はじめに
FIT制度(Feed In Tariff System)は、1990年代、風力発電が急速に導入されたデンマークやドイツにおいて原型が形作られ、2001年、ドイツの再生可能エネルギー法でほぼ現在の姿となった。日本に導入されたのは2012年7月であった。
2010年3月、私は洋上風力の調査のため、欧州に出張した。初めて見た洋上風車は、青い空、青い海を背景に真っ白な羽根が回り、とても美しかった。こんな美しいものを日本にも導入できたらいいなあ、と感じたのが、私が洋上風力に没頭するきっかけだった。
そのときの訪欧の目的はブレーマーハーフェンを視察することだった。日本では断片的な情報しか入手できなかったので、是非、自分の目で見てみたかった。当時、日本人のなかでブレーマーハーフェンの名前を聞いたことがある人はごく少数しかいなかった。ましてや、どのような活動を行っているかを理解している人は、恐らく10人いなかったであろう。
そういうなかで、私は、帰国直後、北九州市を訪問したとき、北九州市長が、市議会において「北九州市はブレーマーハーフェンを目指す」と答弁していることを知り、その先見性と世界を見る感性に少なからぬ感銘を受けた。これ以来、北九州市響灘地区の洋上風力プロジェクトは、私のライフワークとなっている。響灘地区で全ての風車が運転開始するまで、また響灘地区が産業拠点を形成するまで、自分の目で確認したいと思っている。
そして今、ようやく日本国内で初めて、世界に比肩できる規模と内容の洋上風力発電所が現実の姿となりつつある。未だに日本人の多くは、本格的な洋上風力発電所を見たことがない。日本人が響灘沖で大きく羽根を回す真っ白な風車群を見たなら、きっと洋上風力に対する認識が、大きく変わるだろう。私が初めて欧州で洋上風車を見た時と同じ感動を味わう人がいるだろう。それが今後の日本における洋上風力開発に対する大きな弾みとなることは間違いない。すなわち、響灘は、日本のリーディング・プロジェクトとして重要な位置付けにある。そういう意味で、私は、響灘の洋上風力計画に対して、注視してきた。
1 洋上風力の長所
電源には、100%パーフェクトなものは存在しない。長所もあれば欠点もある。だからこそ、日本は、その時代、その時代の環境に応じたベストミックスを決めてきたし、今後もそうすることが大切なのである。それぞれの電源は、技術開発で切磋琢磨し、お互い競い合うことで、日本にとって最もメリットのある電源が生まれる。
風力の最近の技術進歩は目覚ましいものがある。その理由は、風力に対する世界市場の需要が急速に拡大しているからである。だが、残念ながら、日本では必ずしも風力発電の正確な姿が日本国民に伝わっていない。特にエネルギー専門家と言われる人のなかに、その目覚ましい技術進歩を理解しようとせず、風力の欠点を強調する人がいる。素人はそれら専門家の言うことを容易に信じてしまうのである。
洋上風力は多くの長所を持つすばらしい電源である。世間では、発電原価が高いという人がいるが、2016年11月、デンマーク政府が実施した60万kW洋上風力発電所の入札で、バッテンフォール社(スウエーデン企業)は、1kWh当たり4.99ユーロセントで落札した。それまでの最安値は、2016年7月、ドンエナジー社(デンマーク企業)がオランダ沖で落札した7.27ユーロセントであった。
1-1 雇用創出効果が大きいこと
洋上風力産業の裾野はとても大きい。製造業のみならず、輸送業、海洋産業、教育訓練産業、セキュリティ産業など多岐の分野に渡っている。そのためドイツのブレーマーハーフェンやデンマークのエスビアノに見られるように、産業集積拠点を形成することで、数百人から数千人規模の新たな雇用を生み出すことが可能である。
1-2 電源の大規模化が可能であること
北九州市響灘沖、鹿島沖、秋田沖、石狩湾沖などで計画されている発電所は、いずれも中規模程度の原発並の容量を持っている。欧州で設置されている発電所やこれから設置されようとしている発電所は更に規模が大きい。エネルギー専門家でさえ、洋上風力のことを小規模分散型電源と呼ぶ人がいるが、そういった人々は昨今の目覚ましい技術進歩を理解しようとしていない。
1-3 事故が起きても人間に対してほとんど損害を与えないこと
中国では、広大な土地に数百本、数千本の風車が建っているところが何カ所もある。風車のなかには故障して止まっているものもあるが、そんなことはおかまいなしである。数百本の風車のうち数本が故障して止まっていても発電所としての機能の大勢に影響はない。ましてや人間には何も害を与えない。
