製造業のデジタル化と雇用の未来

岩本 晃一
リサーチアソシエイト

1 新型コロナが製造業に与えたショック

いきなり降ってわいた新型コロナに、日本の製造業は対策を講じる時間的余裕はなかった。新型コロナは、今後ワクチン・治療薬が開発されるまで、我々は共存せざるを得ない。そしてインフルエンザ・ウイルスの変異は早く、今後再びさらに強力なウイルスが登場する可能性があることを考えると、製造業はその対策を講じなければならない。

今般、日本の製造業が苦境に立った課題のうち1つは、テレワークできる業務がほとんどなく、感染リスクを抱えながら従業員が満員電車で通勤せざるをえなかったことであろう。

第四次産業革命が進行中の今、日本の企業は欧米企業に比べて、デジタル化で大きく遅れている。理由は企業ごとにさまざまであろう。例えば、目の前の仕事に忙しく、将来のことを考える余裕がない、取引先から指示されない限り現状を変える動機は薄い、製造現場は機械・金属技術にはくわしくても情報通信技術の知識がほとんどない、などがあろう。このようにデジタル化を先送りしてきた日本の製造業であるが、さすがに今般の新型コロナを体験し、もはやこれ以上、先送りはできないと覚悟した企業も多いと思われる。

2 働き場所の最適配置を怠ってきた製造業

誤解を恐れずに大胆に言えば、「製造業においても、どうしても目の前のモノを扱う必要がある業務以外は、すべてリモート化することが可能である。繰り返し業務はすべてAIによる代替化により自動化が可能である」と言っていい。どのような高度な技能であっても繰り返し業務である限り、必ずプログラム化が可能である。

製造業といってもいろいろな仕事がある。間接部門は事務職であり、当然ながらテレワーク化・AI化は可能である。直接部門であっても目の前にモノがないとできない仕事以外はすべてテレワーク化・AI化が可能である。例えば、商品の企画開発部門および設計部門や、商品販売後のユーザが使用中の製品から得られるデータに基づいて行なわれる各種サービスも、テレワーク化・AI化が可能である。特に後者はこれからの製造業の主要な収入源になる可能性がある。製造ラインであっても、ロボットやAIを導入してリモート制御することで、テレワーク化が可能であろう。現に製鉄所や発電所では古くからリモート制御が導入されている。

だが、何でもかんでもテレワーク化しろと言うのではない。不思議なのは「最適化」(それは企業ごとに違っているだろう)を求めて日本国内または外国工場を最適配置している製造企業が、どういうわけか人間だけは、働き場所の最適配置をすることなく、全員を1カ所に集め、9時から5時まで働かせるという大量集団方式である。この昭和初期に出来上がった旧軍隊的な働き方が、その企業にとっての「最適化」なのか、最大パフォーマンスを発揮させる働き方なのだろうか。いや、おそらく違うだろう。

新型コロナの影響でテレワークを実際に体験した人々は、「こちらの方が仕事の能率が上がる」「なんだ、出勤しなくても十分やっていけるじゃないか」と、気付いたのではないか。そうなるともはや元には戻れない。

これまで無関心だった企業も、従業員も最適配置すれば生産性は増え、売上はもっと増えるに違いない。その際、テレワークが可能な業務内容かどうかは大きな要因だが、上述したようにほとんど大部分の業務でテレワークが可能で、現在の情報通信技術をもってすれば、テレワークが出来ない領域は製造業にはない。

第四次産業革命のデジタル化は、大きく2つの流れがある。1つは、これまでは現場のブルーワーカーの手作業のルーティン業務(Routine manual)がロボットに置き替わってきたが、今後はオフォスで働くホワートカラーの事務作業のルーティン業務(Routine cognitive)がAIに置き替わる。

2つ目は、センサー、半導体、メモリ、通信容量等が急速に高速化、小型化、大量化するため、個人ごとのニーズを捉えることが可能になり、1人1人のニーズに合った商品・サービスを提供する「カスタマイズ化」が進行する。コロナショック後は企業業績を回復するため、この流れが一気に加速するだろう。中小製造業もその早い流れに追従しなければならない。

