中国経済新論:中国の経済改革

国有商業銀行改革の現状と課題(第4節/全4節)

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

4.国有銀行の上場に向けて

不良債権の処理と並ぶ金融改革の最重要課題として、当局は四大銀行の(海外での)株式上場を挙げている。その狙いは、銀行の資金調達のチャンネルを広げることに加え、市場経済に適したコーポレート・ガバナンスを確立することである。

1)国有商業銀行改革の目標と構想

国有商業銀行が抱えている問題を解決するためには、四大銀行を現代的商業銀行の要件を満たすように総合的な改革を進めなければならない(李忠林・中国人民銀行会計財務司、「国有商業銀行の総合改革について」、『金融会計』、2004年第3期)。この考え方の下で当局側は国有商業銀行の改革目標として、株主構成と株主権利の多元化、コーポレート・ガバナンスの規範化、行政機能と企業機能の分離(政企分離)、経営の安定化、さらには合理的な管理システムの確立を挙げ、最終的には高い効率性と収益性、強い国際競争力を持つ近代金融企業になることを狙っている。

株主構成と株主権利の多元化とは、国有商業銀行の所有者が国だけである現状から株式制への改革を実行することである。様々な株主のいる株式会社へ変わることで、株主総会、取締役会および監査役会が有効に機能する「規範化されたコーポレート・ガバナンス」を構築することを促す狙いがある。また、行政機能と企業機能の分離とは、国有商業銀行の経営や貸出への行政の干渉や天下りをなくすことを意味している。

安定した経営とは、厳格なリスク管理に基づいて不良債権を減らし、健全な発展を目指すことである。その基盤ともなる合理的な管理システムとは、科学的・民主的な意思決定、厳格な内部制約、従業員の士気向上を実現するシステムのことである。もちろん、安定的な経営と合理的な管理システムを実現するためには経営コストと経営収益をより厳密に計算することが基本となる。この目標に沿って、当局は国有商業銀行の改革における具体的な構想として以下の七つを挙げている。

(1)早急な資本の充実とリスク回避能力の増強
引き続き財政による資本注入を行い、自己資本比率8%以上を維持する。さらに長期金融債券の発行を認め、国有商業銀行の他人資本を増加させ、長期的な資金源を確保する。

(2)株式制改革による株主構成と株主権限の多元化、分散化、合理化
国が大株主となる株式制商業銀行へと変更させ、その後内外での上場を目指す。ただし、少数株主が増えすぎて経営監視のインセンティブを誰も持たない状況を防ぐために、ある程度の集中を維持する。最終的には市場の発展と法律の整備にあわせて、政府の持株を減らす。

(3)規範化されたコーポレート・ガバナンスの構築
当局は株式制改革が実現された後に、コーポレート・ガバナンスの構築を加速させ、株主総会、取締役会、監査役会および経営管理層におけるそれぞれの権利と責任を明確にする。また、国際基準を満たす会計制度や透明度の高いディスクロージャー制度も整備する。

(4)リスク管理の強化と貸出資産の健全化
融資リスクの厳格な管理と不良債権の削減のために、貸出債権5分類の実施を通して、貸出に対する事前審査と事後モニタリングの体制を強化する。貸出先が大手国有企業へ偏る傾向を見直し、中小企業や民営企業へ積極的に貸出を行う。また、銀行内部の制約メカニズムの改善によって貸出と貸し倒れ処理におけるモラル・ハザードの発生を防ぎ、不良債権の発生を事前に抑える。

(5)不良債権処理の加速
貸倒準備金を十分に確保し、貸し倒れへの対応能力を高め、不良債権の処理を急ぐ。ただし、財政負担が重いことや、銀行のモラル・ハザードを招くことから見て、既存の不良債権を資産管理会社に分離して解決を図る方法を止め、国有商業銀行自身の力で対応すべきである。

(6)効率性と収益性の向上
仲介業務の開拓、新しいサービスの提供などの非金利収益の増加を図る。さらに支店の統合や余剰人員のリストラを行い、経営管理のコストを減らす。