風車の事故とは、倒壊、羽根の落下、雷による出火、油漏れなどである。かつて沖縄で、台風来襲時に風車の倒壊事故が発生したが、調査の結果、施工が手抜きだったことがわかった。その後、建築基準法が風車に適用され、ビル並の強度が要求されるようになった。最近、ビル並の強度は過剰であるとして規制緩和が行われた。
羽根の落下は、調査の結果、きちんとメンテナンスを行っていれば防げたものであった。風車の構造に対する無知からメンテナンス経費を省略するという無謀な経営が招いたものである。こうした無謀な経営を規制すれば、羽根の落下はほとんど無くなる。羽根が落下したとき、そこに人間がいれば別だが、海上での事故であれば、人間の生活圏と遠く離れているため、何も影響がない。落雷による出火については、最近の日本の風車には、日本特有の過大電流が流れても大丈夫な避雷針が羽根に組み込まれており、出火事故はほとんど起きない。
EWEA(European Wind Energy Association)の統計によれば、2016年末時点で、欧州において、グリッドに接続されている洋上風力発電機の発電容量は12,631MW、風車の本数は3,589本となっている。
こうした欧州の姿は日本とは大きく異なる。日本の状況を見ていると、世界でも風力はさほど進んでいないのではないかと思い込んでいる人が大部分だが、世界の趨勢は、いまや原発ではなく風力なのである。2015年末時点での風力発電の設備容量は、原子力を超えた。
2 北九州響灘洋上風力プロジェクトの意義
2-1 国家的意義
再生可能エネルギーの世界的な傾向は、様々な紆余曲折を経ながらも、趨勢的に増加している。日本列島は周囲を海に囲まれた海洋国家であり、洋上風力の適地は多い。そこに水が流れていれば水車をおいて電気を作り、そこに風が吹いていれば風車を建てて電気を作る、という発想は、自然と共存する日本人の性格に合っている。今の日本で、純粋民間企業の洋上風力プロジェクトで、全てがうまく進んでいる洋上風力は、北九州響灘しかない、と言っても過言ではない。
響灘で回る風車は、日本人の洋上風力に対するイメージを決定付ける。日本国の洋上風力の将来を決定する大切な試金石である。これまで、国内の陸上風力の多くは、風力ビジネスを余り良く知らない人々が運営してきたため、風力ビジネスは難しいという印象を与え、風力市場の縮小を招き、日本の風車メーカーは撤退を続けてきた。ここで市場を一気に拡大に転じ、日本の国産技術を守る必要がある。
「電気を作る」という最も基礎的な領域にこそ、日の丸技術を用いることが重要である。
2-2 北部九州的意義
九州はかつてシリコンアイランドと呼ばれ、今は自動車工場が立地している。だが、かつての鉄の町が生み出した経済力には及ばない。響灘は、風力産業が、鉄、半導体、自動車に続く第4の経済の種となるかどうかの試金石である。
2-3 北九州響灘洋上風力プロジェクトの特徴
(1)我が国の現行の民間の洋上風力プロジェクトのなかで、最大規模
発電所建設で約1,500億円、港湾整備や工場建設、物流などを総合すれば、恐らく2,000億円を超える巨大プロジェクトである。それは北九州市の歴史上、最大規模のプロジェクトである。世界に比肩できる日本初の大規模な民間企業による商業用洋上発電所である。
(2)他の洋上風力プロジェクトと比べて最も着実に進んでいる
北九州市という抜きんでたプロジェクト・マネッジメント力を有する行政組織の存在が大きい。さらに北九州市に従来から存在する中小企業の産業集積の技術力の高さが後押ししている。
日本の地方自治体が洋上風力プロジェクトをマネッジメントすることはとても難しい。なぜなら、海の中に巨大な発電所を設置し、運転するという日本人にとって未知の事業であり、日本人には誰も経験が無い。このため、洋上風力先進国である欧州に学ぶ必要があるが、多くの地方自治体では、欧州の経験を学んで、それを地元のケースに適用するという応用力が不足している。その結果、見通しの甘さから、洋上風力プロジェクトがうまく進まないケースが多い。
(3)西日本には、競争相手がいない幸運な独占状態
北方には競争相手がひしめいているが北九州市は、西日本への出荷市場を独占できる好位置にある。
(4)台湾・韓国まで市場を狙える恵まれた地理環境
(5)最終目標として、響灘地区を、ドイツのブレーマーハーフェンのような産業集積拠点化することを目指している
そのため、沖合の洋上風力発電所を建設することは、産業集積拠点形成の第一歩である。
(6)改正港湾法(平成28年5月20日公布、7月1日施行)を適用した初のケースである
