中国の2018年の国内総生産(GDP)伸び率は6.6%で、天安門事件の影響があった1990年以来28年ぶりの低水準となった。米国経済も一層減速する可能性があり、世界GDPの40%を占める1位、2位の経済大国の先行きが不透明になってきた。
中国の統計に対する信頼度はあまり高くなく、市場の状況や政府の対応にも不透明な点が多い。実際は政府が発表する数字よりも悪いのではないかと不安感をあおられる。今後も米中貿易戦争の中国経済への影響や中国金融市場の動向などに世界の金融市場が敏感に反応することになる。
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米中貿易戦争とともに、中国経済の問題として挙げられるのは国全体が抱える巨額な負債だ。米ブルームバーグによると、17年の中国経済全体の負債額は32.5兆ドル(GDP比266%)を超え、10年間で4.4倍(GDP比で1.6倍)も膨れ上がった。国全体の総負債額のうち60%が企業負債であり同じく4倍以上膨らんでいる。足元では景気減速とともに企業倒産が記録的なレベルに達している。
国全体の負債はリーマン・ショック翌年の09年以降急速に拡大した。輸出の大幅な減少を受け、積極的な財政出動を進めるとともに、建設・不動産・インフラ関連業などへの融資も増やした結果、企業負債が膨らんだためだ。
マクロ刺激策に呼応し株式や不動産市場も活況だった。だが金融当局は市場が過熱した時は銀行の融資条件を厳格化したり、銀行を迂回した融資を手掛けるシャドーバンキングの規制を強めたりして介入する一方、市場が軟化した時には介入を緩めるなどして市場を安定化させてきた。
17年ごろから中国政府は企業負債の問題を懸念し、企業への与信や債務を抑制する政策をとり、18年中盤から効果が表れ始めていた。つまり政府の積極的な融資抑制により景気が軟化し、そこに貿易戦争が起きて製造業を中心として減速が強まったと言える。
企業部門の負債の中でもドル建て債務が11年ごろから急増し、17年第4四半期に450億ドル近くも膨らんだ(図参照)。企業部門の総負債からみれば比率的には大きくないが、国際金融と国内金融市場をつなぎ、中国の企業金融に大きな影響を与えている。
中国に限らず、10年代に入り多くの新興国市場でドル建て債券が急増した。08年の世界金融危機以降、先進国が大幅な金融緩和をしたため、それまで欧米に流れていた大量の資金がより高いイールド(利回り)を求めて新興国市場に流れ込んだ。米国の低金利と自国通貨高により、新興国市場では多くの企業がドル建てで資金を調達し活発に投資した。中国でも人民元が強くなると、企業の間でドル建て対外債務が増加した。
しかし15年末に米連邦準備理事会(FRB)がゼロ金利政策をやめ金融引き締めが本格化すると、資金が新興国市場から米国へと流れ始めた。17~18年にかけて引き締めペースが上がると、資金還流がさらに強まった。米金利上昇と米トランプ政権の大幅減税などの財政拡大政策もドル高に貢献し、新興国の通貨が下落基調となった。
その結果、ドルで調達した資金の返済負担が自国通貨換算で膨らみ、バランスシートが圧迫された。投資家は新興国市場から資金を引き揚げ、金融市場が下落した。
中国の人民元も同じ経過をたどった。元高時に拡大した債務の返済負担がその後の元安で企業に重くのしかかり、さらなる株式市場の不調と為替下落を引き起こしている。現時点で18年1月に比べ人民元は対ドルで6%程度、上海総合指数は2割以上下落している。この負のサイクルは実体経済にも影響を及ぼし、今後もドル高基調が続く限り中国にとって悩みの種となる。
中国当局としては景気減速を受け、積極的に財政出動し、金融面では融資基準を再度緩くしたり、停滞企業・産業に補助金を出したりするだろう。政府の国家債務は比較的大きくないことを考えると、金融機関の破綻や企業倒産が増えても、積極的なマクロ政策や金融機関の救済などを進めることは十分可能だ。
外貨準備高が3兆ドルほどあるが、対外債務が1.9兆ドルまで拡大していることを考えると、今までのように安泰とまではいかない。ただ金融当局は何としても金融不安を避けるための政策を総動員するので、金融危機のリスクは低いと考えられる。
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しかし当面の危機回避はそれなりのリスクを伴う。
まず景気安定化策が本来市場から退出すべき企業(いわゆるゾンビ企業)の延命につながり、かえって非効率な資源配分を引き起こし、中国経済の構造変化と長期的な成長を阻害しかねない。
17年にサービス業を中心とする第3次産業のGDP比率が51.6%となり、工業や建設業からなる第2次産業(40.5%)を初めて超えた。よって景気刺激策は新しい産業に資源を配分し構造転換を促すようにした方がよい。しかし政治的な判断に基づき生産性が比較的低い建設関連業や重厚長大産業、国際的な価格競争力が低下した低付加価値の製造業などに国有企業・銀行を通じて資源が配分される可能性が高い。
また仮に保護対象の産業の生産量が伸びても消費が追いつかないと、その分が安価な輸出として海外市場に流れ、特に米国との貿易摩擦を高める可能性も高い。特定の産業に対する融資基準緩和などもかえって将来の不良債権を増加させ、新たな金融不安の種をまくことになりかねない。
さらに今後国内の規制を避けるために、多くの中国企業がドル建て対外債務を拡大させるかもしれない。だがそれは中国経済が国際金融では米国経済の動向や政策により直接的な影響を受け続けるということを意味する。
現在のグローバル化した世界では、米国などの主要国により世界的な金融・資産市場の潮流が決まり、他の国々はそれに従うしかないとも言われる。しかし中国としては主要国、特に米国からのショックに常にさらされるのではなく、経済大国としての主体性を持ちながら国内経済を安定化したいと考えるだろう。
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そのためには人民元を国際化することが不可欠となる。人民元が国際市場で自由に流通し利便性が上がれば、中国企業も人民元を使って海外からの資金調達が可能となり、ドルなどの海外通貨の動向に債務負担や経済全体が影響されにくくなる。
人民元は16年に国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)の構成通貨となり、形式的には国際通貨の一つだ。しかし実際には貿易や国際金融取引、中央銀行の保有する外貨準備をみても、人民元が主要な国際通貨になったとは言えない。そして株式や為替市場に国有企業・銀行を使い恣意的かつ不透明な介入をし続ける以上、人民元は投資家からの信頼も国際通貨としての信認も得られない。
中国経済当局は、短期的には景気後退や金融不安への対症療法をとるだけの資力はあり、今すぐに中国発の恐慌や金融不安が起きる可能性は低い。しかし対処を間違えると経済や金融システムにゆがみやストレスが蓄積され、将来の脆弱性を助長しかねない。そうした事態を回避できるかは、政策当局者が政治的な判断ではなく、長期的な中国経済の将来を見据えた政策を実行できるかにかかっている。
2019年2月15日 日本経済新聞「経済教室」に掲載