3 デジタル化で大きく遅れた日本と、世界の潮流

世界的にデジタル化が進んだこの20年、日本企業のデジタル分野への投資が遅れ、その結果、生産性がほとんど上がらなかった。具体的には、デジタル分野の商品・サービス開発投資、研究開発投資の遅れと、デジタル分野の人材育成投資の遅れが挙げられる。

PwCが世界の経営トップを対象に行った「第20回世界CEO意識調査日本分析版」(注1)によれば、「あなたの会社の成長見通しに対する以下のビジネス上の脅威にどの程度懸念していますか?」と問いに対して、日本のCEOは、最も脅威の上昇率が高く、他国のCEOと比べて最も大きな乖離がある脅威は「技術革新のスピード」であると答えている。

また、「現在の経営環境を前提に新たな機会を活用するために最も強化したい項目を1つ選んでください」との問いに対して、日本のCEOの回答と世界のCEOの回答が最も乖離がある項目は、「デジタル及びテクノロジーに関する能力」である(世界のCEOは15%、日本のCEOは4%)。

さらに「今後12カ月の自社の売上高の成長の見通しについてどれだけの自信をお持ちですか?」との問いに対して「自信がある」と答えたのは、世界平均が38%、英国が41%、米国が39%、中国が35%であるが、日本は14%となっている。世界のなかで日本の経営者が際立って自社の成長見通しについて、自信を持っていないことが浮き彫りになっている。

このように日本企業の経営者は、早い技術革新のスピードに強い脅威を感じているにもかかわらず、「デジタル及びテクノロジーに関する能力」を強化しようとしていない。不確実な将来や急激な技術変革を目の前にして、自社を成長に導く自信がなく、立ちすくんでいる様子が伺える。

米国企業の経営者は、この約20年間に世界は情報通信技術がお金を稼ぐ時代に入ったことをよく認識していて、デジタル分野に果敢に投資を行ってきた。その結果、大きな収益を生んでいる。

一方で日本の経営者は、情報通信技術がお金を稼ぐ時代に入ったことを認識していなかったのか、それともわかっていながら何もしてこなかったのか、実際のところはよくわからない。ただ、過去約20年間、情報通信分野への投資を怠ってきたことは確かで、その事実に対する市場の厳しい評価は、バブルの頃に日本企業が名を連ねた世界の時価総額ランキングに、いまや1社も入っていないことからも明らかだ。

デジタル分野への投資が少ないことだけでなく、情報化投資の内容が「コスト削減・人員削減」を指向する「守りの投資」が主流であることも、日本で賃金が上がらない大きな理由となっている。日本の情報化投資の特徴は、業務プロセスの効率化をめざしたものが全体の半分を占め、「ビジネスモデルの開発・売り上げ増」を指向する「攻めの投資」は少ない(図表1)。

図表1:国内企業がICTにより解決した経営課題の領域
図表1:国内企業がICTにより解決した経営課題の領域
出典)平成30年版 情報通信白書(総務省)

「コスト削減・人員削減」から生み出される利益は微々たるものでしかない。利益率が1%でも改善すればいいほうだろう。その「投資対リターン」の低さが、「情報化投資は儲からない」という思い込みを経営者にもたらし、ますます経営者は情報化投資に悪いイメージを持つようになるという悪循環、負のスパイラルに陥っている。

コスト・人員削減を追求すると、売上は変わらず、増える利益は微々たるものであるだけでなく、節約ばかり求められると従業員は暗くなり、また次にクビを切られるのは自分ではないかと思う。一方、新しい製品・サービスを追求すると、売上が増え、増える利益は大きい。しかも、何よりも従業員が「わくわく感」を感じる。残業削減、有給消化、育休取得、賃金増、ボーナス増などが実現され、従業員は喜ぶ(図表2)。

図表2:守りの投資と攻めの投資の比較
図表2:守りの投資と攻めの投資の比較
出典)筆者作成

2013年にドイツがインダストリー4.0構想を発表後、日本においてもデジタル技術を用いたさまざまなビジネスモデルが開発されてきたが、以下に述べるように日本においては、製造業分野に関して言えば、ほぼ3種類に収斂してきている。

