「非正規」の論点―支援はピンポイントで

川口 大司
ファカルティフェロー

製造業における派遣労働者の契約不更新や契約期間満了前の契約打ち切りが問題になっている。厚生労働省によれば春までに職を失う派遣労働者は最低でも8万5000人であるが、2008年11月時点の労働力人口約6650万人に対する比率でみれば約0.13%と、数字自体は必ずしも大きくはない。しかしながら、職を失った派遣労働者が、住居の喪失も含めた消費水準の厳しい落ち込みを余儀なくされていることは深刻な問題だ。これに政府はどう対応すべきか、問題の所在を整理した上で考えてみたい。

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まず考えるべきは雇用の非正規化の原因だ。非正規雇用には派遣労働者、請負工、直接雇用のパートや期間工などの雇用区分があるが、長期にわたり雇用の保証が得られない点では共通する。労働者全体に占める非正規労働者の比率は長期的な傾向として増加し、1999年の派遣労働に対する対象業種の拡大、04年の製造業派遣の解禁や派遣期間の1年から3年への延長といった規制緩和の年に非正規労働者比率が跳ね上がったことは確認できない(図)。

非正規の職員・従業員が雇用者全体に占める割合

では何が長期的な傾向を説明するのか。プリンストン大学のファーバー教授は日米の企業が共通してグローバル化の影響で将来の製品需要の不確実性に直面するようになったと仮定。米国では一般労働者(正規雇用者)の解雇が比較的容易なので、どの年齢層をみても一般労働者の平均勤続年数は以前より短くなっているが、一般労働者の解雇が難しい日本では、配置転換、出向、非正規労働者の雇い入れという形で不確実性への対応を行ってきたと指摘する。

日米の企業が同じ経済環境に直面しているが、それぞれの歴史・制度に依存する形で違う調整が行われたというわけだ。いずれにせよこの長期的なトレンドの裏にあるメカニズムを探し当てないと、派遣労働の禁止という法的対応をとったとしても派遣労働者から請負工やパート・期間工への転換が進むだけで不安定雇用自体は解消しない。

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雇用の不安定を前提に政策的な対応を考えるとどうなるか。この際、所得の変動と消費の変動の2つの問題を分けて議論することが必要だ。失職の最も深刻な帰結は消費水準が下落してしまうことで、今回の派遣問題の深刻さは消費の根幹をなす住居の喪失という形で端的に現れている。

だが、所得の下落は必ずしも消費の下落に直結しない。個人的なレベルで貯蓄を取り崩したり、借り入れを行ったりして消費水準を維持するという選択肢があるし、世帯の中でやりくりをする方法もありえる。もしある世帯が構成員の所得をプールしているなら、誰かが職を失っても、全員が少しずつ消費を我慢することでやり過ごすことができる。さらに民間の保険、公的な社会保障制度などによって所得の変動が消費の変動につながらないようなリスクシェアリングがより広い範囲で機能している可能性もある。

実際、大阪大学の小原美紀准教授、大竹文雄教授と一橋大学の齊藤誠教授による一連の研究は日本で家計所得の変動がそのまま消費の変動には伝わらないことを示し、完全ではないが所得の減った労働者自身と社会とのリスクシェアリングが一定の範囲で行われてきたことを示唆した。その一方、阪神大震災に伴う大きな所得ショックはうまく吸収し切れず、消費水準を大きく変動させたという。

今回の雇用ショックも同様な大きさである恐れが強く、リスクシェアリングの枠からはみ出した人、特に社会保障制度からこぼれ落ちている人を重点支援することが基本となろう。では具体的にどんな対応がありうるのか。

まず短期的対策として提案されているワークシェアリングを検討しよう。これが成功する前提は、1人ひとりが働く時間を減少させる代わりに賃金も減らし、時間当たりの賃金コストを一定に保つことだ。もし労働者1人当たりに固定費用部分があれば、賃金の減少率を上回らないと時間当たり賃金コストを一定に保てない。