これまで港湾区域内に風力発電所を建設する場合であっても、手続きは特段の定めが無かったが、改正港湾法により法による手続きが定められることとなった。北九州市の動向を注視していた地方自治体のなかから、今後、北九州市に続いて、第二、第三の改正港湾法のスキームによる実施地域が出現するだろう。
3 北九州市を取り巻く経済状況
北九州市は、九州最大の工業都市である。現在の新日鐵住金(株)八幡製鉄所(北九州市)は、1901年に官営八幡製鉄所として操業を開始して以来、日本の鉄鋼業界をリードしてきた。昭和40年には鉄鋼業の従業者数4.7万人であり、鉄鋼業は基幹産業であった。だが、同社は高炉停止を含む合理化計画を順次実施し、現在、鉄鋼業の従業者数は約8千人である。
北九州市によると、市内には、新日鉄の下請け中小企業が多くあったが、事業所数及び従業者数は減少している。それでも、工業生産高が大きく、大田区及び東大阪を超える製造事業所約1,800社の産業集積があり、市の工業活動を支えている。
九州は、かつて「シリコンアイランド」と呼ばれていたが、いまでは半導体産業の衰退とともに、九州をそう呼ぶ人は少なくなっている。九州経済界は、九州経済を支える半導体に次ぐ産業として自動車産業に活路を見いだそうとした。今では九州北部一帯に、自動車メーカーの加工組立工場が立地している。そして長い努力の結果、地元からの部品調達率が増えてきている。
だが自動車産業だけでは、鋼鉄業に代わるほど地元経済を支える事は難しい。そのため九州経済界は、自動車産業と同様、幅広い地元企業から調達可能な産業を求めてきた。
その観点からも、響灘沖の洋上風力発電事業は、洋上風力発電産業が、今後、自動車産業の次を担うことができる産業であるかどうかを占う貴重な試金石としてのリーディング・プロジェクトである。
もし響灘地区の洋上風力産業拠点が、九州経済界の期待に応えることができれば、九州全域で一気に洋上風力開発に対する弾みが付くだろう。
北九州市の人口は、1980年の106.5万人をピークに減少を続け、2015年には96.1万人となった。高齢化率も29.3%と全国20の政令指定市のなかで最も高い。北九州市から市外への転出では、20代の若者が最も多い。
4 洋上風力産業拠点の形成とは
図5は、洋上風力産業拠点のイメージを示したものである。後背地に立地する中小企業から供給される部品・材料・サービスに基づき、拠点港に立地した加工組立メーカーの生産ラインにおいて量産し、それを広大な拠点港の土地の上に保管しておく。全ての部品が揃った段階で、船に積んで一気に海上に積みだし、短期間で風車設置工事を済ませてしまう。拠点港には常に部品がストックされ、風車の維持補修点検の際には、ここから一気に補修部品を積み出して短期間で補修工事を終わらせる。
以上の説明からわかるように、洋上風力の拠点港となるために必要な主なポイントは、
1.洋上風車の出荷可能な地理的範囲内に市場があること
2.拠点港は、①広い土地があること、②重い部品を置いても崩れない耐荷重性があること
3.部品・サービスを供給する産業集積が後背地にあること
4.産業集積から拠点港までの導線が確保されていること
5.必要な人材がいること
という条件を満たしていることである。おわかりのように北九州市は、これら全ての要件を満たしている。この点が、国内の他拠点とも大きな違いである。
図6は、発電所を建築するとき及び電力を販売するときのマネーの流れを示したものである。消費者が払った電力代は、発電事業者に入り、それが株主への配当、雇用者への賃金、下請け企業への発注、自治体への納税などと流れる。
この図からわかるように、地域に大きな恩恵をもたらすのは、発電所を設置することではなく、産業拠点を形成することであることがわかる。
洋上風力発電ビジネスに必要な機材・サービスであって、欧州にはあるが日本にないものは山のようにある。例えば、陸上にケーブルを揚げる場所付近に設置する制御室で使用する制御システムは、まだ日本にはない。ヘリコプターで作業員を風車まで運ぶというサービスもない。
5 洋上風力産業拠点港が具備すべき条件
洋上風力産業拠点港の事例としては、拠点港で加工組立を行う場合のサプライチェーンの形態(代表例はブレーマーハーフェンのケース)と内陸の工場で加工組立を行い、拠点港まで搬送する場合のサプライチェーンの形態(代表例はエスビアノのケース)がある。
