中国経済新論:実事求是

中国における民営企業への規制強化
― アントグループとディディの事例を中心に ―

関志雄
経済産業研究所

Ⅰ.株式市場を震撼させた一連の出来事

中国では、企業への規制強化を受けて、2020年11月以降、株式市場を震撼させた出来事が相次いで起こった。

  • 2020年11月に予定されていたフィンテック最大手のアントグループの新規株式公開(IPO)が実施の直前に延期となった。
  • 2021年4月に、電子商取引最大手のアリババグループが独占禁止法違反に問われて約3,000億円に上る罰金を科された。
  • 2021年7月2日に、インターネット規制当局は、ニューヨーク証券取引所に上場したばかりのオンライン配車サービス最大手のディディ(滴滴出行)について、国家安全上の問題があるとして審査を始めると発表した。
  • 2021年7月6日に、中国共産党中央弁公庁と国務院弁公庁が、証券犯罪を厳格に取締まるとともに、国家安全の観点から国境を越えた証券監督を強化するという方針を発表した(注1)。
  • 2021年7月24日に、中国共産党中央弁公庁と国務院弁公庁が義務教育を受ける小中学生向け学習塾の非営利化と株式上場による資金調達禁止という方針を発表した(注2)。
  • 2021年8月3日に、国営新華社通信の系列の『経済参考報』は、オンラインゲームを「精神的なアヘン」だとして批判した。続いて、国家新聞出版署は8月30日に、すべてのオンラインゲーム企業は、金曜日、土曜日、日曜日および法定休日の20時~21時の1時間以外に未成年にサービスを提供してはならないと発表した(注3)。

規制強化の企業業績への影響が懸念される中で、塾運営など教育サービスを手掛ける新東方教育科技や、オンラインゲーム最大手のテンセントを含む関連企業の株価が急落し、海外投資家の中国株への投資意欲は減退した。現に、ソフトバンクグループは当面、新規投資を控える方針を示した。

政府による一連の規制強化の対象になっているのは、すべて民営企業である。ここでは、アントグループの上場延期とディディを対象とする安全審査に焦点を当て、規制強化の背景と影響について検討する(注4)。

Ⅱ.企業に対する規制強化の背景

中国政府が、民営企業への規制強化を図るようになった背景には、「先富論から共同富裕論へ」という発展戦略の転換や、「国進民退」(国有企業のシェア拡大と民営企業のシェア縮小)に象徴される市場化改革の後退、そして安全保障の強化などがある。

1.「先富論から共同富裕論へ」という発展戦略の転換

計画経済の時代の平等主義に伴う弊害を打破すべく、鄧小平氏は「先富論」を旗印に、平等よりも効率を優先させる改革開放を押し進めた。40年余り経った今、総じて国民生活は改善されてきたが、所得分配がますます不平等になってしまっている。このことは、社会の安定、ひいては持続的発展を脅かしかねない要因になってきている。

貧富の格差の是正を通じて、安定的かつ持続的成長を達成するために、2012年11月の中国共産党第18回全国代表大会を経て誕生した習近平政権は、「共同富裕」を経済発展の目標として前面に掲げるようになった。同政権の下で、中国は貧困人口約1億人を全て貧困から脱却させ、国際連合の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の貧困削減目標を10年前倒しで実現した(注5)。

しかし、中国は、このような成果を挙げながらも、地域の間、都市部と農村部の間、各所得層の間の格差が依然として大きい。これが市場化改革が行き過ぎた結果なのか、それとも市場化改革が不十分な結果なのかについては、意見が分かれているが、習近平政権は、前者の認識に立って、それまでの市場化路線を見直し、政府による統制強化を図るようになった。

特に近年、「市場化」という名の下で進められている教育改革、医療改革、住宅制度改革の結果、教育、医療、住宅という三分野における国民の負担が重くなった。かつては帝国主義と封建主義、官僚資本主義が「三座大山」と呼ばれ、これを打倒することが中国における共産主義革命の大義名分であった。これに因んで、現在、教育、医療、住宅は、「新しい三座大山」と呼ばれている。

