IoT, AI等デジタル化の経済学

第178回「AIがマクロ経済に与える影響(4)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

5 「補完」関係から「代替」関係に移行

(1)動力で稼働する機械が、「補完」関係から「代替」関係に移行していった事例

かつて、家内制手工業と呼ばれていた時代、人間が全ての労働を提供した。やがて工場の中に生産ラインができて、大量の女工がライン上に並び、機械との間で役割分担しながら、肉体労働を行っていた。有名な例に、群馬の富岡製糸工場がある。外国技術を導入し、蒸気の動力で機械を動かし、いわゆるT型フォード方式と呼ばれた生産方式である。

だが、その後、「自動化投資、機械化投資、省力化投資」が行われ、今では工場内では工作機械やロボットが忙しく動き、人間は機械が正常に稼働しているか監視し、異常があれば対応し、機械ではできない一部作業を人間が行っているに過ぎない。同様に、今の広いオフィスには大量のホワイトカラーがパソコンとの間で役割分担しながら、すなわち機械は人間の「補完」的役割を担い、作業が行われている。その光景は富岡製糸工場をほうふつとさせる。今のオフィスは工場でいえば富岡製糸工場の時代である。

今後、AI技術が進化し、工場において「自動化投資、機械化投資、省力化投資」が行われたのと同様、オフィスでも同じ投資が行われ、自動化・機械化・省力化が進むと、いずれは、人間はAIが正常に稼働しているか監視し、異常があれば対応するなど、AIではできない作業だけを行うようになると予想される。

以下に、ある機械が出現し、人間社会に普及する中で、人間の労働にどのような影響を与えたか、具体的な事例を挙げて説明する。具体例があると、AI技術に関する同様の問題も理解しやすい。

かつて日本は生糸が国の重要な輸出産品であった。外貨の大部分を生糸で稼いでいた時代があった。日本全国に養蚕業が盛んで、蚕を飼う大きな倉庫が全国に見られた。蚕の繭から糸を取り出して紡ぎ、人間が織り機で衣服を織る。全て人間の手作業による人海戦術の肉体労働であった。群馬県富岡市に建設された富岡製糸工場は外国技術を導入した初の工場であったが、当時の写真を見ると、生産ラインには女工がずらっと並んで作業している。映画チャップリンのライムライトに描かれた世界である。筆者は数年前、今治でタオル工場を見たが、大きな自動織機が何台も並び、ドンドンドンという大きな音を立てて高速で編んでいたが、人間はほとんどいなかった。

モノを生産する現場では、ほぼ同じ現象が見られた。まず全て人間の手作業による人海戦術の労働から始まり、やがて大量の人間が生産ラインに順に並んで作業する形態、そして自動化が進み人間がほとんどいなくなった今の工場の姿である。

かつて全国にあった蚕小屋で、全て手作業で労働を行っていた人々は、その作業を一生続けて人生を終え、次の世代が継がなかった。工場の生産ラインで働いていた人々は、自動化が進むに従って、社内での配置転換や新規を採用しないなどの方法で、雇用が守られた。今と比較するとゆったりした時代だった。

AI技術の問題点は、いきなり職場にAI技術が導入され、大量の人々の仕事を代替するので、上記のように、一生働き続け次の世代が継がないとか、社内で配置転換するといった余裕がないことである。AI技術の持つこの特質が問題を深刻化させている。

(2)機械が、「補完」関係から「代替」関係に移行していくイメージ

図1は、機械と人間が役割分担し、機械が大変な作業を担い、人間の労働を「補完」しているイメージ図である。AIが人間の業務を補完する段階では、人間は人海戦術で対応してきたような負担の大きい業務、人海戦術で行っていたような業務、やっつけ仕事のような大変な業務などから解放され、より創造的な業務への転換や、業務が効率化されて退社時間が早まるといった好影響が期待される。例えば、プログラミングでは大量の力仕事のような作業があり、また事務業務では議事録や要約を作るなどの力仕事などから解放される。

図1:AIにより失われる仕事と創出される仕事のイメージ図
図1:AIにより失われる仕事と創出される仕事のイメージ図

図2のように、AI技術がさらに進化し、人間の業務を代替する段階に至ると、人間はより高度なスキルを要する創造的な業務にシフトする必要が生じるが、こうした動きに対応可能な労働者はハイスキルのごく一部に限られ、より高度なスキルを要する新たな産業も育っていない。そのため、より高度なスキルを要する創造的な業務が可能なごく少数の人間を除いて、解雇される、または人員削減のリスクがある。

図2:AIにより代替される仕事がより増え、かつ高度化したときの創出される仕事のイメージ図
図2:AIにより代替される仕事がより増え、かつ高度化したときの創出される仕事のイメージ図

図3は、金融機関におけるAI活用事例としてRPAを挙げた。各段階ごとに人が作業をしていたが、AIが業務を担うようになり、人間はどうしても人間でないとできない作業、すなわちAIがきちんと稼働しているどうかを確認する業務、AIが誤動作をしてトラブルになったときや停止したときの復旧業務などである。図3では、人間が4人働いていたが、RPAが導入されて1人でよくなったことを示していて、AIが人間の代替関係に入っていることを示している。オフィス業務にAIが導入されると、全ての領域、全ての場面で、これと同じ現象が起きる。

図3:日本における職業別就業者シェアの変化
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図3:日本における職業別就業者シェアの変化

ドイツでは、数年前から人間と機械の境界はどこにあるか、人間と機械の役割分担はどうあるべきか、について研究が開始している。筆者がコロナ前に訪問したストットガルト・フラウンホーファー研究所では、介護現場をモデルケースとして、介護の作業についた、どこを人間が担い、どこを機械が担うのがいいのか、研究が行われていた。

この研究テーマは、「MMI(マンマシンインタラクション)」と呼ばれている。日本では現時点においても、誰も研究していない。筆者のいくつかに応募してみたが、日本ではこうした研究に予算が付くことが極めて難しい。提案された研究内容を審査できるような人材がいないからだ。

(3)2つのペーパーによる指摘

米英を対象にデータ分析を行ったBakhshi et al. (2017)(注1)によると、米国および英国の労働力の9.6%および8.0%が、2030年までに労働力が増加する可能性が高い職業に就いており、18.7% および21.2%が減少する可能性が高い職業に就いている。AI産業により雇用が増えるという点も数字で示した点が、この研究の特徴である。だが、AI産業は、雇用に与えるマイナスの影響をカバーするほどまでには雇用を生み出さないようだ。
同ペーパーは、AI技術を用いた大きな雇用吸収力を持つ新産業はまだまだ育っていないことを指摘している。

Brussevich et al. (2018)(注2)は、世界の中で女性の解雇のリスクが最も高い国は日本である、と警告している。日本においては、一般職、非正規、派遣といった低賃金あるいは不安定な就労形態に従事する多くが女性である。彼女らの多くが従事するのがAIやそれと接続した機械により代替可能な業務である。

図4:各国の国内に存在するルーテイン業務の量
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図4:各国の国内に存在するルーテイン業務の量
脚注
  1. ^ Bakhshi, H., Downing, J., Osborne, M. and Schneider, P. (2017) The Future of Skills: Employment in 2030. London: Nesta.
  2. ^ Brussevich, M., Dabla-Norris, E., Kamunge, C., Karnane, P., Khalid, S. and Kochhar, K. (2018) “Gender, Technology, and the Future of Work,” IMF Staff Discussion Note, No. 201818/007.

2025年2月17日掲載

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