中国経済新論:中国の経済改革

国有商業銀行改革の現状と課題(第3節/全4節)

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

3.高まる改革への緊急性

1997-98年のアジア通貨・金融危機により、中国は金融危機が国家にもたらす深刻な影響を身近に感じることができた。中国がそれから逃れることができたのは、資本勘定が自由化されておらず、国際資本からの衝撃が小さかったためである。現在でも、中国では通貨危機あるいは大規模な銀行破綻、支払危機といった事態は発生していない。しかしながら中国では金融危機勃発の可能性がない、というわけではない。こうしたリスクを解消するために、不良債権の処理をはじめ、国有商業銀行の改革を急がなければならない。

1)金融システムの市場化の鍵となる国有銀行改革

国有商業銀行は、中国の銀行システムにおいて重要な地位を占めているため、その経営状況は中国の金融システムの安定性を直接左右する。中国の金融システムの安定性を確保するには、まず国有商業銀行の問題点を解決しなければならない。中国のWTO加盟時の公約に基づけば、2006年までに外資系銀行は障害なく中国系銀行と競争できるようになる。改革を加速しなければ、中国系銀行はさらに競争力を失うことになる。さらに金融危機の予防と銀行自身の競争力向上のほかにも、国有商業銀行の改革は金利および参入規制の改革、さらには地方における中小企業向け金融の円滑化といった問題の解決にも重要な役割を果たし、最終的に金融システムの市場化の鍵となる。

まず、国有商業銀行の問題が解決されない以上、政府は金利に対する規制を完全に緩和することができない。金利規制の下では、資金需要と資金供給を調節する価格シグナルが働かなくなるため、金融資源の配分効率にひずみが生じてしまう。

次の問題は参入規制の問題である。国有商業銀行の問題が存在する限り、政府は競争を通じた効率の向上のために外資や国内の資本を大規模に銀行部門に導入することが難しい。さらに、参入規制によって中国に現存する融資システムが資金および金融サービスに対する需要を満たすことができなくなっているために、さらなる経済成長と雇用創出にも悪影響を及ぼしかねない。

第三の問題としては地方の中小企業の問題が挙げられる。国有商業銀行における諸問題があるために、地方の中小民営銀行の成長に支障が生じている。地方における中小企業の発展は、中国における都市化の加速と雇用と三農(農業、農村、農民)問題の解決のために不可欠であるだけに、彼らが直面している資金難の問題を放置するわけにはいかない。1997年以降、金融当局は農村にある金融機関を大量に閉鎖し、国有商業銀行の地方支店も大都市重視の経営へと転換した。さらに、人民銀行による金融引締め政策の影響を受け、大手銀行の本店と支店は、資金を県以下の営業部から大都市へ調達するようになった。それらの動きがあったために、農村地域において金融機関が提供してきた金融サービスは現実の需要を満たすことができなかった。このような問題を解決するために、民間資本の参入制限を緩和し、地方の中小民営銀行の成長を促進することが求められる。

2)資産管理会社による不良債権処理

1997-98年のアジア通貨・金融危機を教訓に、政府は銀行システムの健全性と安全性を高めるために多くの対策を行った。1998年、資本金を補強するために、政府は四つの国有商業銀行に総額2700億元の資本金を注入した。それに続き、1999年から2000年にかけて、金融資産管理会社(AMC)を設立し、四つの国有商業銀行が抱えていた1兆4000億元の不良債権を銀行本体から分離させた、債権の株式化(債転株)を軸に不良債権の処理が本格化している。

債権の株式化は、中央財政の出資で設立された資産管理会社が簿価で銀行の不良債権を財政部保証の低利長期債と交換(スワップ)する形で買い取り、この債権を債務者である企業の株式(出資金)に転換する仕組みである(図2)。時間の経過を軸にすると、債権の株式化は次の五つの段階に分けて考えることができる。

