ドイツ最大の労働組合IGメタル(IG Metall;Industriegewerkschaft Metall)

岩本 晃一
上席研究員

1 歴史的背景

ドイツにおける労働組合の社会的な立場や役割などを理解するためには、ドイツの労働組合が出来上がっていった歴史背景を振り返る必要がある。

いまでも、ドイツ南部、オーストリア、スイスの3ヶ国にまたがる地域一帯には、強い競争力を持った中小企業が立地している。その多くは、「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」と呼ばれている。また、バイエルン州を中心とするドイツ南部は、自動車、機械、電機、エンジニアリングなど、現在のドイツ経済を牽引する企業群が立地していて、「独り勝ちのドイツ経済」の中核を成している。

それらの強い競争力を持った中小企業は、まだドイツが連邦制になる以前、かつて帝国であった時代、「家内制手工業」と呼ばれ、そこでは、「マイスター」と呼ばれる熟練職人が、すばらしい製品を作っていた。

マイスターたちは、自らの立場を守るため、組合を作っていた。その組合は、ギルド(英;Guild 独;Zunft)と呼ばれ、ギルドは組合員の地位や立場を向上させるため、政治家に働きかけたり、運動を展開したり、と政治的な活動を積極的に行った。日本の労働組合とは大きな違いである。その結果、ギルドはドイツ国内で一定の政治力を持つようになった。ギルドが統治者に働きかけて制度が出来ると言ったこともあった。

そのため、ギルドの指導的立場にいる人々のなかには、ドイツ国内で強い政治力を持つ人も出現したりした。

マイスターは、そうした強いギルドに守られ、マイスター自身も高い社会的な立場を手にする人や、大卒よりも高い収入を得る人も出現したりしていた。

こうした点が日本の労働組合と異なる点である。現在のIGメタルも、こうした歴史的な流れの上にある。

2 ドイツのデュアルシステム

ドイツの子供は、10歳の時に将来の進路を選ばなければならない。すなわち、大学に進学して将来、頭脳労働者のホワイトカラーとして働く道を選ぶか、それとも職業訓練を受けて、現場に於いて職人として働く道を選ぶか、である。後者の道を選び、国家資格を得ることができれば「マイスター」の称号を受け、社会から尊敬も受け、高い収入を得るチャンスもある。

スポーツマンや音楽家、芸術家などの英才教育を見ればわかるように、子供には早いうちから、特定の職業に進むことを前提に、英才教育を受けされることが望ましい、との考え方に基づくものである。だが、一方で、自分の才能がどこにあるかまだわからない、わずか10歳の子供に、自分の将来を選べというのは無理ではないか、そこには親の意向が強く反映するのではないか、もし将来、進路を間違えたと思ったとき、修正はきくのか、などといった議論が延々となされているが、現在においても、デュアルシステムの本質は変わっていない。それは多くの国民が支持しているからである。

最近、デュアルシステムをめぐる構造的問題として以下のような問題が生じていると言われることがある。その問題をもたらす社会構造変化とは、
1)ドイツも日本と同様、出生率の低下に伴い、少子化が進行している。
2)ドイツの大学進学率が上昇している。過日、ドイツ・ザクセン州政府の経済省次官から聞いた話であるが、同次官が大学受験したとき、ドイツの大学進学率は4%だったとのこと。同次官は、地元の名門ドレスデン工科大学の機械工学科を出ている。だが今のドイツの大学進学率は2割程度にまで上昇している。専門大学まで含めれば、各州によって多少の差はあるが、4~5割である。

以上からおわかりのように、子供の数が減る中で大学に進学する子供が増えている結果として、職業学校に進む子供の数が急速に減少している。それは、ドイツの製造業の現場力の低下、そしてIGメタルの組合員の減少につながっている。

そうした大きな社会構造変化のなかで、職業学校に進学する子供たちが、かつては子供の適正に応じて進路が決められていたが、最近では、学校の成績が悪い子が職業学校に進学するという傾向になってきたと言われている。

すなわち、職業学校とは、いわゆる、落ちこぼれが進むところであるという目で、社会が見るようになってきたという傾向である。それは、職業学校に進学したやる気のある子供たちの意欲を失わせることにつながっている。職業学校の卒業生は、ほぼ自動的にIGメタルの会員になることから、こうした傾向は、IGメタルの質の低下につながっている。

「欧州の競争力に学ぶ(経済同友会、2015年4月、No.2015-3)」では、ドイツの学校システムについて以下の通り詳しく説明している。

ドイツの人材育成システム:デュアルシステム
マイスター制度による職業専門家の地位保障
ドイツの学校システムのイメージ図
ドイツの学校システムのイメージ図

3 IGメタルの組合員

職業学校を卒業した若者は、ほぼ全員がIGメタルの組合員となる。IGメタルは、企業別の組合ではないため、IGメタルの統一的な方針の下で、各企業で労使交渉を行うことができる。また、組合員は、仮にある企業で失業したとしても、IGメタルの斡旋で、他の企業に再就職することが可能である。

