新ブランダイス主義の含意:消費者厚生基準と市場支配力基準をめぐって

執筆者 川濵 昇(ファカルティフェロー)
発行日/NO. 2023年1月  23-J-001
研究プロジェクト グローバル化・イノベーションと競争政策
ダウンロード/関連リンク

概要

デジタルプラットフォームの経済力集中の懸念により、競争法(関連分野を含む)を巡る議論の枠組みがこの数年で一変した。その原動力の1つは米国における新ブランダイス主義と呼ばれる立場の台頭である。この立場をめぐっては毀誉褒貶が多いが、既に規制の駆動力となっていることは否定しがたい。この立場はアカデミズムから出発しながらも、運動論の様相もあるため議論の整理も難しいが、法学的な立場からは米国における「消費者厚生基準」批判を軸に議論が整理されるのが通例である。

「消費者厚生基準」は一見自明であるが、米国での用法はかなり特殊なものがある。また、欧州や日本では米国の意味で「消費者厚生基準」が有力であったこともないし、そもそも日本法で「消費者厚生」基準がテクニカルに独占禁止法の規制基準であったことはない。しかし、消費者厚生基準と類似した内容の市場支配力基準を採用しており、これは新ブランダイス主義の批判に概ね応答できている。他方、わが国の市場支配力基準は独占力規制が不在な点で異なっていることも指摘できる。新ブランダイス主義はわが国でも喧伝されているが、「消費者厚生基準」や「市場支配力基準」をめぐる彼我の差異を理解しないと、それを正確に位置づけることも困難である。新ブランダイス主義を全面的に肯定する議論は少ないが、多くの点でそれと同一方向の議論が有力になっている現状を理解する妨げとなっている。このディスカッション・ペーパーでは米国での「消費者厚生基準」の問題点と「市場支配力基準」の意義を解明することを通じて、新ブランダイス主義のわが国競争政策への含意を明らかすることを目的とする。