高い。高齢者が完全な引退に至る過程で短時間勤務をしながら徐々に引退していくのは他の先進国でもみられる。日本の制度的要因としては60歳前後で定年退職を経験し、非正社員として再雇用されるケースが多いことが指摘できる。

定年退職があるのは、定年退職前の高年労働者の賃金が生産性を上回っているためだと考えられる。高年労働者の賃金が生産性を上回る背景には、若年労働者の賃金を生産性より低く設定して企業が蓄え、それを中高年労働者に払い戻すことで労働者のやる気を引き出すという巧妙に設計された雇用管理制度がある。

そのため、定年退職の廃止は現行の雇用管理制度の全面的見直しにつながり、副作用も大きい。時間はかかるが、賃金カーブを平たん化し、定年年齢を引き上げることが望ましい対応策である。

定年延長への抵抗が強い背景には、定年だけが、企業が法的リスクを冒さずに正社員との雇用契約を終了できる機会となっていることが挙げられる。不当解雇の金銭解決制度の導入などにより解雇ルールが明確化されれば、定年年齢引き上げに対する抵抗は弱まるであろう。定年年齢を引き上げ、高齢労働者の正社員就業を促進するという観点からも、解雇ルールの明確化は避けて通れない課題だ。労働市場制度改革に当たり、最も重要なこの問題に正面から向き合う必要がある。

2015年12月3日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2015年12月21日掲載