中小企業の一律保護見直せ 経済の新陳代謝どう進める

後藤 康雄
リサーチアソシエイト

コロナ禍で最もダメージが危惧される部門の一つが中小企業だ。就業者数の約7割、総付加価値額の5割以上を占める中小企業の動向は日本経済を左右する。もともと日本の中小企業部門の成長は大企業より鈍かったが、その傾向が一層強まりかねない状況にある。

中小企業の成長促進という一筋縄ではいかない問題を企業の新陳代謝と中小企業政策の視点から考える。

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中小企業は弱い立場にあるとの認識が共有されている。このため中小企業への支援は社会的に受け入れられやすく、長く手厚い保護的施策が講じられてきた。例えば大企業より低い軽減税率が適用される。徴税の運用面でも、常に赤字で納税しない中小企業がごく普通に認められている。中小企業専門の政府系金融機関も複数存在する。こうした手厚いサポートは当事者の行動を確実に左右する。

従業員数と資本金額のいずれかが一定水準以下ならば、制度的に一律中小企業とみなされる。このため経営が悪化した実質的な大企業が軽減税率などを期待して減資することもある。

それは本来成長できる企業があえて中小企業にとどまるという選択だ。中小企業への恒常的な優遇は、成長意欲に水を差し、中小規模を維持するインセンティブ(誘因)となる。世界的にみても日本は中小企業のウエートが高いが、長く続けられてきた優遇措置と無縁ではなかろう。

さらに景気が大きく落ち込むたびに大規模な支援がなされる。中小企業はマクロ的ショックへの対応力に乏しく、リアルタイムの判断としては理解できる。だが緊急対応のはずが実際は長期化したり、対策が繰り返されたりしてきた。特に1990年代末以降、「緊急的な」支援が続いてきた。

こうした措置は、平時の優遇策に導かれ中小比率が高まるゆがみとはやや異質の影響を及ぼしつつある。不況時に市場から退出していたはずの企業が金融支援などで存続する「ゾンビ企業」問題だ。90年代後半以降の金融危機時に問題業種の大企業を中心に指摘され始めた論点だが、近年はむしろ中小のゾンビ企業の存在が懸念される。それらは退出予備軍であり、企業業績や成長力は劣りがちだ。

大局的には「保護政策は長期的に産業競争力を弱める」という一般法則が、中小企業部門にも当てはまる。大企業と中小企業の付加価値伸び率の差分をみると、トレンドとして格差は広がる一方だ(図1参照)。

図1:付加価値伸び率格差(大企業―中小企業)のトレンド

それではどうすれば中小企業部門の成長力を高められるのか。ここで重要な視点が企業の新陳代謝だ。

中小階層で企業の出入りが活発になされる。非効率な企業は退出し、成長する企業は大企業へと転じていく。一方で成長期待と意欲を持つ事業者が新たに参入する。こうしたダイナミズムを通じて全体の活力が高まる。だが手厚い支援は新陳代謝のメカニズムを抑える方向に作用する。効率の低い企業が退出せず、成長できる企業も中小階層にとどまる。新規参入者のビジネスチャンスは狭まり、参入の意欲は低下する。

新陳代謝の停滞はかねて議論されてきたが、日本の開廃業率は欧米(10%前後)の半分程度だ(図2参照)。

図2:日本と英国の開廃業率

中小企業部門を持続的に発展させていくには、新陳代謝を伴う成長促進が欠かせない。その認識自体は99年の中小企業基本法改正に象徴されるように定着している。だが現実の道のりは険しい。一つの背景は、97年以降の金融不安や2008年のリーマン・ショックなど大規模な経済ショックが相次いできたことだ。緊急時にはどうしても既存の事業者への現状維持的な支援が優先される。

さらに根深い事情も絡み合う。大きく3つ挙げておく。第1に歴史的・制度的な経緯だ。戦後中小企業政策が確立される過程で、産業政策の伴走を得て急成長する大企業と一線を画し、復興や高度成長の波に乗れない弱体部門として中小企業がとらえられた。こうした認識を背景に、中小企業政策は保護・育成的な視点の強い産業政策の一環に位置づけられた。この出発点は、現在に至るまで日本の中小企業政策を強く性格づけてきた。

第2に中小企業支援が帯びる社会政策的な性格も、路線の転換を難しくしている。企業規模が小さくなるほど、企業体としての側面と生活の場としての側面の境界は曖昧になる。日本では個人事業主を中心とする零細企業が多く、その実態は会社より個人に近い。経営と生活が重なるため、社会政策が担うべき領域を実質的に中小企業政策がカバーしている面がある。

第3に政治的要素だ。政策関係者にとって、中小企業への支援は支持を得やすい。今日の中小企業支援では金融や税制の役割が大きく、直接的な財政支出は少なくて済む点も好都合だ。

当然、優遇税制は得べかりし税収を減らすので財政を悪化させるし、金融支援も融資先の倒産などが将来の財政負担につながる。だが少なくとも実施時の直接的な歳出を伴わないので、予算策定プロセスも通りやすい。政治、行政、財政いずれの関係者にとっても負担感が小さいまま、幅広い事業者に報いる中小企業政策は巧妙な仕組みだ。

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以上の要素が絡み合う中小企業政策の抜本的な転換は至難の業だが、中小企業部門の活力が失われる流れは変えなければならない。

成熟経済の日本が向かうべきは、リスクをとって市場を開拓していく方向であり、中小企業部門がその中心となるべきだ。それには様々な要素を解きほぐしつつ、新陳代謝を促す必要がある。新陳代謝というと、廃業とその後の生活不安が想起されやすい。だが再開業までを含むプロセスが社会に定着すれば、受け止め方も変わってくるだろう。

現下のコロナ禍は大きな転機となり得る。緊急事態宣言を受けた時短営業協力金は、多くの小規模飲食店を支える一方、一律に事業継続を支援する手法への問題意識を広く喚起した。コロナ後を見据え、新領域開拓や異業種転換を検討する事業者も多い。事業体の廃止・存続にかかわらず、広義の開業ととらえられる。

既にそうした活動を促す施策は用意されている。20年度3次補正予算ではコロナ対応の事業再構築補助金も導入されており、当面はこれらの本格的活用を図るべきだ。使い勝手が悪ければ、実務経験者などによる支援増強も考えられる。さらに長期的には、中小企業の定義の抜本的な再検討が必要だ。中小企業を過小資本にとどめ、株式譲渡による事業再構築などを難しくしている資本金基準の見直しや企業規模の段階的区分などが検討課題となろう。

ぎりぎりの努力で事業を続ける人たちの想いや苦労と、それを支援する施策の意義を否定するものでは全くない。ただ事業者の状況や判断に応じて廃業や開業を促す支援も選択肢として有望ということだ。コロナ禍の出口がみえないなか、中小企業に逆風の局面は続くとみられる。一律的保護から新陳代謝を促す方向にかじを切れるか、われわれはその岐路に立っている。

2021年5月14日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2021年5月31日掲載

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