これらの問題の解決は、国民の生活の改善だけでなく、育児負担の軽減を通じて、出生率の上昇に寄与すると期待されている。政府は、その対策として、規制などを通じて、市場への介入を強化する必要があると認識している。2020年12月16日に開催された中央経済工作会議において、「独占禁止の強化と資本の無秩序な拡張の防止」を2021年の八つの重点課題の一つとして掲げた。

また、「共同富裕」を実現すべく、2021年8月17日に開催された中国共産党中央財経委員会第10回会議では、「高所得への規制・調整を強化するとともに、法に沿った所得を守り、過度な所得を合理的に調整し、高所得層と企業に社会への還元を増やすよう促す」という方針が示された。市場主導の「一次分配」と政府主導の「二次分配」に加え、道徳に誘導される「三次分配」(民間による寄付、公益事業)が強調されている。政府の呼びかけに呼応する形で、テンセントやアリババをはじめ、大手民営企業は、相次いで巨額の資金を拠出して公益事業に充てると発表している。

2.「国進民退」に象徴される市場化改革の後退

長い間、民営企業は「所有制」の違いによる差別を受け、市場競争において不利な立場にある。具体的には、一部の分野は、国有企業によって独占され、民営企業にとって参入障壁が極めて高い。また、国有企業は政府から赤字補填などの財政・金融支援を受けるが、民営企業はその恩恵を受けていない。さらに、国有企業は安いコストで、土地や資金などの生産要素を入手できるのに対して、民営企業はより高いコストを負担しなければならない。最後に、現行の法制度では民営企業の財産権に対する保護は、国有企業の財産権に対する保護よりも弱い。法律とその運用においても、民営企業と国有企業の扱いは平等ではない。

その一方で、「石を探りながら川を渡る」という鄧小平氏の言葉に象徴されるように、中国政府は、改革開放を推進するに当たり、規制よりも試行錯誤を先行させるというスタンスを取ってきた。特にデジタル・エコノミーのような新しい分野においては規制が相対的に緩いため、チャレンジ精神が旺盛な民営企業は、これを大きなビジネスチャンスとしてとらえ、急成長を遂げた。2021年版の「フォーチュン・グローバル500」には、中国企業(香港と台湾を含まない)は132社がランクインしているが、その中で、97社の国有企業に加え、35社の民営企業が含まれている(図表1)。

図表1 「フォーチュン・グローバル500」における中国の国有企業と民営企業の数の推移
図表1 「フォーチュン・グローバル500」における中国の国有企業と民営企業の数の推移
(注)本土のみ、香港と台湾の企業を含まない。
(出所)"Fortune Global 500"(各年版)、Fortuneより筆者作成

しかし、近年、市場化改革が停滞していることを背景に、民営企業の経営不振が目立つようになった。国有企業または国有投資会社が経営困難に陥っている民営企業に出資する形で救済する案件が相次いでおり、「国進民退」の傾向が鮮明になった。

政府は規制強化や出資などを通じて、民営企業へのコントロールを強化しようとしている。経済だけでなく、社会と国家安全保障面においても民営企業の一層の貢献を求めている。

3.安全保障の強化

中国では、新型コロナウイルス感染症の流行を受けて、2020年の実質GDP成長率は1970年代末に改革開放に転じてから最も低い2.3%に落ち込んだ。これをきっかけに、政府は、中国が直面している様々なリスクを重く見るようになり、「安全」を発展の前提条件として捉えるようになった。

第14次五ヵ年計画の「要綱」(2021年3月)では、「安全保障」が優先課題として位置づけられており、「安全」という言葉は177回も使われている。従来の「革新」、「協調」、「グリーン」、「開放」、「共有」に加え、「安全」は今回の五ヵ年計画を策定する際の六つ目の理念になっていると言っても過言ではない。