図2 AMCによる債権回収の仕組み
図2 AMCによる債権回収の仕組み

(1)資産管理会社の設立
まず、国有銀行の不良債権を処理するための受け皿として、資産管理会社を新たに設立した。すでに、1999年に四大銀行である中国建設銀行、中国銀行、中国農業銀行、中国工商銀行のそれぞれの不良債権を買い取る機関として、中国信達、中国東方、中国長城、中国華融の四つの資産管理会社が相次いで設立された。四つの資産管理会社は共に財政部の出資(資本金は各100億元)により設立された独立した法人格を持つ金融機関である。その任務は銀行から買い取った不良債権の価値を最大化し、最終的には回収することである。その主な手段として債権の株式化のほか、資産の交換・販売・証券化や破産・清算などが挙げられる。

(2)資産管理会社による不良債権の買い取り
次に行われるのは資産管理会社が処理すべき国有銀行の不良債権の買い取りである。対象となる不良債権は、原則として1995年の「商業銀行法」の実施以前に形成されたものに限られている。これに対して、国有商業銀行の貸出自主権が拡大された1996年以降に形成された分については、各行が自らの責任で処理しなければならない(ただし、債権の株式化が国務院に認可されたものは除外されている)。なお、不良債権の処理は四大銀行だけでなく、設立時に中国建設銀行の保有債権が移管された国家開発銀行も対象となっている。2000年7月に資産管理会社は1兆3600億元に上る四大銀行の不良債権の買い取り作業を終了した。

具体的には、不良債権の移管は、銀行が企業向けの不良債権を資産管理会社が発行する債券に転換するという形で行なわれる。この「債転債」は原則として不良債権の簿価で行なわれる上、不良債権の交換対象となる資産管理会社の債券が政府(財政部)の保証がついている優良資産であるため、銀行にとって非常に有利な条件で不良債権を処理できる仕組みになっている。(もっとも、資産管理会社が発行する債券の利率は貸出金利より低い水準に抑えられるため、銀行もその金利差という形で一部のコストを負担している。)

(3)対象企業に対する債権の株式化
資産管理会社が銀行から受け継いだ不良債権の一部を株式に転換(スワップ)する(注3-1)。これにより、企業は銀行に元本および利子を返済する代わりに、出資者(株主)となった資産管理会社に配当を支払う義務を負う。ただし、債権の株式化はそもそも企業救済の一環であることから、少なくとも企業の収益が改善するまで、配当は利払いより低い水準に抑えられることになっている。

(4)株式の処分
対象企業がリストラを経て経営状況が改善する段階で、資産管理会社はその持ち株を処分し、資金を回収する。その方法として、対象企業に(通常簿価で)買い戻してもらう条項を予め契約に盛り込むことに加え、新規上場や他の企業・金融機関への売却も考えられる。

(5)資産管理会社の清算・解散
各資産管理会社は、その役割を終えた段階(10年間の予定)で清算・解散される。

債権の株式化の狙いは、企業の債務負担の軽減と銀行側の不良債権比率の低下という一石二鳥の効果である。すなわち、銀行の不良債権が本体から資産管理会社に移管される一方、企業の債務が出資金に転換され、利払いが軽減されることにより、双方の財務状況の健全化が期待される。

また、国有銀行と資産管理会社は完全に独立した法人であるため、不良債権の移管を経て、前者の収益は後者の債権回収の進展度合いにはもはや左右されなくなる。この意味から見ても、この仕組みは、バブル崩壊後に一部の日本の金融機関に見られた問題解決の先送りにすぎない「飛ばし」とは、似ても似つかぬものである。このように、「債転債」は銀行のバランス・シートの改善につながり、銀行危機が発生するリスクを抑えることができる。一方、債権の株式化の対象企業は利払いと元本の返済が実質的に免除されるため、その分だけ企業の収益が改善する。

債権の株式化のもう一つの狙いは、資産管理会社が対象企業の株主としての権利を行使し、財務体質の強化や経営資源・人員の整理と再配置を通じて、企業のリストラを押し進めることである。これにより企業の収益力が改善すれば、将来、資産管理会社が持ち株を売却するときに、より多くの資金を回収することができる。

