製造業のカスタム化とサービス化

岩本 晃一
上席研究員(特任)

1 はじめに

最近、ネット検索画面を開けると、過去にアクセスした内容と類似の商品や記事が掲載される。これは、「AIデジタルマーケテイング」と呼ばれる技術であり、過去に検索したデータを記憶し、AIが学習することで、特定の人の趣味・嗜好を学び、その人に合った商品や記事を表示するものである。今は、まだまだ初歩的な段階だが、これからの新しいデジタルビジネスモデルを私たちに提示している。本稿では、この点について、「製造業」を対象に述べる。

2 これからの製造業のデジタルビジネスモデルの向かう方向

2017年2月、ドイツ連邦政府経済エネルギー省は委託調査報告書を発表した。それは、ミュンヘン大学とミュンヘン工科大学が共同実施したものである。実際のインタビューは、シーメンスの各国法人がサポートした。ドイツ、EU、米国、日本、中国、韓国の5地域、合計199人の専門家を対象に約2年間かけてインタビューした結果を分析したものである。(図表1)

(図表1)2017年2月にドイツ連邦政府経済エネルギー省が発表した委託調査報告書「デジタルトランスフォーメーション」とその実行委員会メンバー、製造業のカスタム化とサービス化を予測した
(図表1)2017年2月にドイツ連邦政府経済エネルギー省が発表した委託調査報告書「デジタルトランスフォーメーション」とその実行委員会メンバー、製造業のカスタム化とサービス化を予測した

同報告書の全体のとりまとめを行ったミュンヘン大学アーノルド・ピコー教授は、筆者が、2016年11月、同教授を訪問した際、報告書の内容を総括し、次のとおりコメントした。「本報告書は、世界の新しいデジタルビジネスが一体どの方向に行かっているかを調べたものである。企業はデジタル技術を、企業と顧客をつなぐ接続部、すなわち従来と比べ、更に新たな接続の機会を増やすという形で使おうとしている。言い換えると、顧客が一体何をもっと欲しているか、という個別情報を1人1人細かく収集し、更に一層、個々人の細かい要望にカスタマイズして提供することにデジタル技術を使おうとしている。ということは、今後は、企業がいかに顧客にカスタマイズしたものを提供できるか、というところで企業の勝敗が決まっていく、ということに要約される。」と述べた。

現代は2つのトレンドが重なり合う時期と感じている。第一は、これまでの製造業は、客のニーズの平均値をとらえ、その平均値に対応した商品を大量に生産(マスプロダクション)し、そして販売は「売り切り」であった。だが、このビジネスモデルでは、売上が頭打ちになる飽和状態になってきた。今後更に売り上げを伸ばすためには、顧客1人ずつのニーズに応える「カスタム化」、そして売り切りでなく、販売後もメンテナンスサービスを提供することでメンテナンス代や部品交換代を収入として得て、しかも顧客を囲い込むことで次回も自社製品を買ってもらおうという「ものづくりのサービス化」という2つの新しいビジネスモデルをメーカー企業が考え出したことである。

第二は、製造業の「カスタム化」「サービス化」というビジネスモデルを実行可能とするデジタル技術が、安価で使用できるようになったことである。センサーも小さく安くなっている。デジタル技術は、1936年、アラン・チューリングがデジタル・コンピュータを発明して以降、その本質は何ら変わっていない。テクノロジーの進歩の底流は極めてシンプルであり、それは「早く、大量に、安く、小さく」である(図表2)。最初は真空管だったコンピュータに半導体が使用され、かつての大型コンピュータがスマホへと小型化し、やがてスパコンが手のひらサイズになるだろう。通信分野においても、「早く、大量に、安く、小さく」というテクノロジーの進歩の底流は何ら変わっていない。かつてインターネットが導入されたときは電線を使用していたが、それが光ファイバーに代わり、最近では5G技術が出現している。5Gは、4Gと比較すると、通信スピードは1Gbpsから10Gbpsへ、低遅延は10msecから1msecへ、多数同時接続も10万デバイス/㎢から100万デバイス/㎢が可能になる。

(図表2)ムーアの法則の説明図
(図表2)ムーアの法則の説明図

「早く、大量、安く、小さく」というテクノロジーの進歩が、ある閾値を超えると、これまで出来なかったことが出来るようになり、新しいビジネスが生まれ、新しい企業が生まれ、仕事の仕方やライフスタイルが劇的に変化するのである。我々人類は、そうした歴史を体験してきたが、それは、第四次産業革命のほんの入口でしかない。

3 従来のビジネスモデルとの比較

(1)従来の製造業のビジネスモデル

顧客のニーズは、平均値で把握する。その平均値に合った商品を大量に生産する。その行為は、「大量生産、またはマスプロダクション」と呼ばれている。商品は売り切りであり、メーカー企業は、基本的にメンテナンスやアフターサービスはしない。何か故障があれば顧客が対応すべき、というのがメーカー企業の姿勢であった。

(2)これからの製造業のビジネスモデル

顧客1人1人のニーズを把握する行為は、「パーソナルマーケティング」と呼ばれる。これに対し、従来の方式は「マスマーケティング」と呼ばれる。

生産段階では、顧客1人1人のニーズにあった商品を個別に生産する。従来、こうした生産は、熟練作業員が担っていたが、デジタル技術が進歩した今は、大量生産をしている生産ラインで実施可能である。これは「カスタムプロダクション」と呼ばれる。

