道路の中期計画(素案)と道路財源制度について

金本 良嗣
RIETIファカルティフェロー

国土交通省が道路の中期計画(素案)を提示したのを受けて、昨年12月には道路特定財源の見直しに関する政府・与党合意ができた。しかし、民主党が暫定税率撤廃を主張しており、今後の展開はきわめて不透明である。こういった政局がらみのことから離れて、以下では、道路の中期計画(素案)と道路財源制度について、冷静に考えてみたい。

安倍政権の時代に閣議決定された政府方針(「道路特定財源の見直しに関する具体策」平成18年12月8日)は、「重点化、効率化を進めつつ、真に必要な道路整備は計画的に進める」としている。この方針に異論がある人は少ないであろう。道路の中期計画(素案)はこの方針を具体化しようとしているものととらえることができる。

中期計画の中身の議論が必要

残念ながら、中期計画(素案)についてのマスコミの論調は、少なくとも、全国紙については否定的であった。ただ、中身に立ち入った議論は見受けられない。本来は、今回の素案が真に必要な道路整備になっているのか、重点化、効率化の努力は十分であるのかといった点についての議論がなされるべきであろう。

昨年12月7日の政府・与党合意では、素案で提示された10年間65兆円の事業量を6兆円削減して、59兆円を上回らないものとしている。6兆円削減がどういう根拠によるものであるかは明示されていない。これについても、もっと中身のある議論がなされるべきであろう。

事業の絞り込み

中期計画(素案)では基本的視点として、
(1)選択と集中による効果的な事業の実施
(2)厳格な事業評価の実施とコスト縮減の推進
(3)既存道路の効率化、効果的な利用
(4)透明性・公正性の確保
(5)多様な主体との連携
の5つをあげている。いずれも重要な課題であるが、予算や財源の問題を考えるには、とりわけ、最初の2つの視点が重要である。これらについては、明確で具体的な記述が多く、これまでになく充実した内容になっている。

いくつかの例をみてみよう。

まず、交通事故対策については、事故発生が一部の区間に集中していることに着目して、絞り込みを行うこととしている。全国の国道・都道府県道等では、年間約45万件の事故が発生しているが、事故率上位22%の区間に事故の約72%が集中している。また、上位6%の区間に事故の約31%が集中している。こういったデータを踏まえて、全国の国道・都道府県道等約71万区間から事故発生割合の高い約15万区間を抽出し、そのなかから、特に効果の高い約4万区間に対して優先的に交通事故対策を実施することとしている。

同様なアプローチは、通学路の歩道整備、渋滞対策、踏切対策においても採用されている。

通学路については、全国の通学路約19万kmから、多くの児童が利用するなど、事故の危険性が高い通学路約11万kmを抽出し、これらのうちで歩道などのない約4.4万kmに対して、簡易な方法を含め集中的に交通安全対策を実施することとしている。

渋滞対策においても、全国の信号交差点等の約19万箇所から、日常的に混雑が発生している約9000箇所を抽出し、そのなかから、特に事業効果が高い約3000箇所に対して優先的に渋滞対策を実施することとしている。

踏切対策については、全国の約3.5万箇所の踏切から円滑な交通に支障が生じている4300箇所を抽出し、これらのうちで約600箇所の開かずの踏切と約800箇所の交通が集中する踏切に対して集中的に渋滞対策を実施することとしている。

データに基づいた絞り込みは当然のことであり、これまでこういったことが行われてこなかったのが不思議なぐらいである。今後とも、費用対効果の高い事業に絞り込む取り組みを進めていって欲しい。その際に注意すべき点としては以下の2つがある。

第1に、全国一本の画一的な指標を用いることの危険性である。機械的な適用にならないように、各地域で、実情を踏まえたより詳細な検討を行うことが必要である。

第2に、集中対策箇所等の選択基準が費用対効果の面で妥当かという点である。十分な分析や説明が必要である。

高速道路整備

高速道路整備については、道路公団民営化時に評価を行った9342kmの区間を超える部分についての事業評価を行って、今後の整備方針を提示している。この部分の特徴は、便益費用比(B/C)の基準を1.2に設定していることである。事業評価を行い始めた当初は、B/C基準は1.5であったが、これが最近では、1.0に下げられている。今回はそれを1.2に上げている。なぜ、この基準が用いられたかの説明は、「未事業化区間で、一部ルートやICの位置が確定していないなど、事業費の不確実性(感度分析±10%)等を加味し、より厳格に設定」としかなく、その理由付けは十分ではない。

