中国経済新論:中国の産業と企業

成功を収めた国有商業銀行改革

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では1997-98年のアジア金融危機をきっかけに、銀行部門の不良債権処理が本格化し、2003年以降、四大国有商業銀行(中国工商銀行、中国建設銀行、中国銀行、中国農業銀行)に加え、交通銀行と国家開発銀行も上場を目指した株式制への再編が進められてきた。改革の第一段階である不良債権処理の狙いは、歴史の負の遺産を清算することであるのに対して、第二段階の株式制への再編の目的は、銀行のコーポレート・ガバナンスの改善を図り、国有商業銀行を真の市場主体に変えていくことである。この戦略が功を奏し、上場を果たした中国工商銀行や中国建設銀行、中国銀行は、時価総額(2009年3月末)ベースで世界の上位三行として浮上している。

一、不良債権の処理から株式制への再編まで

1997年後半、アジア金融危機の勃発後、多くの海外機関や専門家は中国の四大国有商業銀行の不良債権比率が30~50%と推計し、四大銀行は債務超過の状態にあったと見られていた。金融危機の回避を目指し、中国当局は四大銀行の支援を行う決心を固めた。

まず、1998年に、特大型国有企業が制度改革後に上場することが認められ、長らく続いた国有企業の国有銀行に対する資金依存をある程度緩和した。また、同年8月、財政部が2700億元の長期特別国債を発行し、その資金を四大銀行の資本金に充てた。

続いて、国有銀行の改革による痛みと税負担を軽減するために、中央政府は銀行の営業税率を2000年の8%から年間1%ポイントずつ引き下げ、2003年には5%にすることを決定した。この措置では国有銀行の問題を抜本的に解決することはできないが、営業額が大きく利益が少ない四大銀行にとって営業税率の引き下げは負担の大幅な軽減となった。

以上のような支援策は四大銀行の助けにはなったが、銀行の抱えている問題の深刻さから見るとまだ不十分であった。このため、1999年に、財政部の全額出資で四大銀行の不良債権を買い取る金融資産管理公司(AMC)四社(信達、東方、長城、華融)が設立された。AMCは四大銀行の不良債権1.4兆元を簿価で買い取り、その作業は2000年7月にほぼ終了した。AMCは、売却、デット・エクィティ・スワップ、証券化などの手段で四大銀行から買い取った不良債権を処理・回収する。2001年11月に中国人民銀行(中央銀行)の戴相竜総裁(当時)は、AMCの買い取り後も、四大銀行には1.8兆元の不良債権が残っていると発言した。このことは、AMCによる不良債権買い取り前の四大銀行の不良債権規模が3.2兆元と、貸出全体の約4割という極めて高い水準に達していたことを意味する。

2001年12月に中国は世界貿易機関(WTO)に加盟した。その際、外資系銀行に対し、5年以内に完全な市場参入を認めることを約束した。外資系銀行の参入によって、四大銀行が、資金、サービス、人材などの経営にかかわるすべての面において劣位に立たされ、マーケットシェアと利益が低下するなど、経営環境がいっそう厳しくなることが懸念された。

これに対応するため、2003年10月14日の中国共産党第16期中央委員会第三回全体会議(第16期三中全会)で採択された「社会主義市場経済体制を改善する若干の問題に関する決定」では、条件を満たした国有商業銀行を選んで株式制に再編し、不良債権処理を加速し、資本金を充足し、上場の条件を整えることが明確に打ち出された。

さらに、同年10月28―30日に開催された国際金融フォーラムで中央銀行の李若谷副総裁は、国有銀行改革は3段階で進めることを明らかにした。第1段階としては、不良債権問題を解決すること、第2段階として内部管理を改善し、株式会社(股份制公司)に再編し、市場経済に相応しいコーポレート・ガバナンスに従って経営すること、第3段階として条件が備わった時の上場を挙げた。