日本の地方部には、将来を期待して港湾を整備したものの、リーマンショック等で目論見が外れ、未利用の土地が残されているところが多い。未利用の土地がある港湾こそ、洋上風力の拠点港として絶好の場所である。だが、未利用の土地さえあれば、どこでも「洋上風力産業拠点港」になれる訳ではない。また、拠点港の条件は満たされていても、拠点港を作り上げるためには地方自治体は様々な事業に取り組まなければならない。それら事業を遂行するためには地方自治体の強力な政治的リーダーシップが必要である。
洋上風力関係者の間では、これまで風車などの機器設備関係の技術開発だけでは洋上風力事業は進まず、拠点港というインフラがなければ、本格的な洋上風力発電所は出来ないという思いがある。地方自治体が拠点港を整備することは、洋上風力関係者にとって大きな期待となっている。
最近、再生可能エネルギーが地域振興に貢献するという論調をあちこちで散見するようになってきた。だがどうも世論は勘違いをしているように思える。世論では、再生可能エネルギーによる発電所を地元に設置することが地域振興に貢献するという論調が多いが風車や太陽光パネルを設置し運転する「発電事業」による地元の雇用創出効果は微々たるものでしかない。だが、風車や太陽光パネルの部品・サービス供給、加工組立、搬送等の「製造・運輸事業」では、数百人規模で雇用が生まれる。電源を設置することと産業集積拠点を作ることとでは、まるで比較にならないほど、その効果に差がある。その事情をよく理解している欧州の地方自治体は、早くから産業集積拠点の形成に熱心に取り組んでいる。
ドイツのブレーマーハーフェンやデンマークのエスビアノなど欧州の先行事例を参考に、「洋上風力の拠点港」として十分に機能するためには、どのような条件を具備しなければならないか、特に重要な2点に絞って詳しく述べてみたい。
(1)拠点港から出荷可能な範囲内に、一定規模の洋上風力市場が見込まれること
風車の加工組立メーカーであれ、部品・サービスを供給するサプライヤーであれ、一定規模の市場が見込めなければ設備投資、特に生産ラインへの投資はしない。量産が見込めなければ赤字になるからである。欧州の例では、拠点港から約200海里、やや無理をすれば300海里程度が出荷可能な範囲であるようだ。例えば北九州市からだと朝鮮半島も出荷可能な市場として視野に入る。300海里以上遠くになると搬送コストが高くなりすぎて採算に合わないといわれる。また一旦出航しても途中で天候が悪化し引き返さなければならなくなる確率が高くなり、それがまたコスト上昇を招く(図7)。
洋上風力発電所が、ある一定規模を有するには、発電した電力を系統に接続し輸送できる環境が必要である。その点を地域別に検討すると、
・東京、関西、中部の各電力管内は、多くの発電設備容量を持ち、大きな需要地も抱えているので、変動する再生エネの電力を十分吸収可能であり、太い系統も整備されている。
・上記以外の電力管内では、発電設備容量は比較的小さく、需要も小さいので、大消費地まで電力を送り届ける系統が存在する地域が、一定規模の洋上風力発電所サイトの候補地となろう。
・北九州市のように独自に地域エネルギー供給会社を設立し、電力会社に頼らずに独自に電力の地産地消を行うことができる地域。
などの地域でなけれぱ一定規模の洋上風力発電設備を作ることはなかなか難しいだろう。この第一の要件で拠点港となる可能性がある日本の港湾はかなり絞られる。
(2)部品・サービスが供給可能な中小企業の産業集積が後背地に立地すること
ブレーマーハーフェンは戦前、北米大陸への移民の送り出し港であり、戦時中はUボートなどドイツ海軍の艦船の建造補修が行われ、戦後は造船所が並んでいた。ところが、1990年代、東欧とアジア諸国が低価格の造船建造に乗り出したため、造船所は一斉に閉鎖された。だが、ブレーマーハーフェン港に部品・サービスを供給していた、ウエザー川周辺に長い時間をかけて集積した中小企業の産業集積は健在であった。それら産業集積があったからこそ、ブレーマーハーフェンは洋上風力産業の拠点として機能することが可能であった。
なおデンマークのエスビアノは拠点港の構造が若干異なっている。ブレーマーハーフェンでは、風車の加工組立を行う工場が港湾内に立地しているが、エスビアノでは、内陸の加工組立工場からエスビアノ港まで巨大な部品を搬送している。そのため必然的に、道路は広くかつ耐荷重性が要求される。
洋上風車での作業は危険を伴うため、作業員の訓練所及び緊急救命のためのヘリコプター又は救命艇が必要である。ブレーマーハーフェンでは、Falck Nutecが作業員の訓練を行っており、ウエザー川の河口付近に緊急ヘリが待機している。我が国では、作業員の訓練所が1カ所あれば、全国が共同で使用することも可能だが、緊急時のヘリ又は救命艇は、拠点ごとに設置が必要であろう。