この賃金引き下げに労働者が納得するかがポイントとなるが、筆者と大阪大学の大竹文雄教授の研究によれば2000年のデフレ期ですら賃下げは労働者の労働意欲を大きく引き下げた。これを知っている企業も賃下げは避けようとするため、ワークシェアリングはあまり広がらない可能性が高い。世界的にもこの傾向が報告されており、ランド研究所のカプティン研究員らは経済協力開発機構(OECD)16カ国の41年にわたるデータを分析し、労働時間の減少は時間当たり賃金率の上昇をもたらし、最終的には雇用を増加させないと結論づけている。ワークシェアリングを成功に導くためには、一般労働者の理解と納得に基づく妥協が成立し、労働意欲を低下させないようにできるかがカギを握る。

次に緊急雇用創出事業であるが、真の狙いはセーフティネットから漏れてしまった人々への所得の移転である。この春までに失職するとみられる派遣労働者8万5000人に仮に月10万円の所得移転を行ったとしても年間1000億円強の規模にとどまる。

単純な所得移転がもたらすモラルハザードや不公平感を解消するため、民間の経済活動を代替しない公的な仕事を創出する必要があるが、既に多くの自治体が臨時職員の短期雇用枠を設けているため参考になるだろう。しかし、これはあくまでも短期の緊急避難的措置にすぎず、通常の雇用への移動を促す職業紹介・職業相談や、中長期的な雇用政策との連動が必要になる。

中長期的対策として議論されているのが、職業訓練の拡大だ。OECDの統計によれば06年の職業訓練への公的支出の国内総生産(GDP)に対する比率は日本は0.04%と、フランスの0.29%、ドイツの0.33%より低い。一方で米国は0.05%、英国は0.02%などアングロサクソン諸国とあまり変わらない。ただ米国の数値は厳しい政策評価の結果、プログラムが縮小され趨勢的に下落した結果である点に注意が必要だ。

訓練参加者と訓練非参加者の就業状況や所得の履歴を使い公的職業訓練の就業促進効果や収益率などを推定する国際標準の方法が東京大学の市村英彦教授らにより開発されている。その手法を用いて厳密に公的職業訓練の便益と1人当たりにかかる訓練費用を分析し、他の政策の費用対効果と比べた上で政策の是非を議論する必要があろう。

職業訓練の収益率は受講者の柔軟性や受講後の就業期間などに依存するため、年齢によって大きな違いが予想される。中高年には還付可能な勤労所得税額控除などを用いて実質的に賃金を補助したほうがより有効なワーキングプア対策となる可能性も大きい。

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雇用保険の適用拡大も考えてみよう。現在、週20時間以上就業し、1年以上継続して就業する見込みがあることが雇用保険の加入条件だが、この「1年」は「6カ月」への緩和が予定されている。リスクシェアリングの範囲拡大につながるが、仮に改正されれば運用事務が煩雑になると予想される。社会保障番号の導入などで記録がきちんと保持され、利用者が使い勝手のよい制度にする工夫が必要だ。

また、東京大学の玄田有史教授が既に指摘しているが、解雇確率の低い正規雇用者の保険料で確率の高い非正規雇用者への失業給付がまかなわれるという実質的な所得移転が起こる可能性がある。これによって、不安定な仕事を提供する事業所の仕事が魅力を増して労働者を引きつけてしまう可能性もある。事業所レベルでの解雇実績に応じて保険料率を変動させる制度をきめ細かく運用していくのが1つの対処法だろう。

保険市場や労働市場には本来経済的なショックを和らげる調整機能が備わっている。政府の雇用政策は、その枠組みから漏れてしまった人々のピンポイントでの救済や市場メカニズムがよりうまく機能するような制度の整備を中心とすべきである。現下の不況のショックは大きいが、基本に立ち返った議論の盛り上がりを期待したい。

2009年1月21日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2009年1月29日掲載