ここでいう「安全保障」とは、国防を超えて、経済・金融、対外関係、食糧(量と質とも)、エネルギー・資源、サイバー空間、公衆衛生・医薬、自然災害、原子力の利用など、広範囲を対象としている。

米中摩擦が激化する中で、経済安全保障の強化の一環として、金融やデジタル経済において強い力を持つようになった民営企業への統制強化が欠かせないと政府は判断している。

Ⅲ.金融規制強化の対象となったアントグループ

近年、中国におけるフィンテックの発展は、金融サービスを受けられる対象の拡大と資金配分の効率の向上に寄与している一方で、金融監督に新たな課題をもたらしている。(フィンテック企業の功罪についてはコラム1参照)。政府は、金融システムの安定の維持を目指して、アントグループをはじめ、フィンテック企業への取締りを強化している。

1.フィンテック企業のリーダー格としてのアントグループ

アントグループの前身は2004年にアリババがネット通販のオンライン決済のために立ち上げたアリペイ(支付宝)であった。同社は2014年にアントフィナンシャルとして正式に設立され、2020年6月に現在の社名に変更した。アリペイは、中国で10億人を超えるユーザー、8,000万件を超える商店および2,000社を超える金融機関とつながり、世界最大の金融プラットフォームとなっている。

急成長の勢いに乗って、アントグループは、2020年8月25日に中国版ナスダックと呼ばれる上海証券取引所の「科創板(スター・マーケット)」と香港証券取引所にIPOを申請した。許可を経て、2020年11月5日に実施し、調達金額は、370億ドルと、IPOとして史上最大の規模になる予定だった。

両取引所に提出した目論見書によると、アントグループの収入源は、①デジタル決済と事業者サービス(主力商品は「アリペイ」)、②デジタル金融プラットフォーム、③イノベーション事業とその他の三事業からなっている。2020年1-6月期では、それぞれ、総売上の35.9%、63.4%、0.8%を占めた。その内、デジタル金融プラットフォームは、小口貸付(主力商品は「花唄」、「借唄」)、資産運用(主力商品は「余額宝」というMMF)、保険の三種類の業務によって構成されており、それぞれ総売上の39.4%、15.6%、8.4%を占めた。デジタル金融プラットフォームの一部である小口貸付の売上だけでも、すでに本業であるデジタル決済と事業者サービスの売上を上回っている。

また、2020年6月30日までの一年間で、約5億人のユーザーが小口貸付プラットフォームを通じて消費者ローンを利用した。2020年6月30日時点で、アントグループ経由で成約した消費者ローンの残高は1兆7,320億元であった。それと同時に、アントグループは、小口貸付業務の一環として、アリババが運営する淘宝(タオバオ)や天猫(Tmall)などの電子商取引プラットフォームの加盟店や、アリペイを利用するオフラインの加盟店などの零細・小規模事業者向けの貸付サービスも提供しており、その残高は4,217億元に上った。

当初、アントグループは小口貸付を自己資金で賄ったが、融資規模が拡大するにつれて、小口貸付債権を束ねた資産担保証券(ABS)を大量に発行し、投資家に販売した。金融監督当局は、これに歯止めをかけようと、2017年12月1日に、小口貸付業者を対象に、ABS発行への規制を強化した。これを受けて、アントグループはABSの発行を大幅に減らしたが、資金の大半を提携する金融機関に提供してもらう「共同融資」の形で融資を増やし続けた。共同融資では、アントグループの収入は、主に提携金融機関から得る技術サービス料である。2020年6月時点で、アントグループが仲介した小口貸付の内、98%は提携金融機関が提供する資金またはABSの発行によって賄われていた。アントグループが自らリスクを負わなければならないのは、残りの2%だけであった。

2.延期となったアントグループのIPO

金融監督当局は、自己資金より遥かに巨額の融資を仲介しているアントグループのレバレッジの高さを問題視しており、これが金融システムの不安定要因になることを警戒し、規制を強めている。これを背景に、アントグループは2020年11月5日に予定されていた香港証券取引所と上海証券取引所の「科創板」への同時重複上場が直前になって延期に追い込まれ、組織再編を余儀なくされた。