2003年12月31日に、国務院は、外貨準備から450億ドルを拠出して中国銀行と中国建設銀行に均等に注入した。この二行が先に選ばれた理由は、四大銀行の内中国銀行の自己資本比率が最も高く、中国建設銀行の不良債権比率が最も低いという点にある。

中国銀行と中国建設銀行の大株主として出資者の権利を行使し、投資収益と配当を受け取るのは、財政部、中国人民銀行と国家外為管理局(中国語名「国家外匯管理局」)の共同出資で新設された「中央匯金投資有限責任公司」(中央匯金)である。その後、中央匯金は、外貨準備を原資に、2005年4月に中国工商銀行に150億ドル、2007年12月に政策銀行から商業銀行への転換を目指す国家開発銀行に200億ドル、そして2008年11月に中国農業銀行に190億ドルに上る資本を注入した。当初から株式制であり、四大銀行に次ぐ規模を誇る交通銀行も2004年6月に中央匯金から30億元の資本注入を受けた。

さらに、当局は、各行の自己資本比率を高めるために、自己資本の補完的項目への算入が認められる劣後債の発行を許可した。2004年から2005年にかけて、中国工商銀行、中国建設銀行、中国銀行、交通銀行の四行は計1470億元に上る劣後債を発行した。当局による資本注入と市場での劣後債の発行で得られた資金の一部は、不良債権処理に充てられた。

不良債権処理に目処がついたことで、2004年8月に中国銀行が「中国銀行股份有限公司」に、また同年9月に中国建設銀行が「中国建設銀行股份有限公司」と「中国建銀投資有限責任公司」に再編された。続いて、2005年10月に工商銀行、2009年1月に中国農業銀行も、財政部と中央匯金の共同出資の株式会社として再出発した。

二、戦略的投資家の導入から株式上場まで

株式会社への再編を経て、上場に向けた各行の改革の重点は、海外から戦略的投資家を誘致することに移った()。その狙いは、資本力だけでなく、経営面とガバナンスの両面を含む総合的実力を高めることである。一方、海外の金融機関も、四大銀行との資本提携を通じて中国市場への参入を目指しており、四大銀行に対する出資が相次いだ(表1)。

表1 戦略的投資家導入後の各銀行の株主構成
表1 戦略的投資家導入後の各銀行の株主構成
(出所)各行の年次報告書と上場目論見書より作成

2004年8月に交通銀行は香港上海銀行(HSBC)を唯一の海外の戦略的投資家として迎えた。HSBCは交通銀行の19.9%の株を取得し、中国銀行業に投資する外資系金融機関の内、持ち株比率が最も高い銀行になった。続いて2005年に、バンク・オブ・アメリカおよびテマセクはそれぞれ中国建設銀行の9.0%と5.1%の株を取得した。また、ロイヤルバンク・オブ・スコットランド(RBS)、UBS、アジア開発銀行、テマセクは合わせて中国銀行の16.19%の株を取得した。さらに、2006年に、ゴールドマンサックス、アリアンツ、アメリカン・エクスプレスは総額38億ドルを投じ、中国工商銀行の株全体の8.44%を取得した。

国有商業銀行改革の最も重要なステップは、市場による監督を受けるべく、国内外の資本市場へ上場することである。交通銀行は四大銀行より一歩先に、2005年6月に香港市場に上場した。四大銀行の中で、まず、中国建設銀行が2005年10月に香港市場に、その後、2007年9月に上海市場にも上場した。続いて、中国銀行は2006年6月と7月に香港と上海市場に相次いで上場した。中国工商銀行も2006年10月に香港と上海市場に同時上場した。それによって調達された金額は219億ドル(うち、香港は160億ドル、上海は59億ドル)に上り、1998年のNTTドコモの181億ドルを抜いて、IPO(新規上場)として史上最大規模となった。残りの中国農業銀行も上場に向けて準備を進めている。

