Ⅰ.はじめに
2025年2月17日に北京で開催された「民営企業座談会」(以下、座談会)には、習近平総書記が出席し、中国を代表する民営企業家が一堂に会した(注1)。座談会は、民営企業家の投資意欲を高めるとともに、民営企業が半導体や、AI、新エネルギー、ロボティクスといったハードテック分野において、技術革新の担い手になったことを示す場となった。本稿では、参加企業の特徴と習近平総書記の講話要旨を分析し、技術革新における民営企業の役割と今後の展望について検討する。
Ⅱ.参加企業の特徴と構成
今回の座談会には31名の民営企業家が招かれ、その中には、半導体や、AI、新エネルギー、ロボティクスといったハードテック企業の創業者が多く含まれている。発言の機会を与えられた6名の民営企業家の内、5名はハードテック企業(ファーウェイ、比亜迪、上海韋爾半導体、宇樹科技、小米)の代表であった。このことから、最先端の産業分野における技術革新を重視する中国政府の姿勢が読み取れる。
厳しさを増す米国による技術封鎖やグローバルサプライチェーンの不安定化を受けて、中国は戦略的に重要な分野における自国技術の開発に注力している。政府は、産業政策の一環として、「中国製造2025」や「第14次五ヵ年計画(2021−2025年)」を通じて、ハードテック産業を重点的に支援している。その成果は、今回の座談会の参加企業の構成にも反映されている。
ハイテク企業のほかに、食糧安全に関わる農業企業(新希望、飛鶴乳業、牧原食品など)やサイバーセキュリティ分野の企業(奇安信)が招かれた。これは、中国政府が国家安全保障を重視する方針を反映している。その一方で、出席者の中には、住宅バブルの崩壊を受けて深刻な不況に陥っている不動産開発企業の代表がいなかった。
創業して間もないベンチャー企業の躍進を受けて、1980年以降生まれの若手企業家5名もこの座談会に招かれた。これは、中国政府がベンチャー企業に期待していることの表れであろう。
参加企業の地域構成を見ると、浙江省(6社、うち杭州は5社)、広東省(5社、うち深圳は4社)、北京市に本社を置く企業が多数を占めている。中でも、アリババの本拠地であり、民営企業が主導するハイテク産業の集積地として台頭する杭州が特に注目されている。
Ⅲ.主要な参加企業家とその意義
この座談会に参加した31名の民営企業家の中で、特に以下の6名が注目されている。
- ①ファーウェイ(Huawei)創業者・任正非
ファーウェイは、米中対立の最前線に立ち、米国の制裁にも耐えながら、自社開発による技術革新を続けている企業である。任正非氏の出席は、中国政府がハイテク産業を支援する意思を示すものと受け取られた。 - ②比亜迪(BYD)董事長・王伝福
BYDは新エネルギー車およびバッテリー技術の分野で世界的なリーダーであり、中国のグリーンエネルギー戦略の推進役となっている。同社の王伝福氏の出席は、政府がBYDを国家戦略の成功例として高く評価している証拠と言えよう。 - ③宇樹科技(Unitree Robotics)創業者・王興興
宇樹科技はロボット技術を開発し、産業応用の拡大を進めている。王興興氏は、唯一の1990年代生まれの企業家として出席した。そこには、若手起業家を積極的に支援し、次世代技術を発展させるという政府のメッセージが込められていると見られる。 - ④寧徳時代(CATL)董事長・曾毓群
CATLは新エネルギー車向けバッテリー市場で圧倒的なシェアを誇り、エネルギー技術の向上を牽引している。曾毓群氏の出席は、中国政府が新エネルギー産業を戦略的に重視し、持続可能な技術革新を支持することを示している。 - ⑤DeepSeek創業者・梁文鋒
DeepSeekの梁文鋒氏は、中国のAI産業発展の象徴として注目を集めた。同社は大規模言語モデル(LLM)の開発において大幅なコストの削減を実現し、中国が目指す技術自立の重要な一角を担っている。梁文鋒氏の出席は、中国政府がAI技術を国家戦略の中核と位置づけ、この分野での国際競争力強化を重視していることを示している。 - ⑥アリババ創業者・馬雲の再登場
出席者の中で最も注目を集めたのは、アリババ創業者の馬雲氏であった。彼はアリババから分社化されたアントグループの新規株式公開(IPO)が中止となった2020年11月以降、公の場から遠ざかっていた。今回の座談会への出席は、政府が民営企業に対する姿勢を、規制強化から支援へと転換することを示すシグナルだと受け止められた。
Ⅳ.習近平総書記の講話の要旨
習近平総書記は、座談会で民営企業の重要性とその発展を支持する方針について、講話を行った。
まず、「公有制経済を揺るぎなく強化・発展させ、非公有制経済を揺るぎなく奨励・支援・指導する」という「二つの揺るぎない」方針を改めて強調した。その上、民営経済が発展する余地が広がり、民営企業と企業家が活躍する「絶好の時期」が到来していると述べた。
次に、民営経済が直面している困難や課題については、中国経済の産業構造の転換と高度化の過程で生じる一時的な問題であり、官民協力で必ず乗り越えることができるという見解を示した。
そして、民営経済の発展を促進するために、党中央の方針を厳格に実行し、生産要素の平等な使用や市場競争を妨げる各種の障壁を取り除くことが重要であると強調した。民営企業の資金調達の難しさや未払い債務の回収問題を解決し、政府による過度な監督・罰金・検査を減らし、民営企業と企業家の権利保護を強化する姿勢を明確にした。
最後に、民営企業家に対して、創業精神と愛国心を持って事業に取り組むよう呼びかけた。また、専門性と優秀さを発揮し、社会主義現代化建設に積極的に参加することの重要性を説いた。さらに、民営企業が技術革新に貢献することを期待すると表明した。
Ⅴ.高まる民営企業による技術革新への期待
近年、中国では民営企業への規制が強化され、企業活動の自由度が制限される場面が増えていた。特に2020年から始まったプラットフォーム企業や学習塾への厳しい規制、独占禁止法の適用強化などが市場の不安を招き、民営企業の活力を低下させる要因となっていた。今回の座談会では、政府が民営企業の成長を全面的に支援する姿勢を改めて明確に示したことで、こうした懸念が払拭されると期待されている。
また、今回の座談会において、政府は民営企業の権利保護や公正な経営環境の整備を強化する方針を示した。その狙いは、近年問題となっていた違法な企業摘発や恣意的な取り締まりを是正し、民営企業が安心して事業を展開できる環境を整えることである。すでに「民営経済促進法」の草案が発表されており、企業の財産権や経営権の保護が法律で明確化される見込みである。
さらに、政府はハイテク、中でもハードテック分野における民営企業を支援する姿勢を強めている。これにより、民営企業が技術革新においてますます重要な役割を果たし、経済発展の主力になるという期待が高まっている。「新三様」(新御三家)と呼ばれる中国製の新エネルギー車、太陽電池、リチウムイオン電池が世界市場を席捲しているように、官民の協力により、民営企業の力が発揮されれば、中国における産業の高度化が進み、世界の産業地図が塗り替えられる可能性がある。
野村資本市場研究所『中国情勢レポート』No. 25-01、2025年3月17日からの転載