アントグループの上場延期の発端は、2020年10月24日に、その創業者の馬雲(ジャック・マー)氏が上海で開催された外灘金融サミットで行った演説に遡る。演説の中で、馬氏は、金融監督の枠組みとなるバーゼル合意がリスク管理ばかり強調し、金融イノベーションの妨げになっていると批判した上、銀行のように担保を取って融資を行うという質屋の発想を変え、情報技術を生かした金融システムを構築すべきであると論じた。

この演説が議論を巻き起こした中で、2020年11月2日に、中国人民銀行、中国銀行保険監督管理委員会、中国証券監督管理委員会、国家外為管理局が、馬雲氏とアントグループの幹部に対し、監督上の指導を行った。同日深夜に、中国銀行保険監督管理委員会と中国人民銀行が合同で「インターネット小口貸付業務管理暫定弁法(意見募集稿)」を発表した。そこに盛り込まれている新しいルールが実施されれば、アントグループは、提携金融機関との共同融資の案件において、貸付額の30%以上の資金を提供しなければならなくなり、小口貸付業務を維持するために、大幅な増資が必要になってくる。その分だけ、資金調達のコストが高くなり、収益性は悪化せざるを得なくなる。

これを受けて、上海証券取引所は、アントグループが監督上の指導に呼び出されたことや、規制を巡る環境に「大きな変化」があったとして、同社の上海証券取引所の「科創板」へのIPOを延期することを発表した。同日、アントグループは香港でのIPOも延期すると発表した。

2020年12月26日に、中国人民銀行をはじめとする金融監督当局はアントグループに対し、二回目の監督上の指導を行った。具体的に、①コーポレート・ガバナンスの仕組みが不健全である、②法令遵守の意識が希薄で、監督・管理要求を軽視している、③市場での有利な立場を利用し、競合他社を排除している、④消費者の合法的権益を侵害しているなど、経営上の問題を指摘した。その上で、①本業である決済業務に回帰し、取引の透明性を高め、不正な競争を行わない、②法律・法規に沿った個人信用調査業務を行い、個人情報を保護する、③法に基づき金融持株会社をつくり、監督・管理要求を厳格に実行し、自己資本の充足と関連取引の合規性を確保する、④コーポレート・ガバナンスを改善し、違法行為に当たる信用貸付や保険、資産運用などの金融活動を厳格に是正する、⑤法律・法規に基づき証券・ファンド業務や資産証券化業務などを行うよう、改善を求めた。2021年4月12日に行われた三回目の監督上の指導において、これらの要求のより具体的内容が明らかになった(図表2)。

図表2 2021年4月12日に金融監督当局が行ったアントグループに対する指導の内容
図表2 2021年4月12日に金融監督当局が行ったアントグループに対する指導の内容
(出所)新華社「中国人民銀行潘功勝副行長が再びアントグループに対して監督上の指導を行ったことについて記者の質問に答える」(2021年4月12日)より筆者作成

アントグループとは別に、2021年4月29日に、中国人民銀行をはじめとする金融監督当局は、テンセントなど、金融ビジネスに従事する他の主要なプラットフォーム企業13社に対しても、合同で監督上の指導を行った。アントグループと同様に、他のフィンテック企業も組織再編を迫られることになった。

規制強化の結果、フィンテック企業は、従来の金融機関と同じように、金融監督当局の厳しい監督下に置かれることになろう。これにより、過剰融資とそれに伴う金融リスクが抑えられる一方で、一部の人は包摂金融の恩恵を受けられなくなる。フィンテック企業は収益が悪化することが避けられず、新しい商品・サービスの開発と導入に関しても、より慎重にならざるを得ないだろう。フィンテックの発展に伴うリスクを抑えながら、そのメリットを最大限に発揮するために、フィンテック企業の再編だけでなく、金融監督の在り方も見直す必要がある。

