1. はじめに
2013年9月、英国オックスフォード大学の若い研究者カール・ベネディクト・フレイとマイケル・A・オズボーンの2人が論文「The future of employment; how susceptible are jobs to computerization」を発表した1)。その内容は衝撃的で、「米国において10~20年以内に労働人口の47%が機械に代替されるリスクが70%以上」という推計結果であった。この発表を契機として、世界中で「雇用の未来」に関する研究ブームが発生した。研究はめざましいスピードで進み、日々、新しい研究成果が発表された。
日本ではメディアがこの推計値を誇張して伝え、国民の間には人工知能が人間の雇用を奪うのではないかという危惧が広がっている。その懸念は人工知能の技術開発の足を引っ張ることにつながる。漠然と人工知能に対して不安感を持つのでなく、科学的データや客観的な根拠を示して事実にもとづいた科学的で冷静な議論が必要であるというのが本研究に対する筆者の立場である。
2. フレイ&オズボーンとドイツの「労働4.0」プロジェクト
2.1 フレイ&オズボーンの推計値
「フレイ&オズボーンの推計値47%は本当か?」と世界中の研究者が疑問を持ち、一斉に研究がスタートし、次々と新しい研究成果が発表された。本稿ではまず、世界の研究ブームのきっかけとなったフレイ&オズボーンの推計を紹介したい。
米国の職業データベースO*NETにもとづき、米国に存在する702の各職業がどの程度機械に代替されにくい性質を持っているかを数値化し、2010年の米国の全雇用の機械代替可能性を算出した。その結果、「米国人の総労働者数の約47%は、今後10年から20年のうちに機械に代替される可能性が70%以上である」、との推計結果を算出した(図1)。
2.2 ドイツ政府が委託したZEW研究所の推計値
「雇用の未来」を、国として最も深刻に捉え、その課題に政府主導で取り組んできたのがドイツである。ドイツも私と同じ問題意識(47%は果たして正しいのか?)を持ったようだが、調査研究の規模において、日本の比ではなかった。多くの資金を投じ、多くの人員を動員して実施した。
ドイツ労働社会省は、ドイツ最大の労働組合IGメタル出身のアンドレア・ナーレス大臣が主導し、「労働4.0(Arbeiten4.0、英Work4.0)プロジェクト」を実施してきた2)。ドイツでは、「独り勝ち」の経済の源泉である製造業を支える現場の労働者、すなわちIGメタル会員の仕事がどうなるかが最大関心事であった。
筆者がドイツを訪問し、インダストリー4.0や労働4.0分野の専門家と意見交換して感じたことであるが、「独り勝ち」と言われるほど強力な経済力を生み出している製造業分野で、もし第2の「ラッダイト運動」が起きれば、経済は壊滅的になるという恐怖がドイツの人々の脳裏を横切ったのではないだろうか。ラッダイト運動とは、1811~1817年頃、イギリス中・北部の織物工業地帯に発生した。産業革命の機械化により、失業の恐れを感じた労働者が起こした機械破壊運動のことである。今から約200年ほど前に英国で起きたラッダイト運動は、いまでも欧州の人々の脳裏に生々しく残り、語り継がれている。私が意見交換したドイツの専門家からもラッダイト運動という言葉は何度か聞かれた。
フレイ&オズボーンの推計値が発表された直後、ドイツ労働社会省は、マンハイムにあるZEW研究所(Zentrum fur Europaische Wirtschaftsforschung GmbH)に委託調査し、フレイ&オズボーンと同じ前提の下で再試算し、再び米国およびドイツに適用したところ、米国では9%、ドイツでは12%になったと発表した(2015年6月)。ZEWは世界的に有名な研究所でありながら、このレポートはドイツ語で書かれドイツ国内に向けて発表された。
2013年4月、ドイツでは、「全自動無人化工場」を目指すインダストリー4.0構想が発表され3)、そのわずか5ヶ月後の2013年9月、フレイ&オズボーンが、「米国において10~20年以内に47%の労働者が機械に代替されるリスクが70%以上」、との推計を発表したため、あるドイツ人専門家に言わせると「ドイツ国内はパニック状態になった」とのことであった。そのためドイツ語で発表されたことは、国内を鎮静化させる目的があったものと思われる。
フレイ&オズボーンの推計値は47%だが、ZEW研究所の推計値は9%である。一体、なぜこのような大きな違いが生まれたのか? その理由は、推計方法の違いにあった。
フレイ&オズボーンの推計では、職(job)ごとに機械への代替可能性を考えたが、ZEWは、職(job)、仕事(work)、作業(task)という3つの概念を導入した。たとえば、「売り子」という職(ジョブ)が行う仕事(ワーク)は、以下のように、1つ1つの作業(タスク)に分解される、と考えるのである。
