中国経済新論:中国の経済改革

国有商業銀行改革の現状と課題(第2節/全4節)

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

2.金融開国で高まる危機発生のリスク

このように、四大国有商業銀行は、非常に脆弱である。加えて、WTO加盟による金融サービスの対外開放を機に、外資系銀行が大量に参入する予定である。このような状況下で一旦銀行の信用を動揺させる事態が発生すれば、ある銀行からの預金の大量流出が他の銀行の取り付け騒ぎをも引き起こし、最終的に金融恐慌へとつながる可能性がある。1997-98年にタイやインドネシアが見舞われたような「アジア型」危機まで行かなくとも、中国としては銀行部門の仲介機能の麻痺に特徴付けられる「日本型」危機を十分に警戒しなければならない。

1)WTO加盟の銀行部門への影響

中国にとってWTO加盟は、外国の金融機関に対して国内金融市場を開放するということをも意味している。加盟に当たり、中国は以下のことに合意した(表2)。まず、外資系銀行に対し、5年以内に完全な市場参入を認めることを約束した。これにより、外資系銀行は合意から2年後には中国企業に対する業務と外為業務を行えるようになる。また、一部地域では、中国の銀行と同じ待遇と権利を受けられるようになる。そして、地理的及び顧客面における制限も5年以内に撤廃されることになっている。そして具体的には、WTO加盟は銀行部門に次のような影響をもたらすであろう。

表2 中国のWTO加盟に関わる銀行の市場開放の概要
表2 中国のWTO加盟に関わる銀行の市場開放の概要
(出所)経済産業省対外経済政策総合サイト
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/wto/accession/data/pro_tariff.pdf

第一に、中国の国内銀行・証券会社は、外資系銀行の対中進出の本格化に伴い、顧客を巡って、特に大都市や沿岸部などの地域で外国との競争に徐々にさらされるようになる。十分な資金力、先進的なリスク管理技術・経験、先進的なサービスなどで高い信頼を有する外資系銀行の参入は、外資の先進的な融資管理手法を中国にもたらし、かつ海外投資家の中国市場への投資を促すなど、中国の新しい経済成長分野に対する資金サポートを行うことで経済成長を促進するだろう。また、中長期的には、国内銀行業の競争を促進し、四大商業銀行による非効率的な独占局面を打破することでその改革を加速させ、中国の銀行業の健全な発展のチャンスをもたらし、サービスの改善を促進するというプラスの面が期待できる。さらに、中国の銀行業が国際金融市場へと取り込まれることで中国の銀行も海外での業務を展開できるようになり、競争力を高めていくことになる。一方、外資系銀行の参入によって劣勢に立たされる四大銀行は、短期的には資金、サービス、人材などの経営に関わるすべての面においてシェアと利益率の低下を避けられず、経営環境が一層厳しくなるであろう(参考1)。

第二に、銀行・証券業に対する政府の規制は今後弱まる可能性が高い。例えば、金利の市場化が銀行の金利スプレッドの縮小をもたらすだろう。外資系銀行は金利変動リスクへの対応力が高いが、中国の国内銀行、特に四大銀行は業務が預金と貸出に集中しているため、金利スプレッドの縮小は国有銀行の収益性や不良債権処理能力に直接的な影響を与える。

第三に、人民元は将来的に完全に兌換可能になる動きが促進される。WTOは金融サービスの自由化を求めているが、資本取引に関しては特に規定を設けていない。しかし、外国の金融機関や企業が中国に進出する一方、中国企業も対外直接投資を始めとする新たな業務展開を行うようになると、双方から資金調達や運用においてリスク分散ができるように資本取引の自由化を求める声が高まってくるであろう。

第四に、中国は資本流出に直面する可能性がある。中国の金融監督体制は十分に整備されているとは言えない上、外資系銀行の国際業務は多岐にわたり、金融技術も複雑なため、現在の体制では外資系銀行を全面的に監督することは難しい。このため、外資系銀行において不祥事が発生すれば、中国国内の金融市場の正常な発展が妨げられるばかりでなく、信用危機が誘発される可能性がある。そして、外資系銀行は資金の国内からの主要な逃避ルートとなりかねないため、もし国内金融情勢が不安定になった場合、資金が外資系銀行を通じて逃避すれば、中国でも金融危機が起こる可能性がある。