B/C基準の設定について考慮しなければならない点は以下である。

第1に、道路事業は道路関係税でまかなわれているが、これらの税には徴税費用がかかる。それに加えて、税は価格体系を歪めるので付加的な社会的費用を発生させる。この付加的な社会的費用は税の限界超過負担(Marginal Excess Tax Burden, METB)と呼ばれている。税の限界超過負担の大きさについての研究は我が国では少ないが、欧米諸国では数多くの研究が積み重ねられている。費用便益分析のスタンダードな教科書には、米国では所得税の限界超過負担は約40%、固定資産税については約17%が妥当だという記述がある。残念ながら、道路関係税についてどの程度の大きさになるかの研究は見あたらない。

第2に、推計が難しくて、漏れている便益や費用がある。たとえば、道路整備が交通流をスムーズにして、排気ガスによる大気汚染を減少させることが考えられるが、こういったものは織り込まれていない。

第3に、時間価値や統計的生命価値といった原単位の設定についてより詳細な検討が必要である。日本の場合には、欧米諸国と比較して、通勤やレジャーの時間価値が高めに設定されているが、統計的生命価値はかなり低い値が使われていることが多い。

第4に、現在の事業評価では日平均交通量が用いられており、ピーク時の渋滞がうまく取り込まれていない。これによって、通勤時に渋滞する地方都市近郊路線等では便益が過小推計されていると思われる。

最後の2点から、「道路の中期計画」第1回問いかけにおいて、私は以下のような主張を寄せている。(国土交通省ホームページに掲載)

「便益計算の時間価値が高すぎる。ただ、日平均交通量をとっているために混雑路線では便益が低めに計算されており、トータルではそれほど過大推計にはなっていないかもしれない。時間帯別交通量を用いれば、渋滞のピーク時は便益が大きくなるはずで、混雑路線については便益が高くなる。空いている路線は便益が落ちることになるので、そういった路線についてはコストダウンしないと社会的にペイしなくなる。」

以上のような点を考慮して、より詳細な検討が行われることが望まれる。

道路特定財源制度

最後に、道路特定財源制度についてコメントしておきたい(詳細については、『道路特定財源制度の経済分析』[PDF:379KB]を参照されたい)。

第1に、道路サービスの供給は、鉄道、電気通信、電力、ガス、空港といったインフラサービスの一環として制度設計する必要がある。これらはいずれも、サービスの利用者が特定でき、利用者負担で費用をまかなう仕組みを作ることができる。場合によっては、利用者負担だけでは供給が過少になるので、何らかの補助制度が必要であったり、逆に、大気汚染等の外部不経済をもたらすケースでは、供給費用を超える負担をしてもらった方がよい。しかしながら、費用の大部分は利用者負担でまかなうことが可能であり、利用者負担を原則とした制度設計が望ましい。その理由は以下の3つである。

第1に、適切な品質を維持しながらコストを最小化するという経営効率性の追求が必要である。一般会計化は経営効率性を阻害する傾向を持つ。上からの査定による効率化がうまく機能しないことは、社会主義国の例から見ても明らかであろう。

第2に、道路の建設には長期間を要するし、橋梁やトンネルの維持・改修投資についても長期的な視野が重要である。一般会計では単年度ごとの予算決定になり、長期的な視野からの財源確保が困難である。

第3に、混雑外部費用は場所や時間帯によって大きく異なるので、ETC等を用いて、混雑度に対応した柔軟なプライシングを導入することが望ましい。こういったことについても、政治的プロセスでは実現が困難である。

ただし、道路交通は地球温暖化、大気汚染、騒音公害等をもたらしており、これらについての対策も必要である。特に、これからますます重要になる地球温暖化については、温暖化ガスを発生させる燃料に課税することが望ましい。私の試算では、日本における温暖化ガス削減費用を前提にすると、地球温暖化および原油依存に関する費用はガソリン1リットル当たり24円程度である。温暖化対策税部分については、道路サービスの対価ではないので、一般財源にしておくのが望ましい。

なお、自動車の保有によって発生する外部費用はほとんどないので、保有税と取得税を廃止し、燃料税および走行料金に移行することが望ましい。

社団法人日本道路建設業協会『道路建設』2008年3月号に掲載

2008年3月17日掲載

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