特集 世界の産業用IoTの動向3
ドイツの「インダストリー4.0」の概要

岩本 晃一
上席研究員(特任)

1. はじめに

2013年4月、ドイツは「インダストリー4.0」構想を発表した。それは、2011年頃からドイツ国内で議論を開始し、約2年間かけて議論した結果を取りまとめたコンセプト・レポートWorking Group [2013]である(表-1)。

表-1 「インダストリー4.0」の四つの基本計設思想;「柔軟性」、「自律性」、「最適化」、「生産性」
1 如何なる指示にも応える「柔軟性」を有する。
2 機械が「自律的」に判断し、実行する。
3 機械は、 コスト、時間、エネルギー等を「最適化」するよう行動する。
4 その結果、飛躍的な「生産性」の向上が可能になる。
(出典)各種資料から岩本作成

ドイツが国を挙げてインダストリー4.0に取組み始めた背景には、三つの複合的な要因の存在があった。

①1989年の東西統一の後に「欧州の病人」と呼ばれたほど低迷した経済が、シュレーダー改革などによって「独り勝ち」といわれるほど成功したものの、改革が飽和に達し、さらなる改革の必要性が高まってきた。ドイツが経済失速すればユーロ経済圏は大変な事態になる。

②一方、産業界では、ほとんどの領域で生産現場の機械化や自動化が進み、生産性の向上が頭打ちとなっていた。その壁を越える手段としてデジタル技術への期待が高まった。

③「独り勝ち」といわれるドイツの経済成長は、主に中国への自動車輸出に牽引されてきたものだが、その伸びが鈍化してきた。インダストリー4.0技術を実装した機械系設備やシステムが、次なる輸出製品の主力として期待された。

「独り勝ちのドイツ」と呼ばれるほど、強力な経済基盤を作り出しているのは製造業である。ドイツ人の関心の中心は工場の中の近代化である。そのため、「インダストリー4.0」の基本コンセプトは、「全自動無人化工場」といってもよい。ドイツ人が使う「インダストリー」という言葉は日本人がいう「製造業」とほぼ同義語である。この言葉から分かるように、ドイツ人にとっては、「産業=製造業」なのである。

だが、「機械が機械を作る」という「全自動化無人化工場」のコンセプトは、長くは続かなかった。その背景として次が挙げられる。

①ベルリン、ミュンヘン、ヂュッセルドルフというドイツの3大経済圏には、ベルリン工科大学、ミュンヘン工科大学、アーへン工科大学といった世界レベルの工科大学が立地し、各経済圏の中核を担っている。だが、上記レポートに名前を連ねた人々は、政治の都のベルリン経済圏の人々が中心であった。他の二つの経済圏の人々は、自分たちが意志決定に関与していない、とする態度をとった。例えば、インダストリー4.0に最も積極的な自動車業界が、レポートには名前を連ねていなかった。自動車メーカーはミュンヘン経済圏に立地している。

②「全自動化無人工場」は、実際に取り組んでみるとかなり難しい技術であることが段々と分かってきた。その実現はかなり先、数十年先ではないかという雰囲気になってきた。

③政治的要因も挙げられる。ドイツが「インダストリー4.0」構想を発表した、そのわずか5か月後の2013年9月に、英国オックスフォード大学の若き2人の研究者フレイ&オズボーンは、「米国において10~20年以内に47%の労働者が機械に代替されるリスクは70%以上」という推計結果を発表した(Frey, C. B., & Osborne, M. A. (2013))。あるドイツ人専門家によれば、「このとき、ドイツ国内は一種のパニック状態になった」とのこと。この事態に応じて真っ先に反応したのがドイツ国内最大の労働組合である「ドイツ金属労働組合(IGメタル;Industriaegewerkschaft Metal, (英)Industrial Union of Metalworkers)」であった。IGメタルを支持基盤とする連立政権与党の社会民主党が2015年6月、「インダストリー4.0」政策に関する方針を発表した。その内容の一部を抜粋すると、「未来のスマート工場は無人工場を意味するのではなく、企業活動の中核を人間が担う」という部分の主張を受け、「全自動無人化工場」は政治的な理由によっても推進が難しくなった。