2)資本移動の自由化に伴うリスク

WTO加盟に伴う外資系銀行の本格参入を受けて、銀行部門における競争は激しくなり、国内銀行の経営は一段と厳しくなるであろう。また、1997―98年に通貨・金融危機に見舞われたタイをはじめとするアジア諸国の経験が示しているように、脆弱な金融部門を持つ途上国は資本取引の自由化を慎重に進めていかなければならない。中国はアジア通貨・金融危機を免れることはできたが、それは国内経済・金融市場が健全であったからではなく、むしろ依然として資本取引規制が厳しかったことや政府保証によって銀行は守られていると預金者が信じていたことによる部分が大きい。

WTO加盟を果した中国にとって、資本移動の自由化が対外開放の次の目標となる。その狙いは経済効率の向上と成長の促進にあり、具体的には、内外金利差を利用した裁定行動による金利の低下と、競争の激化による金融部門の生産性の上昇によってもたらされる。また、金融・資本市場の自由化と国際化が世界経済の潮流になっている中で、資本移動規制の有効性が低下しており、当局としてもこの現状を認めざるを得なくなってきた。さらに、米国をはじめとする諸外国から金融・資本市場の対外開放や為替管理の撤廃に対する要求が高まっている。しかし、当局は為替管理の緩和を進めるに当たって、それに伴うリスクを最小限に抑えるように慎重に進めてきた。

まず、中国は1996年12月に、国際収支の赤字対策などを理由に為替取引を制限しないことを約束するIMF(国際通貨基金)協定第八条を受け入れることになった。これを契機に、輸出入をはじめとする経常取引に関して大幅な自由化が行われたが、資本取引に関してはいまだに厳しく制限されている。現行の外貨管理制度では、一部を外貨預金という形で保有することを除けば、すべての外貨収入は原則として政府指定の外為銀行で決済(人民元と交換)しなければならない。その代わり、輸入などの経常取引に関しては、証明書類さえ提出すれば、必要に応じて外貨を自由に銀行から購入できる。

これに対して、資本勘定における取引に関しては、人民元は交換性を持った通貨にはまだなっておらず、政府の管理の下に置かれている。現在中国が資本勘定を管理する特徴として次のような点が挙げられる。(1)リスクの大きい項目に対する管理が厳しい(例えば、証券投資)反面、リスクの小さい項目への管理はそれほど厳しくない(例えば、直接投資)、(2)資本流出に対する管理が厳しい反面、資本流入に対する管理は比較的緩い、(3)短期投資(短期信託、証券投資)に対する管理が厳しい反面、長期投資(借款、直接投資)に対する管理は比較的緩い。証券に関しては、非居住者は中国企業が発行するB株やH株、海外で発行する外貨建債券を購入することができるが、A株や国内で発行される債券や短期金融商品を購入することは、一部の適格外国機関投資家(QFII)の枠を除いて、認めない方針が採られている。また、居住者の海外での証券の売買や発行も厳しく制限されている。海外からの借り入れに関しては、外資系企業は自由であるが、中国企業は厳しい審査を受け認可を得ることが必要である。そして、直接投資に対する制限も、外資系企業による国内への流入に関しては緩いが、中国企業による国外への流出には厳しい。

このような現状を考慮に入れると、今後資本勘定の自由化を進めるに際しても、慎重かつ漸進的なアプローチが求められる。すなわち、短期資本よりも長期資本、直接金融(証券取引)よりも間接金融(銀行取引)、資本流出より資本流入を先行させるべきである。特に資本流出に関しては、信用危機に対して中国の金融システムがある程度安定的に対処できるという条件が整うまで急ぐべきではない。

ただし、中国が国内金融システムの脆弱性に注意を払わず、資本取引の自由化を急ぐことは非常に危険である(注2-1)。特に、短期資本の移動が自由になれば、海外から足の速い資金が大量に不動産市場や株式市場に流れ込むため、バブルが発生しやすくなる。その後、何らかの理由で外資が逃げ出し、バブルが崩壊してしまうと不良債権が一挙に増え、中国が日本型の金融危機に陥ってしまうということも考えられる。一方、WTO加盟に伴う外資系銀行の本格的参入などで国有銀行の優位性が徐々になくなってくる中、国有銀行において取り付け騒ぎが起こる可能性が一段と高くなる。このような危機を回避するためにも、国有商業銀行は改革を急がなければならない。