6 北九州市響灘地区エネルギー産業拠点化構想
北九州市は、九州で最大の工業都市であり、その発展を支える港湾の整備・拡張を行ってきた。さらに、市内企業の生産活動や市民生活から発生する産業廃棄物や関門航路及び北九州港の整備・維持から発生する浚渫土砂の処分場として響灘地区の整備を進めてきた。しかしながら、昨今の産業構造の変化に伴い、産業用地としての需要が低迷したことから、未利用地が生じることとなった。こうした事情を背景に、同地区に広大な未利用地が出現した。そこで北九州市は、響灘地域の有するメリット、すなわち、地理的優位性、充実した港湾インフラ、広大な産業用地、良好な風況を活用する、「グリーンエネルギーポートひびき」事業を行うこととなった。
まず、響灘地区の数カ所に太陽光パネルを設置した。響灘地区の南部に幹線道路が走っているが、その道路と山との間に挟まれた土地はほとんど太陽光パネルで埋められた。また、港湾区域内に設置された太陽光パネルで作られる電気は、市内を循環する電気バスの供給源となっている。
更に北九州市は、「風力発電産業アジア総合拠点」を整備することとした。すなわち、風車部品を海外又は国内から輸入又は移入し、響灘で保管又は加工組立を行った後、海外又は国内に輸出又は移出する「輸出入/移出入拠点」、風車の部品を生産し、風車を組み立て、風車を積み出す「風車積出拠点」、港の背後に風車関連産業が集積した「産業拠点」である。
まず、2013年1月からフェーズ1として「風車実証公募事業」を行っている。2013年7月、響灘ビオトープの西側エリアを「風力発電実証研究ゾーン」と位置づけ、このエリアの活用と響灘地区に風車関連の拠点形成を図る事業者の公募を実施し、①北拓グループ(JRE)、②日本再生可能エネルギー推進機構、③自然電力グループ(JUWI自然電力)の3グループを選定した。
次いで、2016年3月からフェーズ2として、響灘海域に洋上風力発電所を設置することにより、後背地である響灘地区に洋上風力産業の集積を促進する。
最後に、フェーズ3として、北九州市以外の地域で設置される風力発電所に向けて製造・出荷を行う「風力発電関連産業の総合拠点」の形成を図っていく。
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、洋上風力発電の実現に向けて、洋上の風向と風速を観測する洋上風況観測タワーと実際に洋上で発電を行う洋上風車を実海域に設置する実証実験を実施している。千葉県銚子沖及び福岡県北九州市沖の2カ所で2012年度に実際に洋上風況観測タワーと洋上風車を設置し、風況観測や風力発電を行っている。これにより、我が国で洋上風力発電を実施するにあたり必要となる風車の建設・運用・保守に関する技術の開発や環境影響評価手法の検討を行った。
この実証実験により、響灘沖における風況観察が2年以上に渡って行われ、響灘に商業用洋上風力発電所を設置しても十分採算がとれることがわかった。これが、実証実験から商業運転へとステップを進めた背景にある。
「北九州市若松区響灘地区への風力発電関連産業の集積促進事業」公募(平成25年度)に係る進捗について
~響灘ウインドエナジーリサーチパークの竣工~
平成30年1月10日 北九州市港湾空港局
本市では、若松区響地区のポテンシャルを活かし、同地区へ風力発電関連産業の集積等を目指す「グリーンエネルギーポートひびき」事業を推進しています。本事業の一環として、同地区の一画を「実証研究ゾーン」と位置づけ、風力発電関連の実証研究等と産業集積に関する提案を求める公募を実施し、平成25年7月に3グループを選定しました。選定したグループのうち、(株)北拓とジャパン・リニューアブル・エナジー(株)を共同提案者とするグループが、同地で風力発電と太陽光発電のハイブリッド型発電所「響灘ウインドエナジーリサーチパーク」の建設を進めておりましたが、この度、大型風車の運転開始により全工事が完了し、竣工しましたので、お知らせいたします。
○概要
発電所名:響灘ウインドエナジーリサーチパーク
設置会社名:響灘ウインドエナジーリサーチパーク
((株)北拓およびジャパン・リニューアプル・エナジー(株)との合弁会社)
風車について:VESTAS社製3.3MW機(洋上設置モデル)2基
地上高ハブ高さ84m、最高到達点140m
ブレード長54.65m ブレード経 直径112m
※今回設置された風車の機種(洋上設置モデル)については、欧州等での多数の実績を有する機種であり、日本国内での設置は初となります。
