公共調達制度の課題

金本 良嗣
RIETIファカルティフェロー

1 公共調達におけるインセンティブの欠如

日本では公共工事だけが問題であるかのような議論があるが、公共工事における問題は公共調達システム全体に及ぶ。防衛や情報関係においても様々な問題が発生しており、分野が異なっても問題の源泉は同じである。

公共部門における調達が民間企業のそれと決定的に異なるのは、公共発注者には良いものを安く調達するというインセンティブが働かないことである。どうすればこれを改善できるか、改善できない場合にはどういう対応をとればよいかを考えるのが、公共調達の問題の出発点である。

公共調達における最大の問題は政治の機能不全である。公共調達は国民の税金でまかなわれており、納税者としての国民は良いものを安く調達することを望んでいるはずである。その声が発注の現場に届かないのが問題である。

最近はかなり変化してきているが、政治の問題が大きいのが公共工事である。建設業者に依頼された政治家が、公共部門に圧力をかけ、その企業の受注を有利にするように頼むといったことが起こりうる。

また、地元業者保護のために、指名競争入札においては他地域の業者を排除することが一般的である。一般競争入札においても地域要件を課すことが行われている。さらに、大規模工事では、JV(Joint Venture)制度を使って地元中小業者をJVに組み込むことを強制することがある。これらの地元業者保護政策は、受注した地元業者が実際の施工を行わず、マージンを取るだけで大手業者に上請け・丸投げするといった病的な現象さえ引き起こしている(参考文献1を参照)。

公共工事発注の実務を担う官僚組織にも固有の問題がある。最大の問題は、コスト削減のインセンティブを与えることが難しいことである。民間企業の場合には、調達コスト削減は利益の増加に直結するので、給与や昇進で報いることが当然である。ところが、公共部門ではコストを削減しても自分たちの利益にはならない。これまでの日本の仕組みは、コスト削減インセンティブを与える代わりに、細かい規制によって発注者の裁量権をしばるというアプローチをとってきた。たとえば、価格だけによる競争入札を行って、最低価格の入札者が自動的に落札するのが原則であり、価格以外の条件をも考慮する方式や、入札後に価格や契約内容についての交渉を行うのはあくまで例外的位置付けである。また、上限価格である予定価格を事前に積算することが義務づけられており、それが適切に積算されているかどうかについて会計検査院が検査している。これに対して、欧米諸国ではより多様な方式が認められていることが多く、また、公正取引委員会が指摘しているように(参考文献2)、日本のような予定価格の仕組みはほとんど見受けられない。

発注者性悪説に立てば、価格だけによる競争入札の義務づけはきわめて自然である。落札者は入札者間の競争によって決まるので、発注者が特定の者に受注させることは不可能である。また、入礼者が談合していなければ、発注者が努力しなくても、競争によって価格が低下する。規則(法令)によって発注者の裁量権を縛るアプローチの最大の問題は、規則さえ守っていれば、コストダウンの努力をする必要がないという風土を生んでしまうことである。日本の公共発注の現場にはこの種のメンタリティーが根深く、これが実は最大の問題である。

2 アメリカ連邦政府における調達制度改革

発注者の裁量権の問題については、アメリカ連邦政府における大胆な調達制度改革が参考になる。Kelman(1990)は、IT分野を中心にアメリカ連邦政府における調達の実態調査を行い、調達者に対する厳しい規制が大きな非効率性を生んでいることを指摘した(参考文献3)。アメリカの調達システムでは最低価格の入札者以外に落札させることが可能であるが、そのためには品質が優れていることの客観的な証拠を提出する必要があった。ここで重要なのは、自分のところでの過去の経験は客観的な証拠として認められないことである。例えば、今までの納入者が、コンピュータ・システムがダウンした際に担当者をすぐには派遣しなかったり、能力の劣ったシステム・エンジニアを派遣したりといったことをしばしば行っていて、そのことをきちんと記録に留めていても、この種の証拠は調達官庁の主観的なものとみなされて、次の調達の際には無視されてしまう。納入者のサポートが悪いことの客観的な証拠となるのは、他の多数の調達官庁や民間企業の調達者の調査結果をもとにサポートの悪さが統計的に有意であると断定できる場合に限られる。このようなシステムのもとでは、サービスを良くしても次の受注にはつながらないので、サポートが悪くなるのは当然である。