職業学校に入学した若者は、IGメタルにとっては、将来の組合員であることから、当然ながら、IGメタルは、職業学校における教育内容に大きな関心を持ち、教育プログラムの策定に参加してくる。組合員の雇用が将来にわたって守れるような教育プログラムになっているかどうかが関心事である。

このため、思うに、組合員からすれば、自分の本来の所属先はIGメタルであり、いまたまたまある時点である企業に派遣されて働いているだけに過ぎないという感覚になるのではないだろうか。

またIGメタルが持っている機能からすれば、以下のようなことも可能である。JETROの東独専門家から伺った話である。東西ドイツ統一が行われたとき、東独の自動車メーカー・トラバンテは、西独から入ってきたBMW、ベンツ、アウデイなどとの競争に負けて壊滅的ダメージを受け、多くの失業者が発生した。一方、西独の自動車メーカーは好調だった。そこで、IGメタルは、東側で余った余剰労働力を、西側の自動車メーカーに広範な形で労働力移動を行ったとのことである。

労働者にとっては、長年住み慣れた土地を離れ(特にドイツ人は生まれ育った土地を離れたがらない人々である)、家族とも離れ、単身で見知らぬ土地に赴任することは不安も大きいだろう。いつ家族の下に帰れるかわからない。もしかして一生帰れないかもしれない。だが、そうしなければ失業してしまうため、多くの労働者が、これに応じて西側に移動していったと聞いた。

4 IGメタルの政治力

IGメタルが支持する政党は、社会民主党SPDである。メルケル首相が属するキリスト教民主同盟CDU/CSUは、総選挙で過半数を確保できないため、第三次メルケル内閣(2013年12月~)以降、社会民主党との連立政権を組んでいる。そのため、IGメタルは、政権与党の側にある。かつてのシュレーダー政権は社会民主党の単独政権であったため、IGメタルは単独政権与党の立場であった。

社会民主党は、キリスト教民主同盟との連立政権与党のなかにいることによって、政党として従来主張してきたことの多くについて、妥協をすることとなった。そのため政党内部から、連立政権を出て、野党になるべきだとの声が強くなっていった。

そのため、2017年9月に行われた総選挙では、社会民主党は連立政権を離脱すると発表した。だが、メルケル首相が、他の政党と連立を組もうとして協議を続けてきたものの、社会民主党以上に、考え方の開きが大きく(例えば、移民排斥を訴える右翼政党、社会民主党よりもっと左派の政党など)、何度も連立交渉に失敗し、長期間にわたって、政権が存在しないという異常な状態が続いた。

そこでメルケル首相は再び、社会民主党に連立を呼びかけ、また社会民主党の側も、こうした異常事態を収拾するためにも、連立に参加することとし、2018年3月から、ようやく再び、キリスト教民主同盟と社会民主党との連立政権が誕生した。そしてIGメタルは再び、政権与党の側となった。

メルケル首相は、社会民主党との連立が成立しなければ、再び総選挙しなければならなくなるという苦しい立場だったため、社会民主党の主張を大幅に取り入れ、しかも財務大臣や外務大臣といった政権の中枢ポストを社会民主党に譲り渡した。このため、キリスト教民主同盟のなかには、社会民主党の優遇に反発する勢力も出てきている。

第3次メルケル政権(2013年12月~2017年8月)
  社会民主党は、6人の閣僚を輩出している。
副首相 外務大臣 ジグマール・ガブリエル SPD
  2013年12月17日~2018年3月14日 (副首相)
  2017年1月27日~2018年3月14日 (外務大臣)
  2013年12月17日~2017年1月27日(経済・エネルギー大臣)
外務大臣 フランク=ヴァルター・シュタインマイアー SPD
  2013年12月17日~2017年1月27日
経済・エネルギー大臣 ブリギッテ・ツィプリース SPD
  2017年1月27日~2018年3月14日
司法・消費者保護大臣 ハイコ・マース SPD
  2013年12月17日~2018年3月14日
労働・社会問題大臣 アンドレア・ナーレス SPD
  2013年12月17日~2017年9月28日
家族・高齢者・夫人・青少年大臣 マヌエラ・シュヴェーズィヒ SPD
  2013年12月17日~2017年6月2日
環境・自然保護・建設・原子力保安大臣 Barbara Hendricks SPD
  2013年12月17日~2018年3月14日

第3次メルケル政権のなかで、重要なのは、労働社会大臣のポストをIGメタル出身のアンドレア・ナーレスが占めたことである。日本でいえば、連合が厚労大臣を出したようなものである。この時期とドイツがインダストリー4.0を発表した時期が重なったことから、アンドレア・ナーレス大臣は、インダストリー4.0が雇用に与える影響を調査分析する「Arbeiten4.0 (英)Work4.0」プロジェクトを、政府主導で実施することとなった。