国有商業銀行の株式上場の狙いは、資金調達よりも、所有者の分散化を通じて銀行の経営を根本的に変えていくことにある。中国人民銀行の周小川総裁が指摘しているように、「株式制による再編および上場のために、国有商業銀行は上場会社の情報開示という要件を満たさなければならない。上場は公衆による監督を実現するための必要条件を作り出す。したがって、政府による資本注入の意義は、単に銀行の貸借対照表を改善するだけではなく、貯蓄が効率よく利用される新しい金融仲介メカニズムを確立することにある。本質的に考えれば、上場など十分な外部的圧力をかけることを通じて初めて、コーポレート・ガバナンスの確立と改善が可能になる。それにより、旧来の官僚的な経営方式が断ち切られ、商業銀行改革の成功が保証されるのである。」(「国有商業銀行改革を巡るいくつかの問題」、『金融時報』、2004年5月31日)。

国有商業銀行改革の行き着くところは、株式上場にとどまらず、政府が所有と経営から段階的に撤退することを意味する民営化であろう。四大銀行の株式制への再編と株式上場はあくまでもそれに向けた第一歩に過ぎない。それにより、銀行の内部にルール化されたコーポレート・ガバナンスのシステムが形成されたとしても、銀行における実際のインセンティブ・システムと監督管理メカニズムが有効に機能するとは限らない。取締役会、監査役会、株主総会と管理機構の形がすべて整った企業に様変わりしたとしても、政府が引き続き最大の株主として銀行を支配すれば、従来の問題は解決されないだろう。そのため、四大銀行が株式上場を果たした後は、民営化を視野に国有資本を減らしていくことが望まれる。

三、世界のトップ銀行に変身

株式制改革が始まってから、国有商業銀行は国際基準に合わせて、コーポレート・ガバナンス面の改善と経営体制の転換を図りながら、内部監査とリスク管理体制の構築を通じて、サービスや効率を向上させてきた。

これらを反映して、株式制改革と上場を経た国有商業銀行は財務指標、ひいては収益力とリスクへの管理能力が急速に改善してきた(表2)。2003年と比べて、2008年の各行の自己資本比率は大幅に上昇している一方で、不良債権比率は大幅に低下している。各行の税引き前の利益も大きく改善している。

表2 大幅に改善した株式制改革後の国有商業銀行の財務指標
表2 大幅に改善した株式制改革後の国有商業銀行の財務指標
(出所)中国人民銀行『中国金融穏定報告2009』

2008年9月以降の米国発の金融危機を受けて、日米欧の大手銀行の株価が軒並み急落する中で、2009年3月31日現在、時価総額を基準とする世界の銀行ランキングにおいて、中国工商銀行(1879億ドル)、中国建設銀行(1332億ドル)、中国銀行(1152億ドル)が上位三位を占め、第四位のJPモルガン・チェース銀行(999億ドル)と香港上海銀行(974億ドル)を大きくリードしている(表3)。2008年の税引前利益を基準にしても、中国工商銀行は第一位、中国建設銀行は第二位、中国銀行は第四位にランクされている。

表3 世界の上位を占める中国の銀行
表3 世界の上位を占める中国の銀行
(出所)時価総額は"FT500 Companies" FT.com(http://www.ft.com/multimedia/interactive)、2009年5月29日、税引き前利益は"Top 1000 World Banks 2009," The Banker, July 2009より作成

このように、株式制への再編と株式上場を中心とする国有商業銀行改革は、大成功を収めたのである。

2009年9月3日掲載

脚注
  • ^ 「国有商業銀行のコーポレート・ガバナンスおよび関連監督管理ガイド」(中国銀行業監督管理委員会、2006年4月18日付)では、戦略的投資家の導入に関する基準として、①戦略的投資家の持ち株比率は5%を下回らないこと、②戦略的投資家の出資期間は、出資日より3年以上とすること、③戦略的投資家は取締役を派遣、高級管理職も出向させ経営管理の経験を伝授すること、④戦略的投資家は、豊富な金融業の管理経験、管理技術、協力の意向を有していること、⑤商業銀行を含む戦略的投資家が国有銀行に投資する場合は、投資対象の国有商銀数は二行までとすること、を挙げている。
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2009年9月3日掲載