「売り子」という職(job; ジョブ)が行う仕事(work; ワーク)を構成する作業(task; タスク):客に笑顔で笑う→いらっしゃいませという→商品を説明する→価格を伝える→お金をもらう→商品を渡す→お釣りを渡す→お礼を言う
フレイ&オズボーンは、ある機械が出現するといきなり人間が100%機械に代替されるとして試算したが、ZEWは、現実的には、機械の出現により、人間が行うタスクと機械が行うタスクへの分化が進み、技術の進歩に伴って機械が担うタスクの比率が高まり、そして最終的に人間が機械に代替されるとした。ZEWのメラニー・アーンツは、フレイ&オズボーンの推計は、現実に沿わない1人の人間全体がいきなり100%機械に代替されることを前提に試算したため、過大な数字になった、と指摘している4)。
2.3 OECDの研究成果
2016年、OECD(Organization for Economic Cooperation and Development:経済協力開発機構)は、加盟各国ごとの機械代替リスクを試算した結果として、代替リスクが70-100%と50-70%の2種類を発表した。機械代替リスクが70-100%の労働者の割合は、オーストリアで12%、米国で9%、ドイツで6%、日本で7%、などとなりOECD平均で9%となった(図2)。
図2を見ると、日本は他国に比べて機械への代替可能性が小さい。そして実際に、図4を見ると機械への代替は現実的に小さい。ではなぜ日本にはこうした特徴があるのだろうか。その答えは、実証されたわけではないが、以下のように考えられる。
日本には「非正規」という労働コストが安い労働力が大量に存在する。厚生労働者によれば、昭和59年度の非正規雇用は、総雇用者数の15.3%、604万人だったが、その後急速に増え、平成29年度には、総雇用者数の37.3%、2,036万人となっている。その平均賃金(平成29年6月分)は、時給ベースでみれば、一般労働者(正社員・正職員)が1,937円であるのに比べ短時間労働者(正社員・正職員以外)は1,081円である。日本の会社のなかには、賃金が「正規」に比べて約半分の雇用者が4割近くもいて、ルーティン業務を担っている。日本の会社の中に「非正規」が大量に増えた時期は、米国では、情報化投資が行われ、ルーティン業務で働く事務職を機械で代替して業務を効率化し、企業の競争力・生産性を高めていった時期と重なる。
だが、会社のなかに賃金が「正規」に比べて約半分の雇用者が4割近くもいれば、しかも日本の経営者は、デジタル技術について「あのような難しいことは、おれにはわからん」と公言する人が多く、複数の調査から日本の経営者は情報化投資にとても悲観的であることが明らかとなっている。そうした事情を考えれば「非正規にルーティン業務をやってもらいなさい」となることは容易に想像がつく。
2.4 ドイツの「労働4.0」プロジェクト
ドイツ労働社会省所管のIAB(Institut fur Arbeitsmarkt-und Berufsforschung:ドイツ労働市場・職業研究所)は、2016年12月、決定版ともいえる極めて詳細な推計値を発表した。2035年、ドイツにおいて失われる雇用146万人、創出される雇用140万人とほぼ同数であることを示した5)。
2020年 | 2025年 | 2035年 | |
---|---|---|---|
雇用創出(万人) | +72 | +151 | +140 |
雇用消失(万人) | ▲71 | ▲154 | ▲146 |
ドイツの「労働4.0」プロジェクトの一部の重要な役割を担ってきたフラウンホーファーIAO(Institute fur Arbeitswirtschaft und Organisation:労働経済・組織研究所)の見解は、「世の中に出ている推計値はすべて間違っている。だからといって、われわれが正しいと考える推計値は出さない。推計値がどうあれ、技術の進歩に対応できない人は失業の可能性が大きい。そのため、再教育再訓練を充実化させ、失業を低く抑えることにわれわれは最も注力する。現在、職業訓練学校のカリキュラムにデジタル化の内容を組み込む作業が進行中である。」となっている。
「世の中に出ている推計値はすべて間違っている。」と言い切った背景には、将来のデジタル・ビジネスモデルが現時点でまだまだほとんど見通せないこと、そしてもし技術が完成したとしても、その技術を現実的に実用化できるまでの時間、費用対効果が見合うようになるまでの時間、古い機械設備と入れ替える時間など不確定要素が多すぎる。そして、今まで使い続けてきた機械設備でできるのなら、どうして入れ換えないといけないのか、という意見も出るといった理由からである。
たとえば、同研究所の研究員が、グーグル・ドイツ社長に「20年後の貴社の雇用形態はどうなっているか」とインタビューしたところ、「20年前、この世に存在していなかったグーグルが、どうして20年後を予想できるのか。」と返されたとのこと。この分野の研究の難しさを現しているエピソードとして紹介してくれた。