ドイツの専門家と話をしていると、IGメタルに対する存在感の大きさを感じる。その理由は、
1)上述したように、IGメタルは国内で大きな政治力を持っていること
2)ドイツの経済基盤である製造業の国際競争力を作るため、現場で働く人々の生活を守っている。製造業の強さは、IGメタルの活動のたまものである。IGメタルがドイツ経済を支えているという尊敬のようなものが感じられる。

5 インダストリー4.0プロジェクトにおいてIGメタルが果たした役割

2013年4月、ドイツは「インダストリー4.0」構想を発表した。それは、2011年頃からドイツ国内で議論を開始し、約2年間かけて議論した結果をとりまとめたコンセプト・レポート(*)である。

(※) Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE4.0, Final report of the Industrie4.0 Working Group (April 2013)

ドイツ経済の強力な基盤を作り出しているのは、製造業である。だから彼らの関心は工場のなかの近代化にあった。「インダストリー4.0」の基本コンセプトは、「全自動無人化工場」である。そこには「機械が機械を作る」というイメージがあった。だが「全自動化無人化工場」というコンセプトは、実際には長くは続かなかった。

その背景にIGメタルの存在がある。ドイツが「インダストリー4.0」構想を発表した、そのわずか5ケ月後に、英国オックスフォード大学の若き研究者フレイ&オズボーンは、「米国において10~20年以内に47%の労働者が機械に代替されるリスクは70%以上」という推計結果を発表した。

ドイツ人専門家によれば、「このとき、ドイツ国内は一種のパニック状態になった」とのことだった。この事態に応じて真っ先に反応したのがIGメタルであった。そのIGメタルを支持基盤とする連立政権与党の社会民主党が2015年6月、「インダストリー4.0」政策に関する方針を発表した。その内容の一部であった「未来のスマート工場は無人工場を意味するのではなく、企業活動の中核を人間が担う」という部分の主張を受け、「全自動無人化工場」は政治的な理由によって推進が難しくなった。

そして「アンドレア・ナーレス女史(社会民主党、IGメタル出身)が大臣となった労働社会省は、雇用問題を研究する「労働4.0(Arbeiten4.0(英;work4.0)」プロジェクトを開始した。

ニュルンベルクのドイツ連邦政府労働社会省所管のIABは、 2016年12 月、ドイツ政府の決定版ともいえる極めて詳細な推計を発表した。2025年、ドイツにおいて失われる雇用1460万人、創出される雇用1400万人とほぼ同数であることを示した。

「Arbeiten4.0 (英;Work4.0)」は、白書「White Paper」(2017年3月)の発表をもって終了した。

Enzo Weber et.(2016),IABによる将来の雇用推計値
Enzo Weber et.(2016),IABによる将来の雇用推計値
出典)Enzo Weber et.(2016), Economy 4.0 and its labour market and economic impacts, IAB-Forschungsbericht 13/2016, 27 December 2016

6 IGメタル幹部へのインタビューから;日本への関心

2017年6月、ドイツ・フランクフルトのIGメタル本部において、IGメタルの役員であるフレデリック・シュピーデル氏にインタビューした。彼がしゃべった日本への関心の部分を抜粋する。

(抜粋)

(シュピーデル) ところで、日本のインダストリー4.0の変化に私はとても興味を持っています。日本のインダストリープロセスを勉強させてもらっています。ヨーロッパ中が、日本の組織に関して興味を持っています。日本は多くの組織的なノウハウを持っています。インダストリー4.0から発生する問題も日本人は楽々とクリアできるのではないかと思っています。

(岩本) ドイツの場合は必要な人材を必要なときに採用するという採用システムですが、日本の場合は新卒一括採用です。日本の学生は大学では遊んだり、学術研究をしているので、大学を出てから社会で直接役に立つような知識は大学ではほとんど勉強しません。新卒一括採用で企業に採用されて、何年かかけて、その企業がトレーニングをしていくというやり方です。

(シュピーデル) 日本はいまだに長時間働くのですか。よく夜の10時にもまだ事務所の電気がついているという話を聞きますけど。IGメタルも短い時間の労働に大変力を入れています。

(岩本) 数字を見ると日本のほうがドイツよりも労働時間は2割ほど多いです。

(シュピーデル) 実は、インダストリー4.0、この新しいデジタル化が進むことによって新しい働き方、新しい働き時間というのが推進されています。

(岩本) それは私も同意します。

(シュピーデル) IGメタルは、デジタル化、インダストリー4.0に関してとてもアクティブに動いています。どのテーマであっても、ここフランクフルトだけではなくてドイツ全土で活動しています。IGメタルはドイツ全土でつながって影響を起こしています。

変革のアソシエ No.34(10月)に掲載

2019年5月7日掲載