製造業就業者1000万人割れ―生産性向上努力 緩めるな

川口 大司
ファカルティフェロー

総務省の国勢調査によれば、日本の製造業に雇用される就業者は、1990年に約1460万人だったが、その後長期的に減少を続け、2010年には約960万人と1000万人を割り込んだ。就業者全体に占める割合も90年の約24%から、10年には約16%に低下した。短期的には為替相場の変動が製造業就業者数に影響を与えるにせよ、長期的な減少の背景には技術進歩に伴う国内外製造業の労働生産性の向上がある。

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所得上昇に伴い、デジタルカメラなど製造業生産財、観光産業など非製造業生産財への需要はともに伸びる。しかし製造業生産財の場合、需要は所得の上昇と同じペースでは伸びない。さらに、中国や東南アジア諸国では技術的なキャッチアップにより労働生産性が向上するので、安くて高品質の工業製品が日本に流入する。国外からの工業製品の流入と国内企業の生産性向上で、国内の製造業就業者の減少は不可避的に進行する。

また、国外から流入する工業製品に対抗するため、日本国内で生産される工業製品は新興国ではつくれない高い技術水準が求められるものに限定される。その結果、国内製造業の労働生産性はさらに向上するため、日本の製造業の労働生産性向上と雇用減少は同時に進行していく。

これは農業の労働生産性が向上した結果、少ない人数で人口全体を支える食料生産ができるようになり、製造業やサービス業に就業者がシフトした結果、生活が豊かになったという歴史的な産業構造転換と軌を一にする。決して悲観すべきことではない。

製造業の雇用吸収能力が低いということは、製造業の生産性向上が重要でないことを意味しない。高付加価値製品の研究開発を進め、製造現場の情報化・自動化を一層推し進めることで高品質製品の低コスト生産に成功すれば、国内市場の大きさに制約されず海外にも販路を求められる。

結果として実現される就業者1人あたりの生産性の向上は、製造業事業会社の経営者・株主や従業員など直接の利害関係者の所得を増加させるのみならず、高品質の工業製品を適度な価格で提供することを通じて国民の厚生を高めることに貢献する。

加えて広く世界を相手にして稼ぎ出した所得は製造業で働く人々の所得を向上させ、非貿易財に対する需要が地域経済を潤す。地域に強力な稼ぎ手が存在することで初めて家事サービスや介護などの労働集約的なサービスに対しての需要が高まり、付随して雇用も拡大する。頼りになる稼ぎ手を確保するという意味で、高付加価値を生み出す知識集約的な製造業の重要性は今後も変化しないであろう。

製造業における外国企業の誘致や国内回帰の促進といった戦略は、高付加価値部門の立地を促進するという視点では重要だが、雇用を生み出すという観点からは大きな効果を期待できない。高付加価値産業の立地を目指すべきで、雇用増については地域サービス需要の喚起など間接的な効果に期待するのが現実的だ。

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製造業雇用が縮小するといっても、研究開発拠点や本社機能は日本に残されているケースが多く、海外に移転するのはまず生産ラインである。生産ラインの海外移転や省力化投資の影響を直接的に受けるのはブルーカラーだ。ブルーカラーとして働く確率が高いのは高卒の男性労働者であり、こうした影響を最も強く受ける。また、工場は比較的安価な労働力を求めて東北地方などに立地することが多かったため、影響を最も強く受けると考えられるのが地方部に住む高卒男性労働者だ。

2000年代の公共投資の削減と相まって、地方在住の高卒労働者の就業機会は減少した。就職や進学の準備をしないニートやフリーターなどの若年雇用に関連する問題がこの20年ほど注目を浴びている。こうした問題は産業構造の転換という大きな枠組みの中でとらえる必要がある。

図は、1990年から2010年にかけての就業者に占める製造業就業者比率の変化と、20~24歳男性の失業率上昇の関係をみたものだ。全体でみると、製造業就業者比率の低下が失業率を上昇させるという単純な関係にはない。

図:男性20~24歳の製造業就業者比率変化と失業率上昇の関係
図:男性20~24歳の製造業就業者比率変化と失業率上昇の関係
(出所)総務省「国勢調査」 をもとに筆者作成

しかし都市と地方ではその関係が異なる。首都圏、京都府、愛知県を含む都府県では製造業就業者比率は低下しているが、失業率上昇との明確な関係はない。一方で、山梨県、奈良県、群馬県といった都市近郊の県や山形県、福島県、宮城県といった東北の県では、製造業就業者比率が低下したことが20~24歳男性の失業率の上昇と相関している。都市では製造業雇用が減少した分、他の部門での雇用が生まれたのに対し、地方では雇用が生まれず失業者が増加したという関係がみてとれる。

製造業雇用が今後も減少していくと考えられる中で、今後どのような対応が求められるであろうか。前述したように、製造業雇用が減少するといっても、製造業が生み出す付加価値が私たちにとって重要なことに変わりはない。世界市場を視野に入れた技術開発や経営企画などの高付加価値を生み出す部門を日本に残すための努力は引き続き大切だ。情報通信技術が進歩しグローバル化が進む中で、技術開発や経営企画に必要な技能はこれまで以上の水準が要求されるようになっている。

これらの人材を育成する大学院・大学教育の質の向上は必須である。トップ層の大学では、英語活用能力の向上が不可欠だ。同時に多くの有為な若者に大学教育の機会を拡大するような量的拡大も引き続き重要だ。大学生が多すぎるとの指摘もある。しかし、この20年ほどで大幅に大卒者が増えたが、大卒者の高卒者に対する相対賃金は低下していない。大卒者の供給増加を吸収するだけの需要増加があったとみるべきだ。今後もこの流れは変化しないだろう。

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地方雇用を考えるには2つの視点がある。まず仕事がない地域から仕事がある地域への労働移動に障害があるとすれば、それを取り除く必要がある。例えば家計の制約により高い学力を持ちながら、都市部大学に進学できない若者には金銭的な支援が必要だ。

地方から若者が出ていくことを嘆く心情はわかるが、産業構造が転換する中で身軽な若者を中心に人口が地理的に移動することはやむを得ない面がある。人口高齢化など多くの課題を抱えているだけに、日本全体でみた経済成長を実現していかないと全体が沈んでしまう可能性がある。

一方で、減少する製造業雇用を埋める雇用を地方に新たにつくり出すという視点も必要だ。観光業などに政策担当者の注目が集まりつつある。しかし新たな事業を起こし雇用を生み出していく主体は、新しい事業のアイデアを実行する企業家であり、計画経済的な視点で新たな雇用を生み出すことは到底望めない。

企業家は、起業家の中にも、中小零細企業、大企業、公的部門の中にもいるだろうが、新たな事業を起こし雇用まで生み出すというのは並大抵の能力・努力で実現できるものではない。そうした企業家の希少な能力が、規制をどのように乗り越えるのか、どのように公的補助を受け取るのかという非生産的な活動に浪費されるのを防ぐ必要がある。政策担当者には、企業家が新規事業の展開に集中できるような環境を整備するという視点が欠かせない。

2013年3月22日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2013年4月10日掲載

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