Kelmanはこのようなケース・スタディー結果をもとに、アメリカの調達システムの改善のためには調達者の裁量権を拡大すべきであると諭じている。裁量権の拡大に基づく不正行為の増加に対しては、おとり捜査や盗聴などの現代的な捜査手法の適用によって対処することが十分可能であるとしている。

その後、Kelmanは連邦政府に入り、1994年から1995年にかけての調達制度改革(The Federal Acquisition Streamlining Act of 1994, The Federal Acquisition Reform Act of 1995.)のリーダーとして活躍した。この連邦調達制度改革の基本は、
(1)発注者に裁量権を与えたこと
(2)受注者のパフォーマンスを評価してそれを次の発注の時の評価に使うようにしたこと
の2つである。

改革後の改善はめざましい。まず、手続きに必要な期間が大幅に短縮された。以前は契約するのに1年、2年かかっていたのが、2、3週間でできるようになった。コンピュータ関係では、1年たつと同じ性能のものの価格が大幅に低下するのに、1年前の価格で購入していたといったことがあったが、こういったことがなくなった。第2に、価格が大幅に低下した。連邦政府は大量に調達するので、コンピュータ等は普通の店の値段の半分近い価格で購入している。こういったことは改革以前では考えられなかった。第3に、現在の仕事の成績評価が次の受注につながることから、サービスも大幅に改善した。

発注者の裁量権は汚職等を招くという懸念については、発注者の裁量権を縛ることで汚職等を防止するのはうまくいかないというのがKelmanの意見である。汚職等については、摘発、罰則で処理すべきであり、幸いにして、アメリカの連邦政府では発注がらみの汚職はまれであるということである。この点については、調達に携わるのが、(1)ユーザー、(2)技術者、(3)契約担当者、(4)弁護士の4者であり、これら4者の問のやりとりはメモに残すことになっていることも問題が起きない1つの要因であろう。なお、契約担当者(Contracting Officer)は、どういう契約(PFI(Private Finance Initiative)にするのか、CM(Construction Management)にするのかなど)にするかを考える。契約担当者はMBAをもっているか、あるいはビジネススクールのいくつかのコースをとらなければならないと要求されていることがほとんどである。これらのコースの1つは交渉(Negotiation)のコースである。

日本の場合にはアメリカのContracting Officerに相当する人間はいないのが通常である。公共工事については、技術者がContracting Officerの役割を兼ねるケースが多いと思われる。こういった場合には、不正行為がおきやすくなる。また、日本ではそれぞれの業務に権限と責任を持つ人間が明確に定まっておらず、集団で責任を持つ体制になっていることが多い。こういった場合には、かえって政治からの圧力を受けやすくなる。組織のトップの人たちが圧力を受けたときに、部下達がそれに抵抗することが難しいからである。

3 公共工事における政治の歪み:地元業者保護

発注者に裁量権を与えたときに問題になるのは、発注者がその裁量権を悪用する可能性があることである。実際に、発注者が納税者の利益に反した行動をしている例は多い。その典型は、公共工事における地元中小業者保護である。

競争がなければ価格は安くならないし品質も向上しない。日本の公共工事の最大の問題は競争が有効に機能していないことである。最近では、たたき合いが起きて、落札価格が予定価格(最高制限価格)を大幅に下回るケースが一部で見られるが、全体としては、予定価格にきわめて近い落札価格になっており、談合体質が続いていることを伺わせる。

発注者が本気になれば談合を防止するのはそれほど難しくない。談合対策の基本は、入札に参加できる者の数を多くして談合の成立を困難にすることと、談合グループに入っていないアウトサイダーを入札に加えるようにすることである。横須賀市、宮城県、長野県のようないくつかの地方自治体では、一般競争入札を導入して、入札に参加できる業者数を多くした結果、落札価格が大幅に下がるケースが多くなっている。たとえば、横須賀市の一般競争入札は30社から100社程度が参加可能なように入札資格を設定しており、潜在的な入札参加者数が多い。このように多数の業者がいる場合には、談合をまとめることは困難になる。多くの自治体の平均落札率(落札価格と予定価格の比率)は95%程度かそれ以上であることが多いが、横須賀市では85%程度になっている。横須賀市ではほとんどのケースで談合が成立していないのに対して、平均落札率が高い他の自治体ではごくまれにしか談合が崩れていないことが推測される。

なお、実際に入札に参加する企業の数と潜在的に参加可能な企業の数とは全く別であることに注意が必要である。多数の企業が参加可能で競争性が高いケースでは、実際に入札に参加する企業数は少ないことが多い。たとえば、競争性の高いアメリカでは、入札する企業数は3~5社であることが多い。入札のためには、コストの積算等についてかなりの費用がかかるので、落札できる確率が低い場合には入札しなくなるからである。

