日本の企業・産業の活力、すなわち「ビジネスダイナミズム」が失われているのではないか。コロナ禍で日本企業のデジタル化(DX)やデータ活用の遅れが明らかになるにつれて、こうした懸念が強まっている。
日本のビジネスダイナミズムに関して、かつては1990年代の不良債権問題を背景とするいわゆるゾンビ企業の存在が新規参入や退出を妨げ産業の新陳代謝を損ねている、と主張された。しかし近年では、アベノミクスによる景気拡大もあり、この問題は一時的に覆い隠されていた。他方、米国では、日本より強いビジネスダイナミズムが働いていると考えられたが、最近では、その停滞が生産性上昇の阻害要因として強く意識され、実態把握と要因分析が進められている。
本稿では、米シカゴ大学のウフク・アクシジット教授とFRB(米連邦準備制度理事会)のシナ・アテス氏による米国経済の研究に沿って、日本のビジネスダイナミズムをヒト・モノ・カネのような「資源の企業間移動」と「企業のパフォーマンス格差」といった観点から定量的に把握し、最近の特徴と今後の課題を見いだしたい。
一連の分析は、一橋大学准教授の宮川大介氏と学習院大学教授の滝澤美帆氏との現在進行中の共同研究の成果に基づく。用いたデータは、東京商工リサーチが保有する企業情報データベースのうち、分析用に必要な変数を備えた各年最大約100万社の企業情報で、とくに、リーマンショック後の期間に焦点を当てる。以下「→」を用いて表した数値は2010〜18年における産業別指標を、売り上げ、付加価値または従業員数によって加重平均した値の変化である。
まず、参入・退出や企業間の労働移動について見てみよう。新規参入率は、サービス業で一時的に上昇したものの、全体的には0.25→0.21%と低下傾向にある。また、新規参入の停滞に伴って、社齢の若い創立後5年未満の企業の雇用シェアも、建設業など一部を除き、4.3→3.4%と低下傾向。さらに、労働の企業間移動を雇用の喪失率と創出率で見ると、雇用喪失率が5.2→14.0%と上昇する一方、雇用創出率は4.9→4.2%だった。
次に、企業間のパフォーマンス格差を見てみよう。まず、企業間の売り上げ伸び率のばらつき具合を示す標準偏差を、異常値を除いて計測すると、0.214→0.185と低下していた。若い企業ほど売り上げ伸び率が高い傾向にあるが、そうした若い企業のシェアが低下したことが原因である。次に、労働生産性の企業間格差に着目すると、労働生産性が上位5%のトップグループは8年間に労働生産性が7.4倍に上昇したのに対し、それ以外の95%のグループは1.2倍にとどまった。これは米国でも見られる生産性の二極化現象だ。OECD(経済協力開発機構)のエコノミストらの研究によれば、こうした生産性の二極化は、経済全体の生産性を低下させる傾向があるという。
日本企業が停滞した理由
過去10年程度において、なぜ日米両国でビジネスダイナミズムは停滞しているのか。日本の場合は、元の低水準からさらに低下したことに注意が必要だ。
少子高齢化など複合的な要因が考えられるが、ここでは、市場の競争度に着目する。一般に、競争が活発なほど、新規ビジネスへの参入やイノベーションへの動機が強まると期待されるが、激しすぎる競争は、消耗戦を引き起こし、むしろ参入やイノベーションを阻害するおそれもある。また、当初は競争が活発であっても、少数の勝者による市場シェアの高まりが、やがて寡占や独占を生むこともある。つまり、市場の集中度とビジネスダイナミズムの関係は、逆U字型を示すと考えられる。
米国では80年代以降、多くの産業で市場の競争度が失われ、寡占化が進んだ。その理由を4つ挙げると、第1に、GAFAに代表されるIT系のスーパースター企業は、当初はイノベーションをめぐる活発な競争を通じて新しい技術と市場を生み出し生産性の向上をもたらしたが、やがて知的所有権やM&A(合併・買収)による技術やデータの囲い込み、さらには政治的圧力によって、市場競争を阻害するようになった。第2に、ITによって複数の市場での経営管理が可能になったことで、一部の効率的な企業が多くの市場で寡占度を高めた。第3に、研究開発、ブランド、ソフトウェア、データなどの無形資産を蓄積し効率的に使用できる能力を持つ企業は、ごく一部であった。第4に、長期にわたる低金利の下で各産業のリーダー企業は攻撃的な戦略を取り、追随者を突き放した。米国では競争度が低下、つまり集中度が上昇する中でビジネスダイナミズムが停滞していった。これは逆U字の右半分で示される。結果、利益率は増加し、労働分配率は低下した。
日本の市場競争度はどうか。市場の集中度を示す指標のハーフィンダール指数を見ると、米国の動向とは逆に、164.2→157.0と低下し、競争度は上昇していた。より単純にトップ20社の市場シェアを見ても、29.2→27.9%と低下している。日本では、逆U字の左半分で示されるとおり市場競争が激化、つまり集中度が低下する中でビジネスダイナミズムが停滞したと考えられる。
ただし米国と同様、売上高利益率は1.8→4.8%と上昇し、労働分配率は50.8→43.6%と低下している。一見パズルのようだが、利益率を大きく伸ばした企業の特徴を見ると、売り上げや付加価値を増加させると同時に、資産や雇用を削減することによって生産性を高めていたことがわかる。
雇用維持から教育訓練へ
日本のビジネスダイナミズムを復活させるためには、アフターコロナの新しい生活様式やデジタル化に対応したビジネスモデルを描ける企業に資源が移動するよう促すことが重要だ。金融財政政策では、資金繰り支援を中心とする危機対応が長期化・常態化して資源の再配分を妨げることのないよう注意が必要だ。金融機関も、流動性供給への当面の対応の後は、新しいビジネスモデルを描ける企業には集中的に資金を投入し、それ以外の企業には合併や退出を促すといった選別を行う必要がある。労働移動を促すためには、雇用維持に重点を置く現在の政策から、デジタル化に対応した教育訓練を中心に据えた積極的労働政策や、セーフティーネットの拡充に移行することが重要だ。
こうした対策によって、合併・退出が促進されれば、市場競争度の緩和を伴って、ビジネスダイナミズムが再活性化する可能性がある。もちろん、寡占化が進みすぎれば、米国のようにかえってダイナミズムが失われる危険がある点には注意が必要だ。少子高齢化が進展する中でのダイナミズム復活は至難の業だが、それなしに日本経済の持続的成長は見込めない。
(本稿の参考文献等はAkcigit, U. and S.T. Ates, 2020. Ten Facts on Declining Business Dynamism and Lessons from Endogenous Growth Theory. American Economic Journal: Macroeconomics, forthcoming. Andrews D., C. Criscuolo and P.N. Gal, 2015. Frontier Firms, Technology Diffusion and Public Policy: Micro Evidence from OECD Countries. OECD Productivity Working Paper No. 2. https://www.oecd-ilibrary.org/content/paper/5jrql2q2jj7b-enをご参照ください。)
『週刊東洋経済』2020年8月22日号に掲載