世界に先行するドイツの事例

岩本 晃一
上席研究員

第4次産業革命では、飛躍的に進歩した情報通信技術を用いて、これまで存在しなかった新しいビジネスモデルが生まれ、新しい企業や雇用が生まれ、仕事の仕方やライフスタイルが劇的に変化する。インダストリー4.0で世界に先行するドイツにおいて、出現している新しいビジネスモデルについて、二つの事例を紹介したい。

製造業のマスカスタマイゼーション

アディダスがドイツ・バイエルン州に新たに建設したアインスバッハ工場は、ドイツ国内で「インダストリー4.0工場」と呼ばれている。その特徴は、「スピードファクトリー」と「マスカスタマイゼーション」の二つである。現在、アディダスの生産量は、年間約3億足であるが、これを2020年まで毎年3000万足増(毎年10%成長)を達成しようというものである。

従来、同社では靴の製造からリリースまでに約18カ月要していた(設計、中国やバングラデシュでの手作業による製造、ヨーロッパまで船便を使った完成品の運搬)。だが、流行の変化が激しい現代では、18カ月先のトレンドを捉えるのは不可能となってきた。そこで同社は24年ぶりにドイツ国内での製造を再開した。

「スピードファクトリー」と呼ばれる4600平方メートルの工場では、製品をデザインしてから店舗に並べるまでを数週間に短縮した。コンピュータに入力したデータをもとに、ロボットが製造を行う全自動工場である。人間の関与は、デジタルデータの投入やロボットの管理に限定されている。この高い技術力により、人件費の高いドイツでの製造が可能となった。

「マスカスタマイゼーション」とは、低コストの大量生産を行いながらも、個々の消費者に合わせて柔軟な「オーダーメイド」商品を製造する手法である。デザインから完成まで数日で可能である。ロボットを使った標準化でコストを抑えながら、設計情報のデジタル化によって特注品を製造する。コア技術は「ARAMIS(アラミス)」と呼ばれ、その3次元モデルを用いることで、ユーザーごとのカスタマイズ化や極めて細かい単位での設計が可能となった。靴の素材や足の形に関する詳細な情報をもとに、靴にかかる圧力や変形の度合いなどを計算し、ユーザーごとの適切な靴の3次元モデルのデザインを決定、このデータをもとに、ロボットが製造するというものである。その結果、カスタム品は、標準品と同じ価格1万2000円でユーザーに提供することが可能になった。

製造業から「ものづくりサービス業」への転換

ドイツのケーザーコンプレッサー社は、製造業が「ものづくりサービス業」に転換するという事例である。同社は従来、圧縮空気設備の製造販売を行っていたメーカーだったが、設備を売らず空気を売るというビジネスモデルに転換した。都市ガス会社などと同様、設備の所有、設置、運用、保守、修理は全てメーカー側が実施、全てのコスト込みで1立方メートル当たり0円で販売するというビジネスモデルである。

顧客が得られるメリットとは、第1に省電力(平均マイナス14%)である。なぜなら、機械を最もよく知るメーカー自身がネット経由で1台ずつ個別に機械を最適制御するからである。ここにもカスタマイゼーションが実現している。第2に、省メンテ費(平均マイナス50%)である。機械の所有権はメーカー側にあるため、メンテについて事前に顧客と打ち合わせる必要がない。また設備が止まったからと言って急に夜中に呼び出されることがない。メンテ要員を計画的に派遣することで人件費を約半減できる。さらに、顧客側の作業員がやっかいなメンテ作業から解放されて本来業務に専念できる。

同社によれば、この圧縮空気販売事業の売り上げの伸び率は毎年10~20%であり、会社全体の売り上げの伸び率は過去10年間平均9%となっている。圧縮空気コストの8割は電気代であり、その省エネはどの企業にとっても最大の課題であるが、同社は、独自の手法を開発し、売り上げを伸ばしていった。

同社はKAESER家のオーナー企業(今の社長は3代目)であり、ドイツの「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)である。同社は、創業時は自動車修理工場からスタートし、戦後、西側に、自動車工場は東側に別れた。創業者は、圧縮空気設備の製造販売を開始し、圧縮空気の販売は1991年からスタートした。今や、圧縮空気事業分野でアトラスコプコ社(スウェーデン)、インガソール・ランド社(米国)に次ぐ世界第3位となっている。

ミュンヘン大学アーノルド・ピコー教授の示唆

かつて、ドイツのインダストリー4.0分野の中心的存在であるミュンヘン大学アーノルド・ピコー教授を訪問した際、同教授が2年間を要して行った調査レポート「デジタルトランスフォーメーション」の概要を説明してくれたことがある。(調査はドイツ連邦政府経済エネルギー省からの委託、ミュンヘン大学とミュンヘン工科大学が共同実施。実際のインタビューは、シーメンスの各国法人がサポート。ドイツ、EU、米国、日本、中国、韓国の199人を対象に約2年間かけてインタビュー)

報告書は、世界の新しいデジタルビジネスが一体どの方向に向かっているかを調べたものであった。「企業はデジタル技術を、企業と顧客をつなぐ接続部、すなわち従来と比べ、更に新たな接続の機会を増やすという形で使おうとしている。言い換えると、顧客が一体何をもっと欲しているか、という情報を取り、更に一層顧客の要望にカスタマイズして提供することにデジタル技術を使おうとしている。ということは、今後は、企業がいかに顧客にカスタマイズしたものを提供できるか、というところで企業の勝敗が決まっていく、ということに要約される」という言葉が、同教授の私への最後の伝授であった。同教授は今ではこの世にいない。

2018年9月25日 生産性新聞「第4次産業革命を生き抜くための生産性向上」に掲載

2018年10月5日掲載

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