太陽光について:約3MW(パネル枚数10,504枚)
設置場所:北九州市若松区響町二丁目8番3号地
7 響灘沖洋上風力発電所の事業者選定スケジュール
7-1 海域の設定
港湾海域において洋上風力発電事業を行う事業者を公募する前に、事業を行う海域を設定する必要があった。そのため、北九州市は、2015年末から2016年初にかけて、港湾区域の変更、土地利用計画の変更、再生可能エネルギー源を利活用する区域(約2,687ha)の設定を実施した。
事業を行う海域は、船舶の航行等に支障が無いよう、航路等が除外され、4つの区域(約1,367ha、720ha、533ha、67ha)に分割された。(図14〜15)。
7-2 事業者の公募
事業者の公募に至るスケジュールは、以下の通りであった。
2016年
3月24日 公募概要の事前アナウンス
6月1日 現地説明会
7月1日 改正港湾法施行
8月19日 公募開始
9月7日 現地説明会
10月3日 応募者の受付
10月18日 公募締め切り
10月19日〜 評価・選定委員による審査
2017年
2月15日 占用予定者の記者発表
響灘沖の事業は、改正港湾法が適用された初のケースであった。
8 改正港湾法の初の適用
港湾区域は、様々な産業施設が立地していることから電力系統が充実していること、港湾インフラが近接していること、海域の管理や利用調整の仕組みが最も整備されている空間であること、などから国交省は早くから港湾区域を洋上風力発電所設置の有力なエリアとしてその建設を後押ししてきた。そして、港湾法を改正(平成28年5月20日公布、同年7月1日施行)し、公募により港湾区域の占用許可の申請ができる手続きを創設した。北九州市響灘地区の洋上風力発電所は、改正港湾法が適用される初のケースとなった。
占用公募制度の法律上の手続きは以下のとおりである。
①港湾管理者による公募占用指針の策定
②事業者による公募占用計画の提出
③港湾管理者による占用予定者の選定と占用計画の認定(認定の有効期間は20年)
④占用予定者からの申請を受けた港湾管理者による占用の許可(認定の期間内は、認定計画の提出者以外は、公示された区域について占用の許可を申請することができない)
⑤認定計画提出者による認定計画に従った施設の設置及び維持管理
公募占用指針の策定、公募者の評価・選定に当たっては、学識経験者や地域の実情に詳しい有識者を含む「評価・選定委員会」を設置して実施する。
なお、これら法に基づく手続きを開始する前に、海域の適地の選定や港湾計画への位置付けを行う必要がある。その手続きとしては、「導入検討協議会」を設置、地方港湾審議会及び交通政策審議会に諮問し、答申を得て実施するものである。
改正港湾法の実施のため、「港湾における洋上風力発電の占用公募制度の運用指針」が策定された。国交省港湾局は、これまで「港湾における風力発電の導入のためのマニュアル」(平成24年6月公表)、「港湾における洋上風力発電施設等の技術ガイドライン(案)」(平成27年3月公表)を発表し、占用許可の際の技術的な判断基準を示している。ここに更にもう1本の運用指針が追加されることで、手続きと技術的判断基準の両輪が揃うこととなった。
9 市による記者公表
北九州市は、2017年2月15日、以下の内容を記者発表した。
「響灘洋上風力発電施設の設置・運営事業者公募」の選定結果について
北九州市では、改正港湾法に基づき標記公募を行い、外部有識者で構成する「響灘洋上風力発電施設の設置・運用事業に係る事業者評価・選定委員会」における審査・評価結果を参考に、以下のグループを占用予定者(優先交渉者)に選定しましたので、お知らせいたします。
(1)選定グループ
コンソーシアム名
ひびきウインドエナジー
コンソーシアム構成員
代表企業:九電みらいエナジー株式会社
構成企業:電源開発 株式会社
:株式会社 北拓
:西部瓦斯 株式会社
:株式会社 九電工
(2)公募の概要
(a)目的
北九州市では、響灘地区の有するポテンシャルを活かし、「風力発電関連産業の総合拠点」の形成などを目指して、平成22年度から「グリーンエネルギーポートひびき」事業を推進している。これまでの取組を通じて風力発電関連産業の集積が進んでいるが、この取組を更に進めるため、北九州港湾区域で洋上風力発電施設の設置・運営に関する企画提案を募集した。
(b)経過
・公募占用指針の配布
平成28年8月19日〜10月18日
・公募説明会 平成28年9月7日
・公募占用計画の受付
平成28年10月3日〜10月18日
・審査・評価・選定
平成28年10月19日〜平成29年2月14日
