産業の進歩のためには、談合を阻止し、競争市場を実現することが欠かせない。談合防止策にはいろいろあるが、最も重要なのは発注システムを見直して談合をやりにくくすることである。発注者には「よいものを安く」調達するインセンティブを与えることも必要になる。
「良い元締」でも効率配分に限界
橋梁談合事件の摘発で、改めて談合対策が焦点になっている。競争がなければ価格は安くならないし品質も向上しない。日本の政府調達における最大の問題は競争が有効に機能していないことである。これは公共工事に限ったことではなく、物品や情報技術(IT)システムの調達にも見られる。
たたき合いが起きて、落札価格が予定価格(発注者が設定する最高制限価格)を大幅に下回るケースが一部で見られるが、全体としては、予定価格にきわめて近い落札価格になっている。多くの企業が余剰能力を抱えている現在の経済状況から見て、競争が行われていれば予定価格の95%以上という入札価格はほとんど考えられない。談合体質が続いていることをうかがわせる。
談合に対する罪の意識がないのが、日本における最大の問題である。和を尊ぶ日本文化といった議論はさておき、なぜ談合を経済犯罪として取り締まらなければならないのか、一般の人たちには容易には理解できないようである。
談合擁護の議論には以下のようなものがある。談合の元締は、各社の得手不得手や余剰能力の程度を見て、うまく工事を各社に配分する役割を果たしている。談合グループ以外の業者を排除することによって、不良不適格業者の参入を阻止することができる。日本では発注者が予定価格を適切に設定しており、談合によって価格が高くなりすぎることはない。談合が崩れて自由競争になれば、たたき合いで価格が大幅に下落し、まじめに工事をする業者には赤字が発生する。手抜き工事をする不良不適格業者だけが残ってしまう。こういった議論である。
談合体質が産業の進歩を阻害し、長期的には大きな害悪をもたらすことは、社会主義経済が短期的にはうまくいくように見えても、結局のところ、長期的にはうまくいかなかったのと似た問題である。社会主義経済で「賢明な計画者」がうまく計画すれば、良い結果がもたらされるはずであるが、実際にはそうはならなかった。
談合においても、「良い元締」が工事を業者間に適切に配分すれば、効率的な結果がもたらされる。しかし、こういった「見える手」は、競争市場における「見えざる手」に結局かなわない。いかにコンピューターが進歩したとは言え、人間の能力には限界がある。もっと重要なのは、革新に対する悪影響である。革新的な技術や新しいビジネス・モデルは業界の協調を乱すとされ、談合のもとでは育たない。
国交省の対策は即効性に疑問も
談合防止策には大きく分けて、(1)談合によって得られる利益を小さくする(2)談合が摘発される確率を上げる(3)談合が摘発された場合の罰則を強化する(4)談合をやりにくくする――の4つがある。
第1の談合の利益を小さくする方策については、予定価格を下げて利益が出なくすればよいが、発注者がもっているコスト情報が不完全であることを考えると、この方策の有効性には限界がある。
第2の摘発確率を上げる方策としては、今年の独占禁止法改正で公正取引委員会に犯則調査権限が与えられたことが挙げられる。また、費用の内訳書を詳細にチェックして談合の疑いがないかを見ることや、入札データを収集して入札パターン分析を行うことによって入札談合を発見することもこの種の対策になる。これらの対策は、橋梁談合事件を受けて国土交通省が発表した再発防止対策に盛り込まれた。
第3の罰則強化については、独禁法改正によって課徴金が引き上げられている。今回の再発防止対策にも、指名停止、営業停止処分、違約金特約条項の強化が盛り込まれている。
以上のような対策が重要であることは間違いない。しかし、これらの対策の即効性には疑問があるところである。最も重要なのは、談合をやりにくくする発注システムの設計という第4の対策である。
発注システムの工夫の第1は、入札に参加できる企業を増やすことである。最も即効性があるのは、談合に参加していないアウトサイダーを入札に参加させることである。今回の再発防止対策にも盛り込まれた一般競争の入札の拡大は、この面での効果が期待できる。
一般競争入札は、企業数が多い中小建設業相手の発注について特に有効である。現に、横須賀市、宮城県、長野県のようないくつかの地方自治体では、一般競争入札を導入した結果、落札価格が大幅に下がっている。
しかし、一般競争入札に移行すれば談合がなくなるというわけではない。実際に、今回の橋梁談合では一般競争入札のケースでも談合が行われている。一般競争入札になっている大規模工事では、大手業者しか入札できないことが多い。大手業者の数は限られているので、一般競争入札でも談合は容易に成立する。
品質面でも競争 大手業者に必要
大手業者相手の談合対策として期待できるのは、価格だけの競争をやめて、品質でも競争させることである。これは現在でも総合評価方式として一部で行われており、今回の再発防止対策で拡大がうたわれている。
価格だけを調整するなら電話一本ですぐできるが、品質までも含めて電話で調整することは難しいというのがこの種の対策の理由である。しかし、橋梁談合においては、総合評価方式のケースでも談合がなされていた。したがって、総合評価方式は談合対策の特効薬ではないが、入札者に提案させる項目を質、量ともに充実させて、提案内容について綿密なヒアリングを行うようにすれば、かなりの効果は期待できるであろう。
また、日本では、最低の入札価格を提示した企業と自動的に契約する自動落札システムをとっている。この仕組みを改めて、最低価格に近い価格を提示した数社の企業と交渉して、その中で最も低い価格を提示した企業に落札させる仕組みにすることが考えられる。入札後に交渉するということになれば、入札前の談合だけでは対応できないので、談合は成立しにくくなるだろう。特に、総合評価方式においてはこういった交渉方式と組み合わせることのメリットが大きい。
このように、大手企業相手の調達については、価格以外の要因を考慮した総合評価方式の導入が望ましい。しかしながら、日本では価格以外の要因を入れた入札についてうまく対応できるようになっていない。改善のためには、(1)複数回の入札によって入札者を絞り込んでいくプロセスを実施する(2)提案書提出後、最終案入札前及び最終案提出後の情報交換や交渉を実施する――といったことが必要である。こういった方式は欧米諸国では一般的であり、日本でも法制度上は可能である。
現に財務省は、「総合評価方式の中で、必要に応じ複数の段階で評価、優劣を判断し、順次絞り込むことによって契約の相手方を決定することも可能」、また「特定の入札者と交渉して当該者についてのみ契約内容を変更することはできない」との留保付きではあるが「評価において契約内容について交渉することも可能」との見解を表明している。発注者が本気になれば、これらの改善を実施するのはそれほど難しくない。
調達方式に柔軟性を持たせると、発注者に裁量権が生まれ、それが悪用される可能性がある。裁量権を「よいものを安く」調達するために使うインセンティブを発注者に与えることが必要である。
民営化された後でも、道路公団は道路事業では利潤を得てはいけないことになっている。発注担当者が「よいものを安く」調達できたときは、それに対して「ごほうび」をもらうべきであり、こういったインセンティブシステムができていないことが問題である。談合を助けることで天下り先の確保をするというまったく逆のインセンティブが働いている。発注者のインセンティブ確保に配慮した制度設計を工夫しなければならない。
2005年8月16日 日本経済新聞「経済教室」に掲載