2019年11月、筆者はドイツを訪問してインダストリー4.0分野の専門家と意見交換を行った。そこでわかったことは、ドイツの製造業は、日本とは違う方向を指向しているということだ。図表3、4)。

ビッグデータを用いたメンテナンスサービスで新しい価値を創り出すドイツのデジタルビジネスモデルは、日本の製造企業のデジタル化を考える上で、重要な示唆を与えてくれる。

図表3:日本において広がりを見せている新しいデジタルビジネスモデル(日本の製造業の指向)
図表3:日本において広がりを見せている新しいデジタルビジネスモデル(日本の製造業の指向)
出典)筆者作成
図表4:ドイツにおいて広がりを見せている新しいデジタルビジネスモデル(ドイツの製造業の指向)
図表4:ドイツにおいて広がりを見せている新しいデジタルビジネスモデル(ドイツの製造業の指向)
出典)2019年11月のドイツ専門家との意見交換をもとに筆者作成

4 新しい働きかたと雇用のあり方を考える

コロナ終息後の「新しいライフスタイル」では、ITがますます生活やビジネスを変える推進力になる。その一方でデジタル化は、グローバル化と並んで経済格差を生み出す最も大きな要因でもある。とはいえイノベーションは企業競争力の源泉であり、格差を防ぐためにイノベーションを止めることは本末転倒だ。デジタル化を通じてイノベーションを図りながら、格差を縮小させるための対策を考えることが必要だろう。

対策としては、2通りある。経済格差が生じてしまった後、その格差をどう縮小するかという事後の対策と、経済格差を可能な限り生まないようにする事前の対策だ。

◎富の再分配による格差の是正

経済格差の事後対策として選びうる手段は、富(所得)の再配分政策である。その方法には、①税制改革や徴税の強化による所得再分配機能の拡充、②ベーシック・インカム(基本所得補償、以下「BI」という)やAI・ロボット税などの新たな再配分制度を創設することがある。 

筆者が考える最も妥当な選択肢は、「税制の強化による財源を確保し、再配分を拡充する」ことであろう。例えば消費税率をさらに引き上げて社会保障の財源に使う一方で、法人税を強化したり所得税の累進税率を引き上げたりすることが考えられる。

BIは、政府がすべての国民に(例えば、お金持ちでも、健康的な人でも)無条件にすべての人に一律に同じ金額を給付する制度だ。その代わり、現存している多くの給付制度、例えば、生活保護や年金、雇用保険、児童手当などはすべて廃止する。

しかし、BIには大きく2つの問題がある。第一に財源である。例えば、生活保護費を参考に日本人1人当たり毎月15万円(年間180万円)を給付した場合、216兆円が必要となる。これは非現実的な数字と言わざるを得ない。

第二に、働かなくても生活のための収入が得られるため、多くの人が働かなくなるおそれがある。納税せずに国から生活費をもらって遊んでいる人々が大勢いる国で、経済成長や社会の安定を維持できるのか、という問題がある。結局はBIに必要な国家財源を確保できなくなるというものだ。

「AI・ロボット税」の考え方は、AI・ロボットは人間の職を奪っていくから、これまで人間が払っていた税金を、そのAI・ロボットに代わって納税してもらおうというものである。ただし、導入の有無によって不公平が生じないようにするためには、世界中の国でいっせいに導入される必要があるが、ロボットの導入に対して課税している国は少なくとも筆者が知る限り現時点では存在しない。ロボットの導入にブレーキをかけ、企業の競争力を弱めるからだ。

◎失われる雇用とその対策

一方、事後の対策には、当面の課題として、AI導入などで職を失う人の再就職や労働移動をどう進めるかという問題があり、中長期的な課題としては、デジタル革命を担う人材育成の問題がある。

まず、AI導入により雇用が失われる人々に対する雇用対策をどうするかだ。情報化投資により主に失業するのは、「ルーティン業務の事務職(特に女性が多い)」だ。第一に、彼ら・彼女らの新たな雇用先としてどのような職業が想定されるかを考えなければならない。