・選定結果公表 平成29年2月15日
選定した事業者による企画提案(公募占用計画)の概要
(1)事業実施方針
・風力発電事業や海洋工事等の各分野で豊富な知見を持ち、北九州市において地域密着の事業を展開する地元連合でコンソーシアムを構成。
・事業期間を通じて地域の方々のご理解を得るとともに、地域経済の発展に貢献するよう努め、北九州市の事業である「グリーンエネルギーポートひびき」の実現を目指す。
・公募水域の全域を対象に風車の離隔距離、水深や藻場等を考慮して風車の配置計画を策定。
(2)計画概要(予定)
・風車基数:最大44基
・総事業費:1,750億円程度
・スケジュール:平成34年度〜着工、順次運転開始
(3)計画のポイント
・風車積出拠点の形成:欧州先進港をモデルとしたプレアセンブル(仮組立)及びプレコミッショニング(事前点検)拠点の設置とヤードオペレーターの事業創出。
・輸出入/移出入拠点の形成:主要部品の輸入/移入、風車製造及び部品調達に際し地元企業の採用を通じての輸出入/移出入拠点の形成。
・産業集積:(株)北拓によるO&M(運転管理・保守点検)拠点の設置や新日鉄住金エンジニアリング(株)でのジャケット式基礎製作の拠点化。増速機製造拠点の設置の検討。
・地元企業への貢献:建設〜設置の各段階で地元企業を積極的に活用。地元部材採用に向けた働きかけや地元企業の競争力強化に資する支援の場を提供。
・その他:非常時電力の供給策の検討、風車基礎部分の漁礁化や調査データの提供などの漁業貢献、観光需要の創出、市民環境学習への貢献、市民の事業参加の仕組みの検討。
(4)事業実施区域
公募占用指針に示した公募対象水域の全エリア(A〜D区)で事業実施予定。(下図)
「響灘洋上風力発電施設の設置・運営事業に係る事業者評価・選定委員会」による検討結果
(1)評価・選定委員会開催日
第1回 平成28年8月3日
第2回 平成28年12月14日
第3回 平成29年1月13日
第4回 平成29年1月24日
(2)委員
石原 孟 東京大学大学院工学系研究科
社会基盤学専攻教授
岩本晃一 経済産業研究所上席研究員
鬼頭平三 一般財団法人みなと総合研究財団理事長
小島治幸 九州共立大学名誉教授
佐藤裕弥 早稲田大学商学学術院講師
二渡 了 北九州市立大学国際環境工学部教授
米山治男 国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所港湾空港技術研究所海洋研究領域海洋利用研究グループ長
(3)評価・選定委員会による評価結果
各コンソーシアムより提出された公募占用計画の評価・選定委員会での評価結果は下表のとおり。(下表)
(4)評価・選定委員会の結論
各コンソーシアムから提出された公募占用計画について、港湾法及び公募占用指針に沿って評価を行った結果、当委員会は、北九州市に対し、九電みらいエナジーを代表企業とするコンソーシアムが占用予定者として最も適切である旨助言する。
「響灘洋上風力発電施設の設置・運営事業」に係る基本協定の締結
平成30年1月10日(水)に、「響灘洋上風力発電施設の設置・運営事業」に係る基本協定が、公募主体である北九州市と事業の優先交渉者が設立した特別目的会社である「ひびきウインドエナジー株式会社」の間で締結されました。
本協定は、風力発電関連産業の総合拠点を目指し、「グリーンエネルギーポートひびき」事業を推進している北九州市が、そのステップとすべく、改正港湾法の第一号案件として、平成28年度に公募・優先交渉者の選定を行った事業に係るもので、両社の連携及び協力により、事業が円滑かつ確実に実施されることを目的としたものです。
内容は、事業における両者の役割分担や今後のスケジュール等事業に関するものと地元の漁業・観光への貢献や総合拠点形成への寄与等地域共生に関するもので本協定の締結によって、今後、より一層の事業推進が期待されます。
10 今後のスケジュール及び課題
10-1 今後のスケジュール
市は、2017年2月15日の記者会見の後、直ちに、「ひびきウインドエナジー」から公募に提出された計画を、港湾法に基づき認定した。だが、事業者選定の審査の過程で、委員から多くの意見が出された。「ひびきウインドエナジー」は、それらの意見を反映すべく、追加的な検討を行い、市に対して計画変更を申請する。2017年3月30日、公募占用計画変更申請書が市に提出された。その後、占用予定者の計画は港湾法に基づき認定される。
その後、海洋調査が始まっている。環境アセスメントのために必要な調査や、実際に、どこにどのような風車を設置すればよいかを検討するための海底調査や海水調査などである。その調査結果を用いて改めて発電所全体の計画を行うことになる。