同研究所の研究員はまた、ドイツでは、「雇用の未来」は、「まるで水晶玉をのぞき込むようだ」と言われていることを紹介してくれた。魔女が持っている水晶玉を覗き込むと、そこには未来の景色が見えるが、それは本当の未来なの? 単なる幻影ではないの? という状況をたとえている。
そのドイツも、2016年11月、「白書:労働4.0」(White Paper、Work 4.0)を発表し、調査分析は一段落ついた。
3. ディビッド・オーターが解明した情報化投資による経済格差発生のメカニズム
これまでに発表された世界中の論文のなかで、恐らく、最も世界に大きな影響を与えた重要な分析は、米国MIT教授ディビッド・オーター(David H. Autor、1967年生まれ)の分析である(図3)。彼は、米国において積極的な情報化投資が経済格差を生み出すメカニズムを明らかにした6)。
OECDでは、米国、EU、日本の3ヶ国について、2002年から2014年まで、スキル別の職業ごとの労働者比率の変化について計算した(図4)。3ヶ国を比較すると、米国が最も変化が大きく、日本が最も変化が小さい。
米国と比較した日本の特徴は、米国では機械化を進めてきたルーティン業務でも、ほとんど機械に代替していない。さらにもっと大きな差は、高スキル者の獲得又は養成にほとんど無関心であった。
日本企業は、雇用の現状維持の傾向が強く、技術進歩に伴って本来であれば機械で代替できる部分で人間が働いていたり、新しい時代を牽引する高スキル人材を養成していない。技術進歩に応じた雇用状態が合っていないため、生産性・企業競争力低下を招いているものと思われる。順送り人事、過去と同じ業務の繰り返し、働き方の現状維持、の結果と言える。経済学者・経営学者の間では、日本企業の情報化投資の遅れがグローバル競争に負ける主な要因になっていると考えられている。
個々の雇用者に注目して、その人の雇用を守るために本来であれば機械で代替できる業務で人間が働いていることが本当に雇用を守ることなのだろうか。日本の過去の実績を見れば、個々の雇用者を守るために、技術進歩にも関わらず、旧態依然とした雇用形態を存続させた結果、生産性・企業競争力が落ち、米国との競争に負け、大量リストラにつながってきた。大規模リストラの方が、社員と家族にとってはもっと悲惨であろう。
4. 日本の雇用はどう変わるか
次に日本の現場の動向をご紹介したい。日本では新しい技術が現場に本格的に導入され、かつ実績が出ている大企業製造業はまだ数社程度しかないので、1社ずつ訪問し、日本の動向を調査した。
調査結果を総括すれば、今の日本では、人口減少・少子高齢化により現場の熟練作業員が不足し、その労働部分を機械が代替する、または多品種少量生産が増え、人間への負荷が増しているため、人間を「エンパワー」するために、新技術が現場に導入され、現場も歓迎するという形態で導入されている。1990年代、日本は工場の機械化、自動化、省力化投資が盛んだったが、今は、機械(人間)に得意な作業は機械(人間)に任せようとの空気があり、それは「人と機械の調和」と呼ばれている。ある会社の幹部は「当社のシステムのコンセプトは、『人が中心』である」と強調した。またある会社の幹部は「現場から急速に熟練作業員がいなくなっている。投資が回収できるかどうかの問題ではない。背に腹は代えられない」と強調した。企業の競争力の根源である熟練作業員を大切にしたいという思いが込められている。これが今、日本で進行している「日本型」と言えよう。
また、経済産業研究所では、2017年8~10月、日本企業約1万社に対して、日本の産業界におけるIoTの動向把握を行うアンケート調査(平成29年度「我が国の企業のIoTに関する調査」)を行った。その調査項目のなかに、「雇用への影響」および「人材育成」に関する質問項目を含めた(調査概要;実施時期 2017年8~10月、対象日本企業10,075社、回収1,372社(回収率13.62%))。
新技術導入により雇用者数が「減少した」と回答した企業は、34社であり、「増えた」と回答した企業数は43社である。後者の方が9社多い。この結果から、日本の産業界では、少なくとも現時点では、新しい技術の導入により、雇用が減少した企業数より、増加した企業数のほうが多い。
新しいデジタル技術を導入すると、それを稼働させるための専門技術者、たとえば、データエンジニアなどが現場で必要とされる。その傾向は、製造業の現場で顕著である。一方、銀行金融業なとでの事務部門では、「ルーティン業務の機械化」が過去から継続して現在でも進行しており、事務職の削減が続いている。
その増加分と減少分を現時点で合計したところ、減少分よりも増加分の方が多い、それは事務部門のデジタル化よりも製造業の現場のデジタル化の方が、日本企業は熱心に進めているからと言える。ただし、将来については今後の動向を見る必要がある。
5. 日本に必要な雇用・社会政策