(7)外部からの管理監督の強化
第一には、金融監督の法律の整備を通じて、銀行に対する管理監督制度を改善する。第二には、海外の先進的な評価方法を導入して商業銀行の評価方法を改善し整備する。国有商業銀行の経営管理に対しては定期的に評価を行う必要もある。第三は、監査業務を世界でも有名な会計事務所に委託するなど外部監督を強化する。第四は、預金保険制度を創設し、預金者利益の保護と商業銀行の経営活動に対する監督強化を図る。

2)株式制銀行への再編(注4-1

2002年には全国金融工作会議において、国有商業銀行改革を加速する方針が明確に打ち出された。これを受けて、2003年末、国務院はまず中国銀行、中国建設銀行に株式制改革を試行することを決定した。その主な内容は、上述した現代的商業銀行の要求に基づき、規範化されたコーポレート・ガバナンス構造と内部の責任と権利制度を確立し、財務の再編を行い、不良債権を処分し、資本金の充実を速め、両銀行を一流の現代的金融企業に変身させることになっている。この決定に伴い、二つの銀行に総額450億ドルの資本を注入した。中国は3年をかけて、この二行を現代企業制度に合うような国際的に優れた株式制商業銀行に再編すると明言した。ここから、国有商業銀行の株式制再編の実践が始められた。

株式制への再編に向けて、銀行業監督管理委員会(銀監会)は「中国銀行、中国建設銀行の企業統治改革および監督管理指針」(2004年3月11日より施行)を公布した。「指針」は、二行が3年間で国際競争力を持つ近代的な株式制商業銀行に転換するという目標を掲げ、改革の具体的な10項目と七つの財務面での数値目標を打ち出した(表4)。さらに、銀監会の劉明康主席によれば、改革は、(1)不良債権処理、(2)非国有の株式会社への再編、(3)国内外の戦略的投資家の資本参加、(4)株式の上場、(5)経営メカニズムの改善、(6)政府の投資回収・株式売却、という6段階で進められる。

表4 中国銀行と中国建設銀行の改革指針
表4 中国銀行と中国建設銀行の改革指針
(出所)中国銀行業監督管理委員会より作成

まず、第一段階の不良債権処理として、2004年6月21日に、二行は資産管理会社に合計2,787億元の不良債権を売却した。不良債権の資産管理会社への移管は、99年の1兆4000億元(四行)、2004年5月の約1,970億元(中国銀行1,400億元、建設銀行569億元)に次いで三度目である。今回の処理の特徴は、(1)行政部門による審査認可のプロセスではなく、資産管理会社4社(信達、長城、東方、華融)が参加する入札方式によったこと、(2)すべてが、簿価ではなく市場価格によって譲渡されたこと、であり、市場メカニズムを重視していることがわかる。こうした努力の結果、2002年末に25%を超えた四大銀行の不良債権比率は2004年9月には15.7%まで下がっている。

第二段階の株式会社への再編・戦略投資家の資本参加として、2004年8月26日に、中国銀行が「中国銀行株式会社」に再編され、戦略的投資家を探し始めた。中国建設銀行についても、9月21日に、「中国建設銀行株式会社」と「中国建設銀行集団有限会社」に分離・再編された。

国有銀行の上場に向けた今回の改革の特徴は以下に挙げる通りである。まず、1998年に四大銀行に2,700億元の資金注入を行った際と比較すると、1998年は自己資本の充足が目的であったのに対して、2003年末の資金注入においては、政府全額出資の「中央匯金投資有限責任公司」(以下、中央匯金)が新設され、中央匯金を通して二行に資金を注入する形をとることで中央匯金が二行への出資者として改革状況を監督する立場となった。資本注入を銀行の経営メカニズムの改善努力に結びつけたわけである。実際、2004年8月に株式制に再編された中国銀行は、中央匯金が100%の株式を保有する形となっている。また、中国建設銀行の分離・再編に際しても中央匯金の他、国内企業数社が発起人として参加した。二行とも、今後、中央匯金の保有株式の一部を海外戦略投資家に売却する予定で、これにより株主構成を多様化させ、さらには株主によるコーポレート・ガバナンスの強化を目指している。