3-1 地域要件等による地元業者保護

入札談合が蔓延する背景には、公共発注者が談合阻止の努力をしなかったり、談合を助長するような行動をしたりしていることがある。その最たるものは、地域要件等による地元業者保護やランク制による市場分割と日本型JV制度である。

日本の地方自治体の発注では、その地域の地元企業を優先的に指名することが多い。公正取引委員会も指摘しているように(参考文献4、5)、入札の参加資格を地元企業に限ったり、受注業者に対して地元企業を下請として使用することを義務付けたりする場合には、
(1)入札参加者の範囲を挟くすることによって競争の働く余地が狭くなり、結果として落札価格が高くなる、
(2)地元以外の業者との競争がないので、入札談合等が容易になる、
といった弊害をもたらす。また、
(3)JVの結成を強制することは、事業者間で結成のための話し合いが行われることを通じて入札談合を誘発しやすくなる。
こういった地元業者保護政策は地方自治体で顕著であるが、国の発注においても行われている。地方自治体や政治家から地元企業優先の依頼が来ることが多いからである。

地元企業への優先発注は工事の分割発注と組み合わされていることが多い。ほとんどの公共発注者はランク制を採用している。ランク制のもとでは、建設業者はその規模や技術力に応じてランク付け(格付け)されており、ランクに応じて受注できる工事金額が決まっている。日本のランク制では、下のランクの企業が上のランクの工事に参加できないだけではなく、上のランクの企業が下のランクの工事に参加することもできない。ランク制は、企業規模に応じた棲み分けを強制し、競争を制限する効果を持っている。

地元中小企業に受注させたいときには、工事を小さく分割して発注するといったことをする事が多い。工事を細かく分割すればするほど、資材の一括注文や建設機械の有効利用ができなくなるから、費用は高くなる。工事の予定価格(最高制限価格)の積算においても、小規模工事ほど一般管理費の比率が高くなるので、その分だけ割高になる。さらに、分割発注は、分割された工事毎に受注を分け合うといった入札談合を誘発しやすくする。

地元業者優先発注及び分割発注の弊害の極端な例が、「上請け・丸投げ」の問題である。「上請け」とは、中小建設会社が元請受注した公共工事を大手が下請けすることを指し、「丸投げ」は工事の一部ではなく、全部を下請に出すことである。工事の分割が容易な道路舗装業ではこの問題が著しく、中小業者が大手に丸投げする上請けが横行している。

3-2 政治が変わる必要

地方政治がうまく機能していれば、地元企業優先政策は採用されないはずである。建設業者が住民の過半数であることはほとんどありえない。したがって、地元企業保護によって建設コストが上昇し、納税者の負担が重くなるといったことは、住民が許さないはずである。ところが、日本の地方政治においては、一部の建設業者の利益が重視されて一般納税者の利益が無視される傾向にある。この理由の1つは、住民の政治参加が不十分なことであるが、もう1つの理由は、公共事業について国からの補助金(交付税交付金の算定における実質的な補助も含む)が大きいことである。したがって、住民自身の税負担に跳ね返ってくる部分が小さく、住民のコスト意識が育まれていない。

長期的には、地方政治の在り方が変わらなければ根本的な解決策にはならない。地方政治において一部の建設業者の利益が重視されて一般納税者の利益が無視されるという構造が変わらなければ、どんな対策をとっても、手を変え品を変え、様々な利益誘導が発生し続ける。

地方政治の改革には選挙民の意識改革が必要であり、一朝一タには困難である。しかし、アメリカでは、利益団体に対する利権配分を重視する旧来型の政治手法が急速に廃れて、一般住民に対して、良質のサービスをいかに低コストで供給するかを競う新しいスタイルの首長が増加してきた。わが国でもこのような変化がおきつつあり、一般競争の導入によって競争性の向上を図る自治体がでてきている。しかしながら、地域要件をゆるめて、地域外の業者の参入を認める自治体はほとんどないのが現状である。