Ⅳ.安全審査の対象となったディディ

中国では、金融システムの安定に加え、プラットフォーム企業が保有しているデータの扱いも安全保障の一環として位置づけられている。ディディは、中国のオンライン配車サービス市場において支配的地位にあり、膨大なデータを保有している。ディディの海外上場に伴う国家安全保障上のリスクを重く見るインターネット規制当局は、同社に対する安全審査に踏み切った。

1.ニューヨーク上場を果たしたディディ

ディディは、2012年にオンライン配車サービスの提供を主業務とするインターネット企業として設立された(当時の社名は小桔科技)。その後、ウーバー・テクノロジーズが中国で運営するウーバー・チャイナを含む競争相手との吸収合併を繰り返しながら急成長し、業界内での支配的地位を固めた。2021年6月30日に、ニューヨーク証券取引所への上場を果たし、その際の資金調達規模は44億ドルに上った。

上場の目論見書によると、2021年3月までの一年間におけるディディのアクティブユーザーは世界で4億9,300万人、アクティブドライバーは1,500万人、中国国内に限ると、アクティブユーザーは3億7,700万人、アクティブドライバーは1,300万人に上る。2021年3月末時点でディディは中国を含む世界15ヵ国、4,000以上の都市で事業を展開している。

ディディの2020年の売上高は1,417億元に達している。事業別では、中国国内のモビリティ事業(オンライン配車、タクシー、運転代行、乗り合いタクシーなど)が1,336億元、グローバル事業(海外でのモビリティやデリバリー事業)が23億元、その他の事業(シェアサイクル、自動車関連サービス、物流、自動運転、金融サービスなど)が58億元となっている。

上場直前のディディの主な株主は、ソフトバンク・ビジョン・ファンド(持株21.5%)を筆頭に、ウーバー(同12.8%)、創業者の程維氏(同7%)、テンセント(同6.8%)の順となっていた。

2.警戒される海外上場に伴うデータの流出

2021年7月2日に、中国のインターネット規制当局は、ニューヨーク証券取引所に上場したばかりのディディに対し、国家安全上の問題があるとして審査を始めると発表した。審査中には利用者の新規登録停止を命じられた。

続いて、2021年7月5日に、トラック配車サービスの「運満満」と「貨車幇」、求人サイトの「BOSS直聘」も、国家安全上の理由で審査の対象になった。貸車幇と運満満の合併で誕生した満幇集団とBOSS直聘も6月に、米株式市場に上場したばかりだった。

一連の審査は、法に基づき、データの安全に対するリスクを防止し、国家の安全を守り、公共の利益を保証するためだと説明されている(安全審査の法的根拠となった諸法規についてはコラム2参照)。インターネット規制当局は、特にこれらの企業が保有している個人情報と道路データが海外に流出することを警戒している。それを防ぐために、安全審査を活用するとともに、中国企業の海外上場への規制強化を図っている。

2021年7月6日に中国共産党中央弁公庁と国務院弁公庁が「法に基づき証券違法行為を取締まることに関する意見」を公表した。同意見は、証券犯罪の厳格な取締まりなどに加え、国境を越えた証券監督を強化するとしている。具体的には、海外上場の中国企業について国境を越えるデータの流通や機密情報の管理に関する法律・規制を整備するほか、証券法の域外適用の制度を確立するなどとしている。

一方、米国当局も投資家保護の観点から、米国市場に上場を目指す中国企業の審査を厳格化しようとしている。具体的には、2021年7月30日に、米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長は、声明において、米国市場に上場する中国企業に対して、登録手続きを行う前に、広く採用されている「変動持分事業体(VIE)」という仕組みなど、特定のリスクに関する情報開示を義務付けるようスタッフに要請した(VIEについてはコラム3参照)(注6)。

また、ゲンスラー委員長は2021年8月24日のブルームバーグによるインタビューで、中国企業を念頭に、米国で上場する外国企業が会計監査に関する米国当局の検査を3年連続で拒否した場合、上場廃止にする法律を厳格に適用する方針を明らかにした。拒否し続けた企業は、早ければ2024年にもニューヨーク証券取引所とナスダック市場で上場廃止となる恐れがある(注7)。