2. ドイツでの議論の流れ

1989年、東西統一で生産性が1/3の東独を抱え込み、経済がガタガタになり、「欧州の病人」と呼ばれた。だが、連邦政府によるマクロ改革「シュレーダー改革」、地方政府によるミクロ改革「産業クラスター政策」により、わずか十数年で「独り勝ちのドイツ」と呼ばれるまで経済再生に成功した。だが、その改革も既に飽和に達し、政府は、今後の経済発展の原動力となる改革を必要としていた。2009年頃以降、生産性の伸びがほとんど見られず。一方、好調な経済成長の成果配分を求める労働者の声を反映して賃金は上昇し、両者の乖離が顕著化してきた。ドイツ政府は、次の成長戦略を求めていたのである。それにインダストリー4.0構想はぴったりとはまった。

ドイツ最大のソフトウエア会社サップ(SAP)社から、ドイツ工学アカデミー(acatec)会長に就任したカガーマン会長がインダストリー4.0を提唱し始め、これに、シーメンス、ボッシュ、フラウンホーファー研究所、主要工科大学、機械・電気・情報の業界団体などが賛同し、ドイツ政府・経済エネルギー省等がバックアップする形で、国家的規模のプロジェクトとして2011年頃、国内で議論がスタートした。そして2013年4月、関係者が合意したコンセプト・レポートWorking Group [2013]を公表した。それが日本に伝わり、日本で大きな反響を生むこととなった(図-1)。

図-1 ドイツ国内での主要プレーヤ
図-1 ドイツ国内での主要プレーヤ
(出典)各種資料から岩本作成

ちなみに、ハノーバーメッセ2015「第9回日独経済フォーラム(2015年4月15日)」において、ドイツ連邦政府経済エネルギー省ウーヴェ・べックマイヤー政務次官は、インダストリー4.0を開始した目的を次のように述べている。

「ICT及びデジタル化の力を活用し産業を強くすることを目指した一連のプログラムにより、ドイツではバリューチェーン全体の効率を高め、5年間で+18%の労働生産性向上を実現できる。デジタル化経済がメガトレンドとなる中、ドイツの国内企業も多くの課題を抱えている。調査によると95%の企業がデジタル化の影響を受けると回答しているにもかかわらず、自社が十分に備えていると回答した企業は3%に過ぎなかった。これらを解決する必要があった。インダストリー4.0を含めたスマートファクトリーやスマートホームなと、様々な新たなビジネスチャンスを創出する。関連する取組みにより、経済付加価値は2025年までに4250億ユーロを生み出す。ドイツ企業は積極的な投資を行っており、今後、5年間にドイツ企業の売上高の3.3%をこの領域に投資する。これは現在決まっている設備投資予算の50%以上に上る。ドイツ政府としてはインダストリー4.0が導入されれば、労働力が減少しでも、年率1.7%の成長が可能であると考えている。」(図-2、3、表-2)

図-2 プラットフォームの体制
図-2 プラットフォームの体制
図-3 プラットフォームの下でのワーキンググループの体制
図-3 プラットフォームの下でのワーキンググループの体制
表-2 インダストリー4.0を推進しているドイツの国家目標
1 ユーロ経済圏を守るべき立場にある。ギリシャ等経済力が弱い国、移民・難民への資金援助を行うには、ドイツが財政的な資金力を有することが絶対条件。
2 景気が減速すれば 移民が職を奪っているとしてデモが頻繁に発生する。
3 人口減少・少子高齢化により、潜在成長率に占める労働投入寄与度がマイナス。このため、設備投資とイノベーションで成長を続けないといけない。
4 少子化により熟練技能をもったマイスターが減少。早く彼らの有する技能を機械に伝承しなければならない。
5 再生可能エネルギーの拡大により、電力価格が上昇している。
6 コストが安い旧東欧諸国に製造業が移転する圧力がある。シュレーダーが政権を失ってでも守ったドイツの製造業。
7 アジア諸国の台頭がドイツの地位を脅かしつつある。
8 米国の製造業が国内回帰し、 本格的な競争力強化に取組みつつある。ドイツ経済を支えるのは「自動車、機械、電機及び中小企業の輸出」である。その国際競争力を今後維持向上させ続けなければならない「宿命」にある。
(出典)各種資料から岩本作成

その後、ドイツ国内では通信プロトコールの標準化や研究開発など具体的課題での取組みが始まったが、関係者の利害が表面化し始め、また技術的な困難に直面し始め、夢で語っていたコンセプトが、そうそううまくいかないことを悟り始めるようになった。

一方、労働組合や商工会議所、全国の大学、中小企業などが参加するなど国内で理解が深まり、取組みに対する広がりが見られている。各種アンケート調査を日独で比較しても、デジタル技術に対する理解の広さと取組みの深さは、ドイツのほうがはるかに進んでいるといえる。