3)警戒すべき「日本型」銀行危機

現状の中国の銀行システムは、多くの不良債権を抱えているにもかかわらず、安定性を保っている。これは、中国では貯蓄率が高い一方で、銀行預金以外の投資手段が限られていることと、国有銀行が中国の大半の金融資源を支配しており、さらに、中国政府が銀行の預金に対して暗黙の保証を提供していることが理由となっている(参考2)。しかし、中国の銀行システムの安定性を維持する要因が多いからといって、表面的な安定性に隠されている銀行危機の要因を無視してはならない。中国の銀行システムにとって、アジア通貨・金融危機のように銀行が相次いで倒産するというリスクよりも、日本の金融システムのように徹底的な金融改革の実施が遅れ、長期にわたって景気の低迷を招くというリスクの方が大きい。

銀行の大量倒産に特徴づけられる「アジア型危機」と比べ、銀行が大量の不良債権を抱え、経済成長の潜在力の発揮の足かせとなる「日本型危機」の弊害が軽いとは一概にいえない。現状から見ると、中国は、「日本型」銀行危機の方を警戒すべきなのである(巴曙松、「日本型の銀行危機を警戒せよ」、http://www.doctor-cafe.com/detail1.asp?id=1749 、博士珈琲、2003年6月27日)。

「日本型」銀行危機の最大のきっかけは、政府が銀行システムの市場化競争を積極的に推進せず、むしろ銀行経営に介入すると同時に保証など様々な支援を暗黙のうちに提供していたため、銀行は競争のない環境下で巨額の不良債権を累積し、経営効率が悪いままで銀行システムの安定性が保たれたことである。しかし、日本では低効率の銀行システムの安定維持がなされたことによって、経済成長にとって最も不足している金融資源の無駄遣いをもたらしてしまった。競争力のない銀行は経済成長を支える分野への金融資源の配分ができなかったため、その大半が不良債権になってしまった。資源配分において重要な役割を担う銀行がこのような形で金融資源を浪費したために、経済成長の潜在力が次第に侵食され、経済成長の原動力が弱まったのである。さらには経済成長の停滞が銀行の不良債権を増やし、銀行の不良債権処理能力を制約する、という悪循環が形成されている。金融システムの安定を保つために、政府は大量の国債を発行し、財政状況が急速に悪化してしまった。

中国においても、政府の財政負担の能力と銀行システムの安定性は密接に関連している。政府の財政負担能力が低下すれば、銀行システムに対する公衆の信認も低下する。逆に、銀行の不良債権が引き続き増えれば、政府の財政負担能力に対する公衆の信認も低下する。銀行と財政の関係が緊密であるため、中国では単純な銀行危機は発生しないかもしれない。しかし、中国で銀行危機が一旦勃発すれば、財政危機が同時に発生するというより深刻な危機になる。このため、政府の財政によって安定を保っている銀行システムの改革を行わなければ、将来、支払う代価はより高くつくと考えられる。

これまで述べたとおり現時点で銀行システムが安定していることは、銀行危機が発生しないことを意味しない。現在の銀行システムは巨額な不良債権を抱えている上に、新しい不良債権を増やしつづけており、市場競争がなく、金融資源を有効に利用できていない。政府の財政支援に頼っているため、銀行システムが比較的長い期間にわたって安定を維持することができたとしても、日本型の銀行危機が発生する可能性がある。日本型銀行危機が発生した場合、財政収支が悪化し、銀行が存亡の危機に瀕するばかりでなく、国民経済が成長の原動力を失い、低迷しつづけるというより深刻な結果につながってしまうのである。