このような変化を促進するためには、行政における公開性を徹底し、一般住民が行政の効率性を判断できるようにすることが必要である。特に、公共工事においては、発注における公開性を徹底し、一般住民が容易に低コストでアクセスできるインターネット等の媒体を用いて発注経過と落札結果を公表する必要がある。しばらく前から入札情報の公開が義務づけられているが、インターネット上でオープンにしている発注者はそれほど多くない。また、情報の公開の仕方も1件ごとに別ファイルになっていたりして、分析が困難な形になっていることが多い。横須賀市の場合のように、一覧表の形になっていると様々な分析が容易であるので、外部からのチェックが効きやすくなる。

さらに、現状では国からの補助が大きいので、地方自治体はコスト削減よりは補助金獲得の方に熱心になってしまい、これが様々な弊害を生んでいる。したがって、国からの補助を廃止あるいは縮小し、地方自治体が強いコスト削減インセンティブを持つようにしていくことが必要である。

3-3 地元業者保護には国レベルの対応が必要

他地域が地元業者を優遇している現状では、自地域だけがそれを撤廃することは政治力学として困難である。したがって、地方自治体が自主的に地元業者優遇策を廃止することは期待薄である。しかし、すべての自治体が同時に地元業者優遇を撤廃すれば、ほとんどすべての自治体にとって利益になる。この構造は国家間の保護貿易の問題と同じである。国家間の貿易については、大恐慌の時の失敗が認識され、その反省に立ってGATT及びその継承者であるWTOが設立された。これらの国際機関を中心として、国際的な強調によって自由貿易の推進(及び保護貿易の阻止)が行われてきた。第二次大戦後の日本経済の発展が可能になったのは、曲がりなりにも自由貿易が維持されてきたからである。

国内においてもこのような動きが必要であるが、その中心にならなければならないのは国である。国内版WTOの機能を果たす組織が必要である。現状では、このような働きをしているのは、独占禁止政策を司る公正取引委員会だけであるが、もっと広い範囲での強力な推進が必要である。特に、国からの補助が出ている事業については地元業者優遇を禁止する制度を早急に作る必要がある。欧米諸国では、地元企業優先政策に対して、国が規制をかけている例が多い。たとえば、ドイツでは地元企業を優遇することは全面的に禁止されている。その他の国でも、最低限、国の補助が出ている建設工事については地元業者優遇が禁止されていることが多い。日本でも地元企業優先政策について早急に対策を講じる必要がある。

4 柔軟な調達方式の必要性

発注者に裁量権を与えたときに、それを悪用する可能性は地元中小企業関係では大きいが、大手企業に対する発注についてはそれほどではない。金丸事件以降の一連のスキャンダルの後では、大手ゼネコンによる贈賄や献金の問題はほとんど見られなくなっている。発注者に裁量権を与えることの必要性が大きいのは、大規模で複雑な案件であるので、大手企業相手の発注となることがほとんどであろう。

競争入札には、大別して、仕様を詳細に提示して、価格だけについての入札を行うものと、価格以外の要素についての提案を受けて、それらの評価を価格に加える方式との2つがある。価格だけによる競争入札の場合には、発注者に裁量権を与える必要はないが、後者の場合には、発注者の裁量権を過度に縛ることは大きな弊害を生む。日本ではこれらの両方について、基本的に同じ規制がなされており、結果として、弊害を生んでいる。たとえば、1回だけの入札を行って決定することになっており、何回も入札させながら、絞り込んでいくといったプロセスが想定されていない。この点について、少し詳細に見ていこう。

価格だけによる入札を行うことのメリットは何だろうか? 品質や仕様には様々な可能性があり、入札者によって得手不得手があることも多い。それを1つに限定して価格だけの競争を行うことによって失うものは多い。既に述べたように、価格だけの入札においては発注者の裁量の余地がないので、発注者のモラル・ハザードを心配する必要がないというメリットがある。これ以外にも、競争性が高まり、価格の低下が期待できるというメリットがある。全く同質な製品における価格だけの競争では、独占力による利潤がほとんど期待できない。このことを反映して、通常の民間市場では、売り手側は製品を他者と差別化していささかなりとも独占力を確保しようとする行動に出ることが多い。これに対して、買い手側としては、製品を標準化して競争性を高めた方が望ましいことになる。

価格以外の要因を入れた入札(日本では総合評価方式と呼ばれているものがこれにあたる)のメリットには、
(1)買い手のニーズに合った品質や仕様を選択できる
(2)供給者側は自分の得意な仕様を選択できる
の2点に加えて、
(3)談合が難しくなる
という点がある。価格だけの入札の場合には、談合グループは入札価格だけを決めればよいのに対して、品質や仕様の提案もしなければならない場合には、それらについての調整が必要になり、秘密裏に証拠を残さずに談合調整を行うことが格段に難しくなるからである。また、まじめに提案書を作成するためにはかなりのコストがかかるので、付き合いだけのために入札する仲間を集めることが困難になる。実際にも、1億円程度の提案書作成コストがかかると言われているPFI案件については、入札者数が少なくても談合が行われている気配は見受けられない。