これまでに発表された世界の論文やレポート、また日本における調査分析等から導出される今後取るべき対策を以下に挙げる。
第一に、第4次産業革命という新しい時代を牽引し、世界とのグローバル競争に勝つためのリーダーの育成である。
第二に、人間でなければできない仕事を担う人材の育成である。具体的には、過去の前例を「学習」し判断するといった過去の前例の延長線上にある判断やルーティン業務はAIに代替されていくので、①過去に前例のない事柄や新しい創造的な仕事、②デジタル機器を使いこなして、データ分析をしたり、科学的な経営のサポートをする人材、③コミュニケーション能力・対人能力を持った人材、④常に人工知能AIを最新版としておくために常に進んだAI技術を取得しておく人材が、今後必要とされている。大きな変革の時代にあっては、過去の前例や経験だけでは将来を議論できない。過去の前例を「学習」し判断するといった過去の前例の延長線上にある判断やルーティン業務はAIに代替可能な業務なので、そこは機械に任せて、新しい未知の時代を切り開くスキルを持った人間が必要になってくる。
第三に、日本はこれまで現場の熟練作業員を大切にしてきた歴史があり、今、現場に導入しつつある新しいシステムも、彼らを最大限活かす内容となっている。新しいシステムは、基本的には「見える化」までであり、データを見て、対策を与えるところは依然として熟練作業員が担っている形となっている。だが、現場では、過去の前例を「学習」し、計測されたデータを見て、判断するといった過去の前例の延長線上にある作業は、早晩AIに代替されていく。現在、熟練作業員が担っている業務の多くが機械に代替される日はすぐそこまで来ている。ドイツでは、ものづくりの現場を支えてきた熟練作業員をどうするのか、深刻な課題として捉えられている。ドイツでは、新しい技術が導入された際、労働者の雇用を守るため、新しい技術の下で働けるよう、再教育・再訓練する必要性の認識が高まっている。日本でも、まだ熟練作業員が働く意欲満々のところに、代替可能な人工知能が発達してきたら、一体、どうするのか、考えておかないといけない。
第四に、アンケート結果からも、銀行金融では事務部門の解雇が進んでいることが明らかとなった。折しも、最近、メガバンク3行が情報化投資により約3万人の人員削減を発表した。「ルーティン業務の事務職」の削減は、雇用者のなかでボリュームが大きいだけに、これから彼ら彼女らの再雇用が大きな課題となってくる。
第五に、IMFが指摘しているように、情報化投資は、経済格差を生み出す最も大きな要因だが、イノベーションは企業競争力の源泉なので、格差を防ぐためにイノベーションを止めることは本末転倒である。情報化投資を通じてイノベーションを図りながら、そこから生じる格差を縮小させるために富の再配分をどうするか、考えないといけない。
第六に、パソコンを例に挙げて説明する。企業内の一部の人間の雇用を守るために、企業ではパソコンの全面使用禁止を打ち出すことが最良な選択なのだろうか? パソコンを使わず、電話、コピー、ファックスだけで仕事をしろと職員に命令することが最良な選択なのだろうか? そのような選択が間違っていることは誰でも直感的にわかるだろう。もしそうすれば、その企業はたちまち、国際競争力を失い、倒産し、社員とその家族は路頭に迷うことになるだろう。そのほうが悲惨である。そうではなく、企業は日々進歩するイノベーションの一歩先を行き、世界のグローバル競争に打ち勝ち、売り上げを伸ばし、総雇用数を増やすのである。それこそが、企業が取るべき王道の選択肢である。
6. おわりに
以上のように、人工知能等が雇用に与える影響は、雇用の総量の増減よりも、オーターの分析によって明らかとなった「これまでもルーティン業務が機械に代替されてきたが、これからもルーティン業務が機械に代替される」という「雇用の質」「雇用の構造」が変わっていく点のほうが重要な課題である。これまで人間の仕事を代替してきた機械は単純なものであったが、これから出現する機械は、「とても複雑で細かいことができるスマートな機械」「人間の脳のような人工知能」「人間の腕のような非常に細かい運動ができるロボット」である。われわれは、そうした機械と一緒に働き共存できるよう必要なスキルを身に付けなければならない。
さらにもっと重要な点は、そうしたAI・ロボットが人間の「高スキルなルーティン業務」まで代替するようになることで、社会の経済格差が拡大することである。中スキルの人々の職が失われ、低スキルの職に落ちていき、低スキルの職の総量はほとんど変わらないのに、労働者の数の方が多くなって賃金が上がらず雇用が不安定になるという現象が生まれてくると予想されている。筆者は、「AIと雇用」の問題を語る上では、「経済格差」の問題こそが最も重要で深刻な課題であると認識している。日本が米国の後を追って、社会の経済格差が深刻化してくるのは、これからだろう。日本は米国という貴重な前例を参考にして準備をしておく必要がある。
電気評論 2019年夏季増刊号に掲載