他の二行、中国工商銀行と中国農業銀行についても、今後、資本注入や株式制再編の措置がとられると予想される。改革の流れは基本的に中国銀行と中国建設銀行と同様と見られるが、再編や上場先など具体策については、各々の銀行の状況に応じ異なる手法が使われること(いわゆる「一行一策」)になろう。

3)四大銀行の株式上場は成功するか

このように、国有商業銀行改革は、不良債権処理や自己資本強化の段階から株式制再編の段階に移り始めた。しかし、上場を実現するまでにはまだ多くのハードルを乗り越えなければならない。現に、中国銀行の李礼輝頭取は2004年8月に同銀行が株式制へ移行する際の記者会見で「経営の質が上場企業の標準に達する必要がある」ことを理由に、上場の予定は最も早い場合でも2005年後半になるという見通しを明らかにした。

「経営の質が上場企業の標準に達する」ためには、銀行は投資家が期待する利益率を上げる能力――すなわち、北京大学の林毅夫教授のいう「自生能力」――を持たなければならない。現在、四大銀行は、膨大な人員と多額の不良債権を抱えている。繰り返される公的資金による不良債権の処理と資本強化にもかかわらず、その従業員一人当たり経常収益と総資産収益率(ROA)はいずれも非常に低い水準に留まっている。その経営の脆弱さは、国内においても強い競争相手となりつつある世界トップの銀行と比較すれば明らかである(表5)。政府からの政策面と資金面の支援がなければ、四大銀行は、利益を上げるどころか、もはや債務超過の状況に陥っているはずである。

表5 依然として大きい四大銀行の世界のトップバンクとの格差
表5 依然として大きい四大銀行の世界のトップバンクとの格差
(出所)2004 Global 500, Fortune, July 26, 2004

他の国有企業と同じように、国有商業銀行も「所有者不在」という問題に直面している。多くの国有企業は、株式制に転換し、さらに上場を果たした後も、監督者も経営者も政府に任命される官僚のままである。ゆえに、現代企業制度の求める株主総会、取締役会、監査役会が形式上できたとしても、これらと経営者の間の相互制約メカニズムが形成されていない。実際、中国の上場企業の株主資本利益率は年々低下しており、これが株価の低迷をもたらしている。国有企業の資本効率の低さは、非生産関連部門を抱えている政策的負担の影響が大きいとされるが、上場企業の場合は通常母体企業の優良資産を分離して株式会社に改組する方法がとられるため、このような言い訳は通らない。むしろ問題は、企業の上場後も、経営者が少数株主である一般の投資家の利益よりも、自らの利益を優先するような経営行動を取り続けることにある。

したがって、巨額の公的資金の導入によって四大銀行の不良債権比率が一時的に下がってきたとはいえ、不良債権問題がすでに解決済みであると見るのはまだ早計である。銀行自身と主な融資先である国有企業のコーポレート・ガバナンスの欠如という不良債権が発生する原因を断ち切らなければ、いくら公的資金を使って処理に当たっても、新しい不良債権の発生には追いつかない。一方で安易に銀行を援助すれば、モラル・ハザードが助長され、不良債権の増大に歯止めがかからなくなってしまう。その上、中国経済が過熱から調整局面を迎え、借り手である企業の業績が悪化する中で、銀行部門における不良債権の一層の増大が懸念される。さらに、海外市場での上場を実現するためには、対象となる銀行が国内と比べて厳しい国際基準に沿った査定を受けなければならず、不良債権の規模は各行の自己査定より大きくなる可能性が高い。

