新春特別コラム:2020年の日本経済を読む

金融への負荷が深く静かに蓄積する内外経済

後藤 康雄
リサーチアソシエイト

米中が通商問題で歩み寄り、英国も総選挙を経てEU離脱への道筋が見え始めるなど世界経済の不透明感が和らぐ中、GDPや日銀短観をはじめとする国内の指標も景気の底堅さを示し、市場はおおむね良好なムードで終わった2019年だった。新年はどのような経済になるのだろうか。筆者の私見を述べていきたい。

景気は緩やかな鈍化が続く

まずわが国の景気については、今後も緩やかな減速が続くと予想する。外需のスローダウンや消費税率の引き上げ等を背景に、日本経済はすでに鈍化傾向にある。一方で、政府による財政出動やインバウンドを含む五輪関連需要などのプラス材料もあり、一直線に深刻な後退局面に突入するリスクも低い。

こうしたシナリオの大前提は、日銀が超金融緩和を続けることである。マイナス金利の深掘りなど限られたカードをいつ切るか、といった点で道筋の違いこそあれ、大きな金融政策の転換はほぼ考慮する余地はないだろう。日銀自身が掲げる望ましいインフレ率の達成が遠い状況下、少なくとも引き締め方向に政策を転換させる可能性はほぼゼロである。経済にニュートラルな自然利子率(おおむね1%程度とみられる)を実質利子率(名目利子率-期待インフレ率)が下回り、金融政策は景気を支え続ける。

金融政策とプルーデンス政策のバッティング

これは、すでに非伝統的手段を重ね、アクセルを踏み続けてきた金融政策にさらに負荷がかかることを意味する。いずれ政策を引き締め方向に転じる「出口政策」を一段と難しいものにするだろうし、大きな副作用が生じるかもしれない。これらは従来から指摘されてきた論点だが、さらにこのところ急速に懸念が強まっているのは金融機関経営への悪影響である。これはブルネルマイヤー・プリンストン大学教授のリバーサル・レートの議論と通じるものであり、中央銀行の政策目標に関する根本的な議論にもつながる(注1)。

教科書的に言えば、日本銀行(そして多くの世界の中央銀行)は、金融政策とプルーデンス政策を担っている。前者は物価の安定を、後者は金融システムの安定(≒金融機関経営の健全性維持)を目的としている(注2)。どちらも個別にはもっともな目的である。そして、例えば2000年前後の金融不安のような局面では両者は矛盾しない。景気浮揚やデフレ脱却を図り金融緩和を進めることは金融システムの安定に寄与するし、金融機関経営の健全化により金融システムを安定させれば経済も浮揚する。しかし、金融政策とプルーデンス政策が常に同じ方向を向くとは限らない。両者はバッティングすることがあり、まさに現下の状況がそれに該当する。日銀は物価安定の観点から異次元緩和に踏み込み、さらにマイナス金利政策を進めている。しかし、その過程において、地域金融機関などの金融機関経営は圧迫され、潜在的にリスク負担能力を低下させてきた。

政策目標の数に見合った政策手段が必要、というのはティンバーゲンの定理が説くところである。金融調節という1つの政策手段で物価の安定と金融秩序の維持(金融システムの安定)という2つの目的を追求すると、時として対立を生む可能性がある、というのは1990年代後半の日銀法改正の際にも指摘された点だが、それが現実のものになりつつある。

内外金融システムへの負荷が高まる

このように、日銀単体の政策としては、金融政策とプルーデンス政策が対立しかねない局面にある。そして、日銀は基本的に金融政策を優先するため、プルーデンス政策にしわ寄せがかかっているという見方ができる。デフレ脱却を図る過程で日銀にかかる負荷の大きさはこれまでも折に触れクローズアップされてきたが、民間金融機関にも徐々に大きな負荷がかかりつつある。

ただし、プルーデンス政策は本来政府(わが国では金融庁や財務省)が担うものであり、日銀は側面支援を行うサブ的な立場と位置付ければ、政府・日銀全体としては別途の政策手段を通じて対処可能なはずである。それでもなお当面はプルーデンス側にしわ寄せがかかり続ける公算が大きい。金融政策(による収益の棄損)に匹敵するほどの金融機関への支援は、少なくとも金融不安などが形になる以前の予防的段階で講じることは政治的に容易でない。

こうしたわが国の構図は、多かれ少なかれ先進国共通に当てはまる。中央銀行への負荷が長期化すると、次第に民間金融部門へのしわ寄せが強まり、潜在的に経済の不安定要素となってくる。わが国のバブル崩壊、アジア通貨危機、リーマンショックなどいずれの金融ショックも、ネガティブなインパクトはほぼ突然やってきた。しかし、振り返ってみればそれ以前に水面下で着実に土壌が形成されてもいた。表立ってはスポーツの祭典で沸き立つわが国の足元に、今後も金融リスクのマグマが深く静かに蓄積していく(注3)。こうした状況を認識し、手立てを講じることが、政策的にもビジネス的にも大きな意味を持つ1年になると思われる。

脚注
  1. ^ 金融緩和により利下げを続けると、ある金利水準(リバーサル・レート)を境に、金融機関の利鞘縮小等による収益の悪化が金融仲介機能の阻害を招き、ひいては景気や物価に対して引き締め効果を持つ可能性がある、というのがリバーサル・レートの議論である。
  2. ^ これは日本銀行法でも明確に示されており、「日本銀行は、我が国の中央銀行として、銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うことを目的とする」(第一条)とした上で、「通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」(第二条)と定めている。一方で、「日本銀行は、前項に規定するもののほか、銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資することを目的とする」(第一条第二項)ともしている。
  3. ^ 潜在的な金融リスクを捉えるには様々な指標を多面的にウォッチしていく必要があるが、まずは金融機関(とりわけ地域金融機関)のコア業務純益の減少や信用コストの上昇のテンポを注視することが不可欠である。また、金融市況(長短金利や株価等)のボラティリティも重要な判断材料となる。

2020年1月9日掲載

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