しかし、次の理由から、ほとんどの場合、債権の株式化は単に国有企業に対する債務の帳消しに終わってしまい、当初期待された効果は実現されていない。

(1)助長されたモラル・ハザード
債権の株式化は、本質的には、不良債権を抱えている国有銀行と重い債務を負っている国有企業の公的資金による救済にほかならない。これにより、経営が失敗しても政府が救済してくれるという甘い考え方が助長されることになれば、経営の規律が一段と緩くなる。このようなモラル・ハザードを防ぐため、銀行と企業の経営責任を追及する一方、経営に対する監督体制を強化しなければならないが、実際にはいずれも不十分なままである。結局、これほど大規模な処理策が実施されたにもかかわらず、銀行の不良債権比率は、その後も増え続けた。

(2)低い回収率
諸外国の経験からも分かるように、資産管理会社に移管された不良債権の回収は至難の業である。特に、中国の場合、融資の大半に担保がついていない上に、法律(破産法など)の不備と資本市場(発行市場と流通市場)の未発達も回収率を低く抑える要因として働く。そもそも、回収の責任を任せられている資産管理会社は、人材などの経営資源が乏しく、株主として企業に対して正常な企業経営を行わせる能力があるかどうか疑問である。その上、資産管理会社自身の業績を客観的に評価することも難しく、回収率を最大化するインセンティブが働きにくい。2004年9月末までの回収状況を見ると、処理済債権の額面金額は5876億元、回収率は26.8%、現金回収率は20.5%に留まっている(表3)。不良債権の処理はやりやすい順で進められていることを考えれば、回収率が今後さらに低下するだろう。

表3 資産管理会社の不良債権回収状況(2004年9月末まで)
表3 資産管理会社の不良債権回収状況(2004年9月末まで)
(注)累計処理比率は累計処理額/不良債権買い取り累計額
(出所)中国銀行業監督管理委員会サイト(http://www.cbrc.gov.cn/)サイトより作成

(3)重い財政負担
資産管理会社は、企業から受け取る配当が銀行に支払う利子を下回ると予想されるため、人件費などの他の経常支出を合わせて考えると、赤字経営を強いられることになる。また、資産管理会社の清算・解散に当たっては、債務が資産を上回る確率が非常に高く、その差額は最終的には財政資金の投入によって埋め合わせるしかない。税収が不足している中、返済資金を賄うためには国債の増発が避けられず、財政の悪化に拍車をかけることになろう。このように、進行中の不良債権の処理策による金融リスクの解消は、将来の財政危機の原因になりかねない。

(4)欠かせないコーポレート・ガバナンスの確立
これまでも述べてきたように、中国が抱えている不良債権問題を根本的に解決するには、これまで累積してきたストックを解消させるだけではなく、新たなフローの発生を抑えるメカニズムを確立しなければならない。このためには、政府は、安易に赤字企業に補填することを止め(ソフトな予算制約のハード化)、国有企業と国有銀行を自己責任に基づいて利潤を追求する主体へと転換させなければならない。具体的には、民営化を通じて銀行と企業の監督をその業績にもっとも関心の高い投資家に委ねる一方、企業のパフォーマンスを客観的に評価できるように、公平かつ競争的な市場環境の整備を急がなければならない。

2005年2月18日掲載

脚注
  • ^ (注3-1)債権の株式化はすべての企業に適用されるものではなく、対象になるには国家経済貿易委員会の推薦と資産管理会社の審査を受けなければならない。その範囲は原則として(1)1986-97年に主に商業銀行からの融資で設立され、資本金の不足が主因となって借金と利払いの悪循環に陥っている企業、(2)国家の重点企業512社のうち、設備の更新・拡張により、債務返済の負担が重くなり、赤字となっている企業、に限られている。その中から、(1)製品が市場競争力を持つこと、(2)生産設備が先進的であること、(3)財務管理が健全であること、(4)経営者が有能であること、(5)リストラ計画(人員整理や、病院・学校などの分離)が着実なものであることなど、債権の株式転換により黒字転換が見込まれることを基準に対象企業が選ばれる。

2005年2月18日掲載