国有銀行の株式上場の狙いは、所有者の分散化を通じて、銀行の経営を根本的に変えていくことにある。中国人民銀行の周小川総裁が指摘しているように、「株式制による再編及び上場のために、国有商業銀行は上場会社の情報公開という要件を満たさなければならない。上場は公衆による監督を実現するための必要条件を作り出す。したがって、政府による資本注入の意義は、単に銀行の貸借対照表を改善するだけではなく、貯蓄が効率よく利用される新しい金融仲介メカニズムを確立することにある。本質的に考えれば、上場など十分な外部的圧力をかけることを通してはじめて、コーポレート・ガバナンスの確立と改善が可能になる。それにより、旧来の官僚的な経営方式が断ち切られ、商業銀行改革の成功が保証されるのである。」と述べている(「国有商業銀行改革を巡るいくつかの問題」、『金融時報』、2004年5月31日)。

しかし、周総裁が自ら認めているように、その道は必ずしも平坦ではない(参考3)。実際、すでに上場している他の国有企業の経営状況を見ればわかるように、四大銀行も、国が株の大半を支配したまま(「一股独大」)では、コーポレート・ガバナンスの確立は難しいだろう。当局は銀行の株式化に際して、戦略的投資家を誘致して経営の効率化を図ろうとしているが、現状の外資出資比率25%未満という制限の下では、大株主である政府による経営への行政介入という懸念が払拭できない。結局、国有銀行改革の行き着くところは、株式上場にとどまらず、政府の所有と経営から完全に撤退することを意味する民営化であろう。

参考3:周小川・中国人民銀行総裁が語った銀行改革の課題

銀行改革はきわめて困難である。世界の例を見ても、金融体系における改革は他の分野における改革よりきわめて難しい。ショック療法であれ、漸進的な方法であれ、その共通点とは過去の計画経済体制にない市場経済体制のためのメカニズムとそれに合うような法律を作り上げなければならない。しかし、そのようなメカニズムの構築と法律の完備はかなりの時間を必要としている。改革は様々な組織と機関における不備や問題点に直面しなければならない。

まず、銀行・証券・保険・信託・基金などの金融機関自身が抱えている不備のことである。

第二には、金融機関の顧客、とりわけ融資先である企業における改革と成長の問題である。例えば、(ハンガリーの経済学者である)コルナイ(Janos Kornai)によって指摘されたソフトな予算制約の問題や、銀行の顧客の投資理念と判断力の有無などがある。

第三には、体制の整備、目標の明確、人材の確保などを含む金融管理監督機構の構築に時間がかかる問題である。

第四には、会計基準の改革問題である。計画経済体制における会計基準は市場経済体制のそれと異なっている。資本主義国家の会計基準に対する理解が不足し、会計士の資格を持つ人材も足りない状況において、資本主義国家の会計制度をそのまま持ち込んでも効果を上げることは難しい。しかし、改革しながらそれを学ぶことにも問題がある。

第五には、会計事務所や資産評価機関をいかに発展させるかである。これは無から有への過程であり、時間が必要となるばかりではなく、内外の協力も必要である。

第六には、破産法の見直しとその執行の問題である。破産法と破産手続きが不備のままでは融資環境と不良債権問題の改善が期待できないため、それにかかわる立法・司法・行政における改革を急がなければならない。

第七には、税収改革と公共財政の役割の強化である。個人と会社を制約するために、各レベルの財政が自らソフトな予算制約の問題を解消し、財政支出の規範化を図るために努めなければならない。

第八には、リスク管理システム構築の問題である。金融分野において、リスク転換とリスク回避の市場システムを作り上げなければならない。

第九には、機関投資家の成熟と成長である。機関投資家が成熟すれば、資本市場の発展と金融商品の開発も促進されるはずである。

上述した問題を解決するためには、かなりの時間が必要であろう。これらの問題をクリアしないうちに、銀行の不良資産が低い水準に抑えられ、資本市場が整備されるというような考えは非現実的である。これらの問題が順調に解決されるように期待しているが、あまりにも理想的であるように思っていない。金融改革と問題の解決は互いに関連しており、互いに促進し合っている。

2005年2月18日掲載

脚注
  • ^ (注4-1)本節を作成するに当たり、野村証券金融経済研究所の李粹蓉氏の協力を頂いた。
出所

周小川、「国有商業銀行改革を巡るいくつかの問題」、『金融時報』、2004年5月31日)

2005年2月18日掲載