図-4は、50か国43000人以上を対象に、どの国の製品を一番信頼しているかということについて調査した結果であるが、ドイツ製が一位になっている。こうした結果を見ると、今のところ、ドイツの「インダストリー4.0」構想は成功しているといえる。半面、情けないのが、日本製が今や8位にまで落ちぶれたことである。日本のものづくりもここまで落ちたか、という印象である。

図-4 COUNTRY INDEX 2017
図-4 COUNTRY INDEX 2017

この発表があった直後に、中国メディアの工控網が記事を組んだ。そのタイトルは、「なぜドイツ製は日本製よりもすごいのか」である。そこから抜粋した。

「ドイツ経済が成功できたのは、ドイツの経済政策が正しかったから。1990年代に日本が製造業の拠点を人件費の安い国へ移し、経済成長の重心をサービス業に置いたことで国内産業の空洞化を招いたが、ドイツは国内の技術を保護するなどの政策を採用し、その結果、ドイツの製品は一流品質の代名詞になった。ドイツが成功した最大の理由はイノベーションに対する意識の高さである。その根拠として、自動車メーカーや家電メーカーの新製品発表頻度の高さを挙げることができる。ドイツからは、経済発展において、自分たちの得意分野に軸足を置き、行うべきことと、行わないことを明確にすることが重要であることが分かる。…(略)…果たして日本のものづくりが復活するときは訪れるのだろうか。」と書かれていて、ドイツが推進してきたインダストリー4.0がこれまで成功であったことを讃えている。

3. 中小企業への導入

ドイツ連邦政府経済エネルギー省は、中小企業へのデジタル技術導入を促進する「Mittelstand-Digital」(中小企業デジタル)政策を推進している。図-5はその全体像である。

図-5 ドイツ政府が推進する「ミッテルシュタント4.0」政策の全体像
図-5 ドイツ政府が推進する「ミッテルシュタント4.0」政策の全体像
(出典)ドイツ政府経済エネルギー省

中小企業デジタル政策のうち、中小企業の製造工程へのデジタル技術導入を進める「Industrie 4.0 für den Mittelstand」プロジェクトは、当面、「Mittelstand 4.0」、「eStandards」、「Usability」の3プロジェクトから開始している。このうち、製造技術を扱う「Mittelstand 4.0」は、まず次の5か所でスタートした。

(以下、原文のまま)
①Berlin/Brandenburg unter der Leitung des Bundesverbandes mittelständische Wirtschaft, Unternehmerverband Deutschland e.V.
②Hessen (Darmstadt) unter der Leitung der Technischen Universität Darmstadt, Institut für Produktionsmanagement, Technolngie und Werkzeugmschinen.
③Niedersachsen (Hannover) unter der Leitung der Leibnitz, Universität, Produktionstechnisches Zentrum.
④Nordrhein-Westfalen (Dortmund) unter der Leitung des Fraunhofer-Instituts für Materialfluss und Logistik.
⑤Rheinland-Pfalz (Kaiserslautern) unter der Leitung des Technologie-Initiative SmartFactoryKL e. V.

4. おわりに

現在、ドイツ国内でインダストリー4.0構想は、次のような状況にあるといえるだろう。

①2013年4月のレポートは、ドイツの産業界全体がデジタル技術に本格的に取組み始めたきっかけだった。その点は高く評価できる。だが、今では同レポートの基本コンセプトとは関係なく、各企業、各機関がそれぞれの関心と利害に基づいてデジタル化を追求している。そのため、日本とドイツとの間で、実施しているデジタル化の内容に、ほとんど差異は見られない。日本で実施されているものは、ドイツでも実施されているし、その逆も同じである。

②GAFAなど、米国のプラットフォーマーによるドイツへの影響力が強くなってきたので、いかに米国のプラットフォーマーに対抗するかという重要なテーマが持ち上がってきた。それは上記レポート作成時には触れられていなかった課題である。そのため、現在、ドイツ国内で、統一化されたコンセプトのようなものはほとんど存在していない。

ドイツの最も重要な目標は、ドイツ製造業の国際競争力の強化であり、中国市場に機械・設備・システムなどを売っていくことである。ドイツの当初の目標が達成されるかどうか、今後とも注視に値する。

『電気設備学会誌』8月号に掲載

参考文献
  • 1) Frey, C. B., & Osborne, M. A. (2013). The future of emplyment: how susceptible are jobs to computerization?, 1-72.
  • 2) Working Group [2013], Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE4.0, Final report of the Industrie4.0 Working Group, April 2013

2019年9月10日掲載