国内と海外の金融監督当局による規制強化を受けて、中国企業の米国株式市場での新規株式公開がますます困難となるだけでなく、すでに米国市場で上場している一部の中国企業も上場廃止を余儀なくされるだろう。

Ⅴ.民営企業の発展の足かせに

中国経済をけん引してきたプラットフォーム企業のほとんどは民営企業であり、アントグループとディディも例外ではない。これらの企業への規制強化は、民営企業の発展の制約となり、「国進民退」に拍車をかけかねない。

海外の多くのメディアが指摘しているように、フィンテック企業を含むプラットフォーム企業への規制強化の狙いは、金融システムの安定と市場秩序の維持という表向きの理由とは別に、政府が国有企業を保護し、民営企業への支配力を強めようとすることもあろう。実際、独占行為への取締りは、最大の超過利潤追求者(レントシーカー)である大手国有銀行に対しては明らかに及んでおらず、フィンテック企業の翼が折られたことで最も恩恵を受けるのがまさに大手国有銀行である(注8)。

その一方で、民営企業が直面するビジネス環境の悪化が懸念され、これまで民営企業の発展を引っ張ってきたカリスマ起業家が相次いで引退を発表した。その中には、まだ若いアリババの馬雲氏(1964年生まれ)、ソーシャルEC大手拼多多(Pinduoduo)の黄崢氏(1980年生まれ)、ショートムービープラットフォームTikTokを運営するバイトダンスの張一鳴氏(1983年生まれ)などが含まれている。

中国経済の実質GDP成長率は2010年までの30年間に年率10.1%に達したが、2020年までの10年間に年率6.8%に低下してきた。高齢化などに伴う労働力の減少と貯蓄率の低下(ひいては投資の鈍化)に加え、「国進民退」に象徴される市場化改革の後退による生産性の伸びの鈍化もその一因であろう。この流れを変えない限り、中国経済の活力が失われてしまい、「共同富裕」の実現がますます難しくなる。

コラム1 問われるフィンテックの功罪

中国におけるフィンテックの発展は、金融サービスの効率や金融包摂の向上に大きく貢献する一方で、金融システム、ひいては経済全体の安定を揺るがしかねないリスクを抱えている。

フィンテックは、金融サービスの効率の向上に寄与している。まず、電子商取引、第三者決済、SNSで形成されたビッグデータとデータ分析技術を生かし、取引コストを大幅に削減することができる。また、多くの支店の開設や大量の職員の雇用も必要ないため、経営コストを低く抑えることができる。さらに、従来の銀行業や証券業と異なる資金調達のチャネルを開拓し、いつでも、どこでも、だれでも、金融サービスをワンストップで受けることを可能にした。最後に、フィンテックの急速な発展や新しい理念は、従来の金融機関にも刺激を与え、その業務と商品・サービスにおけるイノベーションを促している。

また、フィンテックは、金融包摂の発展を促している。金融包摂とは、機会の平等とビジネスの持続的発展が可能であるという原則に基づき、コスト負担が可能であることを前提に、金融サービスの需要のある社会各層に適切で効果的なサービスを提供することである。中小零細企業、農民、貧困層などは、その主な対象となる。銀行をはじめとする従来の金融機関が一部の大口顧客を中心に業務を展開してきたのに対して、フィンテック企業は主に取引量が小さいが多数の小口顧客を対象にサービスを提供する。これを可能にしたのは、技術の進歩がもたらした取引コストの低下と、AIとビッグデータを生かした融資審査におけるイノベーションである。

一方、フィンテック企業による金融ビジネスの発展は、次のような問題を抱えている(注9)。

まず、大手フィンテック企業は、インターネット技術に特有の外部性によって、市場での支配的な地位を形成しやすい。特に、データ、情報、顧客へ容易にアクセスできるという利点を生かして、市場における優位性を強化できる。