販売後は、メンテナンスサービスを提供し、メンテナンス代を得たり、故障予知サービスを行って故障前に部品交換を行うことで収入を得、そして自社に囲い込むことで、次回の製品も自社から買ってらおうという。こうした各サービスを合わせて「ものづくりのサービス化」と呼ばれる。(図表3)

(図表3)製造業;従来と今後のビジネスモデルの比較、新しいビジネスモデルは「パーソナルマーケティング」「カスタムプロダクション」「サービス化」
(図表3)製造業;従来と今後のビジネスモデルの比較、新しいビジネスモデルは「パーソナルマーケティング」「カスタムプロダクション」「サービス化」

4 新しいビジネスモデルの事例

(1)アデイダス(ドイツ)

ドイツバイエルン州にドイツ人が「インダストリー4.0工場」と呼ぶアディダス・アインスバッハ工場(4600平方メートル)がある。その特徴は、 「スピードファクトリー」「マスカスタマイゼーション」という2つの言葉で表現されている。現在、アデイダスの生産量は約3億足であるが、同社は、2020年まで毎年3000万足増(毎年10%成長)を計画している。

1)「スピードファクトリー」

従来、靴の製造からリリースまでに約18か月を要していた。ドイツ国内での設計作業、中国やバングラデシュでの手作業による製造、ヨーロッパまで船便を使った完成品の運搬などを合計した時間である。だが、こんなに時間を要していたら、流行の変化が激しい現代では、18か月先のトレンドを捉えるのは不可能に近い。そこで、同社は24年振りにドイツ国内での製造を再開した。世界の靴メーカーのなかで、人件費が安い途上国に工場進出する時期が続いていたが、同社は世界で初めて母国での生産に切り替えた。

製品をデザインしてから店舗に並べるまで数週間に短縮した。入力したデータをもとに、ロボットが製造を行う全自動工場である。人間の関与は、デジタルデータの投入やロボットの管理に限定した。技術力が高く人件費の高いドイツでの製造が可能となった。

2)「マスカスタマイゼーション」

低コストの大量生産を行いながらも、個々の消費者に合わせて柔軟な「オーダーメイド」商品を製造する手法である。デザインから完成まで数日しか要しない。ロボットを使った標準化作業でコストを抑えながら、設計情報のデジタル化によって特注品を製造する。

そのコア技術は、「ARAMIS(アラミス)」と呼ばれる3次元モデルである。これがユーザーごとのカスタマイズ化を可能にし、極めて細かい単位での設計が可能となった。靴の素材や足の形に関する詳細な情報をもとに、靴にかかる圧力や変形の度合いなどを計算し、ユーザーごとの適切な靴の3次元モデルのデザインを決定する。このデータをもとに、ロボットが製造するのである。

(2)ケーザーコンプレッサー(ドイツ)

KAESER KOMPRESSOREN 社は、かつて圧縮空気設備を製造販売していたが、今では圧縮空気を販売する。メーカーでありながら設備を売らず、空気を売っている。都市ガス会社などと同様、設備の所有、設置、運用、保守、修理は全てメーカー側が実施、全てのコスト込みで1立方m当たり○円で販売するというビジネスモデルである。

顧客のメリットとしては、第一に、省電力(▲14%)である。機械を最もよく知るメーカー自身がネット経由で機械を最適制御する。第二は、省メンテ費(▲50%)である。機械の所有権はメーカーにあるため、事前に顧客と打ち合わせないため、メンテ要員を計画的に派遣、人件費削減可能となった。深夜に呼び出されることもなくなった。第三に、顧客側の作業員がやっかいなメンテ作業から解放されて本来業務に専念することが可能となった。第四に、常に最新鋭の設備を備え、顧客の利用方法に合った過剰又は過小でない最適な要領の設備を使うことができるようになった。

圧縮空気販売事業の売り上げの伸び率は毎年+10-20%である。同社はKAESER家のオーナー企業であり、今の社長は3代目、アトラスコプコ社(スウエーデン)、インガソール・ランド社(米国)に次ぐ世界第3位の圧縮空気企業となった。

同社は、「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)企業」であり、ドイツ国内で150-160位に位置する。売上高約10億ユーロ、従業員約5,000人である。自動車修理工場からスタートし、戦後、西側に属し、一部の自動車工場は東側に属し、会社は二分された。創業者は、戦後、自社の技術が使える事業として圧縮空気設備の事業を開始、圧縮空気販売事業は1991年からスタートした。圧縮空気コストの8割は電気代であるため、その省エネはどのメーカーにとっても最大の課題でる。同社は、独自の手法を開発したため、販売が拡大している。

(図表4)インターネット経由で、コントローラSAM2を介して台数制御を行う様子
(図表4)インターネット経由で、コントローラSAM2を介して台数制御を行う様子
出典)KAESER KOMPRESSORS から資料提供

5 おわりに

個人のニーズに合ったカスタム製品が売り出される時代になり、これまでの平均値的な商品に心が満たされなかった筆者にとって、とても喜ばしい時代が到来したと喜んでいる。だがカスタム化は、個人データを企業が収集することを前提として成り立っており、個人の24時間の生活が丸裸にされる可能性がある。データ保護と開発とのバランスがうまく均衡されると、本当に良い社会が出現するのではないかと期待している。

一般財団法人 建築保全センター 機関誌『Re』 No. 204(2019年10月号)に掲載

2020年2月5日掲載

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