「脱北者」国際問題に浮上へ

YOO, Michael
RIETIリサーチアソシエイト

北朝鮮から脱出した住民(いわゆる脱北者)を難民として受け入れる、人権問題からの北朝鮮問題へのアプローチが米国で急浮上している。米議会で今秋にも成立が予想される難民法は、北東アジアに大きな影響を及ぼす。日本には関係国の調整役としての貢献も求められよう。

人権問題から、米国の関心強く

北朝鮮の核開発問題をめぐる議論の一方で、米国では最近、人権問題による金正日政権への圧力が本格的に議論されている。去る7月9日、米上院本会議で北東アジア全体に大きく影響する法案が通過した。北朝鮮難民支援法案(以下難民法)である。「修正案S-1138」と呼ばれる難民法は国務省の対外関係法に付属する法案である。

米上院外交委員会の東アジア太平洋小委員会委員長、サム・ブラウンバク議員が提出した難民法の要点は、米国が難民の地位の可否を審査する際に、脱北者を韓国国民として受け入れないということである。従来、米国は脱北者を韓国国民と見なして、米国の移民法207条による難民の地位(Pビザ)を付与しなかった。北朝鮮出身で同ビザが与えられたのはメキシコから米国入りを果たした2人の脱北者だけだ。

これに対して難民法は脱北者問題を韓国の問題とするのではなく、米国が直接に解決する意味を持つ。議会の手続きから見ると、すでに下院で論議中の脱北者関連法案が下院の本会議を通過した後、上下両院が意見を調整した上で確定する。ワシントンでは、難民法は早ければ今秋中に上下両院を通過し、立法化されるという見方が有力だ。

人権問題として脱北者問題に対応しようというこの決意は、米国の人権団体やシンクタンクが数年前から論議していたことを背景にする。ハドソン研究所や「米国を考える女性」(CWA)のなどの団体は政治収容所、宗教の自由、女性脱北者の人身売買などを絶えず問題にしてきた。米国の人権団体は7月25日に北朝鮮自由連合(NKFC)を結成し、同問題に関する世論を1つに集約する試みに出た。米国の新聞や放送も最近は北朝鮮の人権問題を本格的に扱っている。北朝鮮問題は米国で、核だけでなく、人権問題として受け取られ始めたのだ。

米国議会は難民法を扱う過程で最も重要な事項である脱北者受け入れの上限をどの程度にするのかについての論議を行政府と行っている。現在までに判明したところでは1年間の受け入れ限界を最低3000から最大30万人までするという。受け入れの限界は上下両院の討論後に決める事項だが、少なくとも数万人単位になる見通しだ。

米国が飢餓と政治的弾圧を避けて北朝鮮を脱出した人を難民として受け入れることは、北朝鮮、そして北朝鮮と国境を接する韓国、中国、ひいては日本も含む北東アジア全体に影響を及ぼす。

地理的な条件で中国が影響力

第1に、北朝鮮から難民を受け入れた場合、これまでとは比較にならない大量の脱北者が発生する。米国が北朝鮮難民を受け入れることを公式に発表した瞬間から、既に中国の北東三省にいる脱北者に加え、新たな脱出者が続出するだろう。これは、体制崩壊にまでつながる可能性を持つ。外国事情に詳しい指導層の金正日離れも加速するだろう。

第2に、朝鮮半島での中国の役割と影響力が強まる。地理的に見ると脱北者は、中国を経由してしか第3国に向かうことはできない。しかし、中国は脱北者問題を中朝両国の問題として処理し、北朝鮮への即時送還を原則にしている。 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、中国政府は2000年、最低6000人の脱北者を強制送還したとされる。今後、中国が国連難民保護法に反して脱北者を強制送還することは、米中の外交的摩擦になる。

米国が国連という国際的支持を基盤に脱北者問題を扱おうするのは、2008年の北京五輪を目前に控える中国に国際的圧力を加えるためだ。中国がどの程度、国際社会に同調するかは今のところ未知数だが、中国は脱北者問題を無視できなくなるだろう。この問題に関して中国はあらゆる方法で米国と役割分担をする行う立場にあり、最終的に、中国の朝鮮半島に対する影響力はいっそう強化されることになる。