以上の簡単な考察から分かるのは、旧来型の価格だけの競争にもメリットはあり、品質や仕様が重要な場合や談合対策として必要な場合を除けば、価格以外の要因を入れた入札にする必要はない。たとえば、地方公共団体が行っている小規模な公共工事の発注については、価格だけの競争にした方が望ましい場合が多い。しかしながら、大規模な政府調達については、これは望ましくない。日本の調達制度の問題は、価格以外の要因を入れた入札についてはうまく対応できるようになっていないことである。

第1の問題は、既に触れたように、何回も提案を出させて、徐々に絞り込む仕組みが実施されていないことである。通常の提案書は複雑かつ膨大であるので、これをたとえば5者に出させて、それらを詳細に比較検討することは、入礼者側と調達者側の双方にとってきわめてコストが大きい。最初は概略的な提案書を提出させて、徐々に絞り込んでいって、最終的に詳細な提案書を作成させるのは2、3者程度にする方が合理的である。アメリカの連邦調達規則(FAR)では、最初の提案を受け付けた後にそれを評価して、最終案の提出を行う者を選定するといった2段階の手続きが定められている。

第2の問題は、調達者と入札者との間の交渉が行われないことである。たとえば、アメリカ連邦調達規則に規定されている調達手続きでは、最終提案を提出する前の交渉が明示的に規定されている(参考文献6)。提案書が出された後に、それを評価して最終提案を提出できる者を選定する(競争範囲competitive rangeの決定と呼ばれる)ことになるが、競争範囲決定と最終案提出の間に交渉を行い提案を修正することが可能である。また、最終提案後においても第1位の入札者からの提案を受け付けたり、契約内容に関する交渉を行うことが多い。

日本では交渉による提案修正が行われておらず、入札者からの提案を変更できないものとして評価している。たとえば、Aの提案がBよりも現状では優れていても、Bの提案の一部を修正すればBの提案の方が良くて、交渉が可能であればBはそれに応じることが十分にあり得るが、こういったことが行われていない。

財務省は、「総合評価方式の中で、必要に応じ複数の段階で評価、優劣を判断し、順次絞り込むことによって契約の相手方を決定することも可能」、また、「WTO政府調達協定は、交渉により評価の基準及び技術的要件の変更をした場合には、全ての参加者が変更された条件に基づき最終的な入札ができなければならないとしており、特定の入札者と交渉して当該者についてのみ契約内容を変更することはできない」との留保付きではあるが「評価において契約内容について交渉することも可能」との見解を表明している(財務省ホームページhttp://www.mof.go.jp/kanwa/kw13/kw13a.pdf [PDF:16KB]を参照)。17年3月25日に閣議決定された規制改革・民間開放推進3カ年計画(改定)でも、「入札の過程で、複数の事業者に提案を行わせ、発注者がそれぞれの事業者と個別に交渉を行うことを通じて契約者を選定する方が経済的に最も価値の高い調達を行い得る場合があると考えられる。したがって、我が国においても、それがふさわしいと考えられる場合には、手続の公正性、透明性及び経済性に留意しつつこのような方式を採用する(国土交通省、総務省、その他発注関係府省)。」とされている。発注者が本気になれば実施するのはそれほど難しくはない。

また、最終提案書提出後の交渉については、一部で入札後VEの形で入札者による提案が行われている例があるが、本格的な交渉は日本ではほとんど行われていない。欧米諸国では、入札価格の積算をチェックして、積算が過大になっている部分について価格を下げさせるといったことがごく普通のこととして行われている。こういったことも必要であろう。

5 おわりに

日本における政府調達制度は明治時代に制定された会計法がほぼそのまま続いている。主要な変更点は、大正時代に指名競争入札が導入されたぐらいである。欧米諸国では環境の変化に合わせて政府調達の運用が大きく変更されており、本当に同じ条約(政府調進に関する協定)を批准しているのかと思えるほど日本の運用は国際的に見て特異なものに見える。規格化された物品の調達や単純な工事の発注においてはこれは大きな問題ではないが、コンピュータ・システム、複雑な大規模工事、PFI案件などについては大きな非効率性がもたらされている。