九電みらいエナジー(株)(福岡市)、電源開発(株)(東京都)、(株)北拓(北海道旭川市)、西部ガス(株)(福岡市)及び(株)九電工(福岡市)からなるコンソーシアム(以下、「本コンソーシアム」)は、北九州市が実施した「響灘洋上風力発電施設の設置・運営事業者」の公募において、2017年2月に占用予定者(優先交渉者)として選定されたことを踏まえ、2017年4月17日、響灘における洋上風力発電の事業化に向けて、SPC(特別目的会社)である「ひびきウインドエナジー株式会社」(以下、「ひびきウインドエナジー」)を設立し、公表した。事業の実現にあたり、まずは風況観測や海域調査等の各種調査を実施することとしている。
【ひびきウインドエナジーの概要】
名称 ひびきウインドエナジー株式会社
所在地 北九州市若松区
代表者 代表取締役 穐山 泰治
※九電みらいエナジー(株) 代表取締役社長
事業内容 洋上風力による発電及び電力販売に係る調査事業
資本金3億円
資本準備金3億円
設立日 平成29年4月17日
出資比率 九電みらいエナジー(株) 30%、電源開発(株) 40%、(株)北拓 10%、西部ガス(株) 10%、(株)九電工 10%
【スケジュール(予定)】
平成29年~平成33年3月 風況・海域・地盤等の調査、環境影響評価、発電施設の基本設計等
現時点での予定であれば、2025年頃から風車が回り出す。きっとその姿は壮観であろう。
10-2 今後の課題
(1)これから考えられるシナリオ
今後無数のシナリオが考えられるが、そこには最良と最悪という上限と下限がある。その上限と下限を挙げると、
①最悪のシナリオ;
日本の風車メーカーが台湾に進出。台湾の港湾で風車の組立を終え、台湾から響灘に向けて出荷し、そのまま洋上で建設。響灘港湾での加工組立等は行わず、台湾から西日本の洋上風力プロジェクトに向けて出荷。響灘における風車の組立が終われば、響灘での仕事は保守点検を除き、ほとんど無くなる。
②最良のシナリオ;
風車メーカーが、響灘港において、地元から部品を調達して風車を加工組み立て、響灘の洋上で風車を建設。響灘から台湾・韓国に向けて出荷、響灘から西日本の洋上風力プロジェクトに向けて出荷し、響灘における風車の組立が終わっても、台湾・韓国・西日本での洋上風力プロジェクトが継続する限り、響灘から出荷が続く。響灘においても、保守点検などの仕事が続く。やがて、台湾・韓国・西日本における「保守点検」、「部品交換」、「能力増強による建て替え(リパワリングRepoweringと呼ぶ」)へと続く。響灘からの出荷が継続する。これこそが、響灘が目指す「洋上風力産業拠点」である。
(2)中小企業が行う努力
鋼鉄業に関する仕事は、長年の歴史があり、待っているだけで中小企業に仕事が来る仕組みが出来上がっている。
自動車に関しても、その生産の経験は歴史が長く、新規立地工場における部品調達や地元雇用などの仕組みは多くの経験がある。だが、それでも、北部九州に進出した自動車工場(のTier1)に地元から部品を買ってもらうべく、地元は様々なアプローチや努力を積み重ねてきた。
洋上風力プロジェクトは、日本人が誰も経験したことがない日本初の事業であり、地元からの部品調達の歴史も慣行もない。期成会の方々は、自身で勉強され、自身で仕事を取りにいかないと何も得られない。待っていては、誰も何もしてくれない。
(3)響灘と台湾は将来の巨大な利益を賭けた競争状態
北九州市の中小企業は、自らが最も望ましいと考えるシナリオの実現に向けて、一致団結して、自ら行動を起こさなければ、おいしいところを全て台湾に持って行かれる。
このように今、響灘と台湾は将来の巨大な利益を賭けた競争状態にある。響灘は危機感を持って、この戦いに勝つべし。
おわりに
―響灘が目指す「洋上風力産業拠点」の具体的なイメージと目標をしっかりと持ち、関係者全員で共有することが重要。
―今、響灘と台湾は、将来の巨大市場を賭けた競争状態にある。
―また、響灘は西日本の他県よりも早く出荷体制を整えなければ、得られるべき巨大市場を失ってしまう。
―響灘は、危機感を持って、この戦いに勝つべし!
―ビジネスとは、リスクをとってチャレンジし、その勝負に勝つこと。
写真2は、ドイツのブレーマーハーフェンとデンマークのエスビアノの写真である。ともに欧州における代表的な洋上風力産業拠点である。響灘も、7〜8年後は、こうした光景が見られるようになっていることを期待している。
九州経済調査月報 2018年10月号に掲載