第3に、北朝鮮人権問題を巡る韓国のあいまいな立場は米国との間に葛藤を生むだろう。韓国は4月にジュネーブで開かれた北朝鮮人権糾弾決議案投票に参加せず、北朝鮮の人権問題を公論しない立場を明確にした。韓国政府において同問題は太陽政策に反するタブーなのだ。脱北者問題は韓国を飛び越して、米国が主導する可能性が高い。

難民法は日本に大きな影響を与えると同時に、日本を問題解決に貢献させる立場にもする。

この問題は、船や第3国を通じて何人の脱北者が来るのか、といった現実以前に、国際政治の問題として論議されることになるだろう。リチャード・ルーガー上院外交委員会の委員長は7月17日、ワシントンポスト紙に寄稿したコラムで「米国は北朝鮮難民を米国に居住できるようにしなければならないし、米国の同盟国にもまったく同じ政策が施行されるように圧力を加えなければならない」と強調した。

ベトナムの「ボートピープル」が全世界メディアに登場した70年代半ばは、難民は数万人単位に過ぎなかった。脱北者の規模が十万人単位と見積もられる北朝鮮の場合、国際的協力が不可欠であるというのが、米議会の主流を占める考えなのである。

日本が調整役果たす立場に

地政学的、外交的な状況を考慮すると、日本は米国と同水準の役割を要求される可能性が高い。実際に日本は難民問題について国際社会で重要な役割を果たしてきた。2000年基準で難民支援寄金に関して日本は米国に引き続き世界第2位の1億2000万ドルを提供し、緒方貞子前国連難民高等弁務官の存在も象徴的である。

しかし、日本に対する期待は難民支援寄金のような物的次元だけではなく、脱北者受け入れのような人的サポートも含まれる。日本は国際社会、特に米国との協議を通じて、ベトナム終戦以後発生したインドシナ難民約8000人を受け入れた実績がある。

難民問題は総論では米国が主導するが、各論を実現するにあたっては、日本の役割が不可欠である。米国、中国、韓国の場合は自国の政治的状況により脱北者問題をわい曲し、政治的に利用する可能性がある。客観的な立場で脱北者問題を扱うことは、金正日政権の崩壊のために脱北者問題を利用するのではない。人道的見地からの人権問題として対応することを意味する。

日本に期待される役割は以下の4つがある。

第1は、脱北者の実態に関する客観的情報を集める作業だ。脱北者の規模については最低10万、最大30万人という推測があるだけだ。具体的な規模、脱北者の現実、どんな地域に主に分布し、女性と子供はどんな状況にあるのかなどを日本は関係国と協調し調査することができる。

第2に、政府レベルの組職を関係国と作り、それぞれの国の役割を調整することである。日本は米国や中国とは違う次元のソフトパワーを使って関係国間の調整役を担うことができる。それは国連の支持を基盤にすることで正統性を得る。脱北者の受け入れ数や支援費用などは国際社会の支持と同意で具体化する。

第3に、脱北者の受け入れるとき、どんな基準と名分で受け入れるのかという国際スタンダードを作成することである。日本はデモクラシーと人権、透明性に基き受け入れ基準を論議できる。

第4に、日本人拉致問題が脱北者問題と共に北朝鮮の人権問題だと認知させる役割である。脱北者の人権問題が全世界から共感を呼べば、日本人拉致問題も同一線上で議論できる。

日本人が脱北者問題を実感したのは昨年5月、中国・瀋陽の日本領事館で発生した5人の脱北者強制連行事件からだ。脱北者問題は国際社会が一緒に解決しなければならない義務である。また、今年2月に瀋陽領事館を通じて入国した日本人妻にも見られるように日本自らの問題でもある。

日本は国際社会の一員としてイラクの民主化と安全のために自衛隊を派遣することを決めた。迫りくる大量の脱北者問題についても日本はどの程度の役割を発揮することができるのか、全世界の注目を集めるだろう。

2003年8月5日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2003年8月7日掲載

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