参考1:競争力で最低位にランクされる四大銀行

中国人民銀行の「北京の中外商業銀行競争力比較調査研究報告」(2004年10月発表)というレポートによれば、外資勢が圧倒的な強さを見せているのとは対照的に、四大国有銀行をはじめとする中国資本の銀行は軒並み低迷している。第1位から第12位までには、四大国有銀行を含めた中国資本の銀行は一行も選出されていない。第1位はチャータード銀行、第2位がクレディ・リヨネ銀行、第3位がHSBCという順になっており、そのほか、シティバンクやBNPパリバ銀行が上位に入っている。日本の銀行では、東京三菱銀行が第17位にランクインしている。一方、中国資本では、第13位に招商銀行がランキングに入ってはいるものの、下位は軒並み中国資本の銀行が占めている。民間銀行として有力視されている民生銀行が第20位、さらに四大国有銀行がワースト四行として選出されている。第33位は交通銀行、第34位は工商銀行、第35位は中国銀行、第36位は建設銀行、第37位は農業銀行となっている。なお、このランキングは、外部環境、経営状況、事業展開能力など五つの指標によって算出されたものである。

参考2:なぜ四大銀行は安定性を維持できているか

四大銀行が大量の不良債権を抱えているにもかかわらず、流動性の問題が発生しておらず、取り付け騒ぎも起こっていない。その主要な原因は、政府の銀行業に対する政策面の支援である。

まず、金融当局が依然として銀行の預金と貸出金利(特に預金金利)に関する決定権を持っていることは重要な要因である。金利の決定権を持つことによって四大銀行と他の銀行が価格(金利)という競争手段を通じて預金や貸出のシェアを奪い合う状況が生まれてこない。国有銀行と比べ、株式制商業銀行は不良債権総額が少ない上、より健全なコーポレート・ガバナンスが確立されている。したがって、金利規制が撤廃されたならば、株式制銀行が預金金利を高め、貸出金利を下げて四大国有商業銀行の預金および貸出のシェアを浸食することは明白であろう。

次の要因は、銀行業への参入自体が政府による厳格な規制を受けていることである。この規制が存在するために、多くの民間資本と外国資本は銀行業に参入できずにおり、銀行業界においては競争が十分に行われていない。このような情況の下で、四大銀行は新規に増加する預金を大量に吸収することで、不良債権資産の損失を隠し、十分な流動性を確保している。

しかし一方で、預金者はなぜ資産状況の良くない四大銀行に金を預け続けるのかという疑問が生じる。この問題に答えるためには、預金者の預金動機を分析する必要がある。預金者が実際に取引銀行を選ぶとき、三つの観点を重視する:(1)預金の安全性(これが最も重要な前提である)、(2)収益性、(3)サービスの良さと取引の便宜性、である。

預金者にとって最も大きな関心は取引銀行の資産状況ではなく、預金の安全性である。預金者は、四大銀行が国有であるゆえに債務超過に陥った場合であっても、政府がこれらを破綻させないと確信している。また、金利が厳しく規制されている中で、預金者にとって、収益性の面において、国有銀行がその他の銀行に劣ることはない。さらに、取引の利便性とサービスの良さに関しては、四大銀行は他の銀行と比べてかなりの優位に立っている。特に店舗ネットワークにおいて、四大銀行は外資系銀行、株式制銀行、他の都市銀行よりはるかに強い。限られた選択肢の下で、預金者は利便性が高く、かつ店舗数の多い四大銀行に資金を預ける動機を持つのである。

四大銀行は政府による一連の規制という厳格な保護を受けているため、預金と貸出、特に預金の獲得において、依然として強い優位性を維持している。確かに四大銀行の資本金はすでに大量の不良債権によって蚕食されている。しかし、毎年新規に増加する預金によってその損失を完全にカバーすることができるため、流動性問題は生じていない。人々が四大銀行に預金を預けようとする動機を持つことは、これらの銀行が高いリスクを抱えながらも今日まで安定性を保ってきた主要な原因である。

2005年2月4日掲載

脚注
  • ^ (注2-1)しかし一方で、政府の政策にもかかわらず、実際には、大規模な資本逃避がすでに行われている。資本逃避のルートとして、地下銀行などの明らかな違法手段に加え、輸出価格の過小申告や輸入価格の過大申告も利用されている。中国企業に限らず多国籍企業も、移転価格の操作によって資金移動に対する規制を回避している。このように、政府が資本の流出を規制することはますます難しくなってきている。

2005年2月4日掲載