トイレ掃除や食器洗いなどの低スキルへの下方移動は難しいだろう。アナリストやコンサルタントなどの高スキルへの上方移動もまた難しいだろう。となると、現実的なのは横移動だと考えられる。そして彼ら・彼女らが定年になるまで働き続けられる仕事であり、雇用が拡大している分野はどこかを考えると、例えば、医療介護分野や対面でのサービス分野などではないだろうか。

第二に、一体、誰が新たな技能などを習得する再教育再訓練を行うのか、という問題がある。雇用を減らそうという企業にはそういう余力はないだろうし、日本では企業内で働くためのスキルは、企業内で働きながら行われるOJTによって身に付けられる。そのスキルは、その企業内でのみ通用するスキルであり、外に転職するのに必要な技能を企業が教えることは難しいだろう。

一方で、自己投資もまた難しいだろう。失業した時点で生活が苦しく、自己投資するお金などほとんど持っていないだろう。

そうすると、残る選択肢は公的機関しかない。困難かもしれないが、日本の公的機関(政府など)は、時間をかけてでも再教育再訓練のための機関を整備すべきである。企業の外で働くためのスキルを身に付ける再教育再訓練のための機関は日本にはほとんどなく、基礎自治体単位で再教育再訓練機関があり、自治体予算の数割が充てられているドイツとは大きく異なる。

第三の問題として、誰が彼ら・彼女らの再就職や労働移動が円滑に進むような役割を担うのか、ということがある。今の日本は雇用流動市場がないにもかかわらず、働き手が再就職をしようとする場合、すべて自己責任で行うような仕組みになっている。だからこそ、人は会社にしがみつくのである。

誰かが再就職や労働移動が円滑に進むような役割を担う必要がある。公的機関は1つの選択肢だが、筆者の提案は、労働組合同士で雇用の流動市場を形成する、というものである。ある企業が、デジタル技術に多大な投資をして発展したとする。そこでデジタル技術に対応できず、いわば“窓際族”にされた人にとっては、例えば、その企業の周辺に立地する企業や事業所などに再就職できれば幸せなことが多い。

仮に当該企業の組合と他の企業や事業所の組合の連携があれば、組合の斡旋で新たな雇用先が見つかる可能性もある。一般的に、親元企業が発展すれば、その風辺に喫茶店やレストラン、不動産店などが立地するので、そうした店舗への再就職の斡旋が考えられる。

その一方で中長期的には、デジタル革命を担う人材の国を挙げた育成が欠かせないことは言うまでもない。

新型コロナによる経済面への影響は、デメリットばかりが論じられているが、筆者はプラスの面に注目している。それは、今回のコロナショックが、世界的に低迷していた日本の労働生産性を高める方向に、日本人の働き方を抜本的に変えるかもしれないという期待である。政府が進めてきた「働き方改革」よりも、もっと大きな影響力を持つ「働き方改革」になるだろうと期待している。

新型コロナの影響を受けて、「働き方改革」は日本のみならず世界中で大規模かつ急速に進行している。なかでも、米国シリコンバレーに立地するGAFAをはじめとするネット企業において、加速度的に普及している。強い米国のネット企業がますます強くなっている。しかも、5Gの実用化がこの傾向に一層拍車をかけている。

日本企業は、世界の潮流に乗り遅れてはならない。

リスクマネジメント TODAY vol. 121に掲載

脚注
  1. ^ 「第20回世界CEO意識調査日本分析版」の調査概要;
    調査期間;2016年9月26日から12月5日まで
    調査対象者;世界79カ国1379名のCEOにインタビュー(28%が電話、63%がオンライン、9%が郵送または面談)、2196名のPwCのCEOパネルメンバーにもオンライン調査
    調査対象企業;GDP上位10ヶ国では従業員が500人超または売上高が5000万ドル以上、次の20ヶ国では従業員が100人超又は売上高が1000万ドル以上の企業、さらに5大大陸の20名のCEOに直接インタビュー

2020年7月21日掲載

この著者の記事