改善のためには、
(1)複数回の入札によって入札者を絞り込んでいくプロセスを実施する
(2)提案書提出後最終案入札前及び最終案提出後の情報交換や交渉を実施する
といったことが必要である。法制度上は可能であるはずであり、実施に向けての詳細制度設計を詰める時期に来ている。

また、価格以外の要因を加味して評価する総合評価方式においては、現行の予定価格制度は合理的でない。品質が高いものについてそれを考慮せずに、品質が低いものと同じ最高制限価格を用いるのは不合理であるからである。総合評価方式については、会計法上は予定価格の上限拘束性が外されていると解され、政令(予決令)レベルあるいは運用上の問題に過ぎない(参考文献7)。

調達方式に柔軟性を持たせると、発注者に裁量権が生まれ、それが悪用される可能性がある。しかし、上の2つの改善については、情報交換や交渉を文書や電子メールで行うようにして、証拠を残すようにしておけば、裁量権の悪用の懸念はほぼないものと思われる。かえって、透明性が増して、現在の方式よりも悪用の可能性が低くなるであろう。

調達方式に柔軟性を持たせるということは、発注者の裁量権をやみくもに増加させるということではない。標準化が進んでいる物品や標準的な工法で十分な中小工事については、幅広い業者の入札を認める一般競争入札が望ましい。特に、地域要件等で地元企業に工事を「配分」するといった仕組みについては、それを制限する国レベルの政策が必要である。地域の業者は顔なじみであることが多いので、地域要件の設定は談合を容易にする効果も持っている。

十歩譲って、地元企業優先を認める場合にも、アメリカのマイノリティー業者優遇策でよく行われているように、入札価格にゲタを履かせるといった方式の方が望ましい。これは、たとえば、地元企業なら5%まではその他地域の企業より入札価格が高くても落札させるというものである。この方式であれば、他地域の業者からの競争圧力も一定程度あるので、談合の可能性が低くなるし、地元企業同士が競争すれば、5%のゲタを履かせたとしても、落札価格がその分だけ高くなるわけではないので、納税者にとっての損失も抑えられる。

* 本稿の内容は筆者の意見であり、いずれかの機関の意見を反映するものではない。

参考条文

○政府調達に関する協定(抄)
第十四条交渉(Negotiation)
1 締約国は、機関が次のいずれかの場合に交渉を行うことを認めることができる。
(a)第九条2の公示(調達案件の手続への供給者の参加に対する招請)において機関が交渉を行う意図を明示した調達の場合
(b)評価を行った結果、公示又は入札説明書に定める特定の評価基準によりいずれかの入札が明白に最も有利であると認められない場合
2 交渉は、主として入札の長所及び短所を確認するために用いられる。
3 機関は、入札書を秘密のものとして取り扱う。機関は、特に、特定の参加者がその入札書を他の参加者の入札書の水準まで改善することを支援することを意図して情報を提供してはならない。
4 機関は、交渉において、異なる供給者の間において差別をしてはならないものとし、特に、次のことを確保する。
(a)参加者の排除は、公示及び入札説明書に定める基準に従って行われること。
(b)基準及び技術的要件についてのすべての変更は、引き続き交渉に参加しているすべての者に対し書面により通知されること。
(c)引き続き交渉に参加しているすべての者は、変更された要件に基づき新たな又は修正された提案を行う機会を与えられること。
(d)引き続き交渉に参加しているすべての者は、交渉が終了した場合には、これらの者に共通の期限までに最終的な入札を行うことを認められること。

『ファイナンス』Vol.41, No.2(2005年5月号)に掲載

文献
  1. 金本良嗣編『日本の建設産業』日本経済新聞社、(1999)。
  2. 公正取引委員会「公共調達における競争性の徹底を目指して」2003年11月18日
  3. Kelman,S.,(1990),Procurement and Public Management, The AEI Press, Washington, D.C.
  4. 公正取引委員会「競争政策の観点からみた地方公共団体による規制・入札等について」1999年6月28日。
  5. 公正取引委員会「第7回公共入札に関する公正取引委員会との連絡担当官会議の開催について」1999年9月30日。
  6. 安本由香「米国における公共調達制度」建設経済研究所『研究所だより』No.193、pp.11-17,2005年3月。
  7. 小沢道一「公共工事入札契約方式の多様化と法制上の問題」ジュリストN0.1136.p.79.1998年6月。

2006年2月22日掲載

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