次に、本来、金融サービスを提供する企業はライセンスを取得し、厳しい規制を受けなければならないが、フィンテック企業は十分な金融監督下に置かれていない。それゆえに、無秩序に事業拡大を行う恐れがある。特に、大手フィンテック企業は、複数の金融商品やサービスを同時に提供することが多い。既存の金融監督の枠組みでは、それらの金融商品やサービスの間には明確な垣根があり、規制要件も明確である。これに対して、大手フィンテック企業は、先端技術を生かしながら、規模の経済性と範囲の経済性といったプラットフォームの特徴を利用して、一部の金融商品やサービスの形を変え、規制から逃れている。例えば、一部の大手フィンテック企業は、満期変換や信用変換などのサービスを提供しているのに、銀行に適用されている自己資本比率などの規制上の要件を満たす必要がない。

そして、フィンテックの発展はシステミックリスクを起こす恐れがある。一部のフィンテック企業はもはや「大きすぎて潰せない」。その上、これらの企業が取り扱う異業種・異分野の金融商品が複雑に絡み合っているため、リスクは把握しにくく、リスクが及ぶ範囲も広い。

そのほか、フィンテック企業は、データの安全性と保護、利用する新しい技術の制御性と安定性という問題にも直面している。

コラム2 安全審査の法的根拠となった諸法規

中国の「サイバーセキュリティ法」(2017年6月1日施行)は、「重要情報インフラ運営者」が中国国内で収集、または発生した個人情報及び重要データを中国国内に保存することを義務付けられ、海外に移転する場合には、安全評価を行わなければならないとしている(第37条)。

また、「データ安全法」(2021年6月10日に採択、同9月1日に施行)は、

  1. 国は、データ安全審査制度を確立し、国の安全に影響しまたはそのおそれのあるデータ取扱活動に対して国家安全審査を行う(第24条)、
  2. 国家安全と利益の維持、国際義務の履行に関わる規制品目に該当するデータに対しては、法に基づき輸出規制を実施する(第25条)、
  3. 他国・地域がデータおよびデータの開発・利用技術などに関わる投資、貿易などにおいて、中国に対し差別的な禁止、制限またはその他の類似の措置を講じた場合には、当該国・地域に対し、同等の措置を講じることができる(第26条)、

と規定している。

そして、現行の「サイバーセキュリティ審査弁法」(2020年6月1日施行)では、「重要情報インフラ運営者によるネットワーク製品及びサービスの購入が国の安全に影響を与えまたはそのおそれがある」場合、ネットワーク安全審査の申請をしなければならない(第5条)。また、ネットワーク安全審査の主管部門は、ネットワーク製品及びサービスの購入・提供、データの取扱活動または国外上場行為が国の安全に影響しもしくはそのおそれがあるものと認めたとき、企業に対する審査を行うことができる(第15条)。

「データ安全法」との関連規定との整合性に鑑み、2021年7月10日に公布された「サイバーセキュリティ審査弁法」の修正案の意見募集稿では、ネットワーク安全審査の申請要件の要件として、新たに「100万ユーザー以上の個人情報を保有する運営者が国外において上場する」場合が加えられ、また、安全審査の主管部門は、「データの取扱活動または国外上場行為が国の安全に影響しもしくはその恐れがあるものと認めたとき」も、企業に対する審査を行うことができると追加されている。

コラム3 海外上場する中国企業に広く採用されているVIEスキーム

VIEスキーム(Variable Interest Entity=変動持分事業体)とは「海外投資家が、海外での持株会社などを通じて、外資参入規制の対象となる事業を行う国内の運営会社に対して資金を提供しながら、あえて禁じられている株の保有によらず、契約でそれを支配する」という仕組みである。

具体的には、当該企業が、①事業を行う内資運営会社(D社)と、②資金調達と海外上場の主体となる海外登記の持株会社(A社)に分割される上、海外投資家を含む持株会社の株主は、出資ではなく、子会社(B社、C社)や一連の契約を通じて内資運営会社を支配し、その株主とほぼ同等の権利を享受しているのである(図)。

図 典型的VIEスキームの構造
図 典型的VIEスキームの構造
(注)
1.実線は出資関係、点線は契約関係。
2.創業者やマネージメントチームがVIE株主を兼ねる場合は多い。
(出所)筆者作成

中国におけるインターネット企業は、創業初期段階から、資金面において、外資の支援に大きく依存してきた。その一方で、中国市場の巨大な潜在力が発揮されることを見込んで、海外投資家は中国のインターネット企業に積極的に投資してきた。しかし、国家安全及び国内産業の保護のために、海外のインターネット企業が中国市場へ参入する際のハードルは非常に高く、外資による同分野への出資も制限されてきた。外資参入規制を回避する手段として、VIEスキームが使われている。

長い間、中国はVIEスキームを採用している企業の国内上場を認めなかったため、これらの企業は海外で上場する選択肢しかなかったが、このルールは2018年に緩和された(注10)。

VIEスキームは、資金調達を容易にし、中国で数多くのハイテク企業を育ててきたが、同時にさまざまなリスクも抱えている。米中経済安全保証調査委員会が議会に提出した「米国株式取引市場における中国インターネット企業のリスク」という報告書で指摘されているように、中国企業がVIEスキームを通じて米国の取引所でIPOを行うことは、米国国内では合法ではあるが、法律がまだ整備されていない中国で違法と見なされる恐れがある(注11)。

また、海外投資家にとって、VIEスキームは直接出資ほど経営への支配力が強くないことが問題を生じさせる可能性がある。すなわち、VIEスキームでは、海外上場会社とその株主は、中国国内の運営会社に直接出資せず、外資独資会社を通じて、内資運営会社(VIE)及びその株主(VIE株主)との間で合意した契約書に基づき、内資運営会社を支配しようとするが、内資運営会社もしくはその株主が違約する場合、大きな打撃を受けてしまう恐れがある。

脚注
  1. ^ 中国共産党中央弁公庁、国務院弁公庁「法に基づき証券違法行為を取締まることに関する意見」2021年7月6日。
  2. ^ 中国共産党中央弁公庁、国務院弁公庁「義務教育段階の学生の宿題負担と校外学習負担の一層の軽減に関する意見」2021年7月24日。
  3. ^ 国家新聞出版署「未成年者のオンラインゲーム依存を切実に防ぎ、より一層厳格に管理することに関する通知」2021年8月30日。
  4. ^ なお、アリババグループが独占禁止法違反で巨額の罰金を科された件に関しては、2021年5月21日「中国の産業と企業」欄「中国におけるプラットフォーム業界の独占的行為に対する規制強化-アリババへの取締りを中心に-」を参照。
  5. ^ 習近平「中国共産党・世界政党指導者サミット(オンライン)」での基調演説、2021年7月6日。
  6. ^ Gary Gensler, "Statement on Investor Protection Related to Recent Developments in China," Public Statement, U.S. Securities and Exchange Commission, July 30, 2021.
  7. ^ Robert Schmidt and Benjamin Bain, "SEC Chief Warns 'Clock Is Ticking' on Delisting Chinese Stocks," Bloomberg, August 25, 2021.
  8. ^ Nathaniel Taplin and Jacky Wong, "Profits and Politics in China's Tech Crackdown," The Wall Street Journal, April 30, 2021.
  9. ^ 周矍鑠「大型インターネット企業が金融分野に参入することに伴う潜在的リスクと監督」『金融時報』2020年11月2日。
  10. ^ 中国証券監督管理委員会「ハイテク企業の国内における株式発行や預託証券のパイロット・テストに関する若干の意見」2018年3月30日公布。
  11. ^ Rosier, Kevin, "The Risks of China's Internet Companies on U.S. Stock Exchanges," US-China Economic and Security Review Commission Staff Report, June 18, 2014, addendum added: September 12, 2014.
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2021年9月29日掲載