やさしい経済学―潜在成長力と生産性

第5回 日米の無形資産

深尾 京司
ファカルティフェロー

企業による研究開発や組織の改編、労働者の教育訓練などの支出は、将来の生産や収益に寄与する投資の一種(無形資産投資とよぶ)と考えることができる。しかし、国内総生産(GDP)統計では、このような支出の大半は投資ではなく中間投入と見なされ、また初回みた成長会計において、この支出が将来の生産を増やす効果は資本投入増加の寄与として計上されず、全要素生産性(TFP)上昇の中に混入している。

日米欧で無形資産投資を測定し、その経済成長への寄与を設備投資と同じように推計すれば、日米欧のTFP上昇格差のうちどれほどが、無形資産投資の違いに由来するかを知ることができる。このような問題意識から、筆者を含めた国内外の研究者が無形資産投資を推計し、新しい成長会計の整備を試みている。

図は無形・有形資産投資の対GDP比率の動向を日米比較している。無形資産投資には、先述の支出以外に広告宣伝費、著作権取得、ソフトウエアへの支出(一部は国民経済計算で総固定資本形成に参入済み)などを含む。日本の無形資産投資の対GDP比率は、活発な企業の研究開発を反映して、1990年代半ばまでは米国に引けをとらなかったが、それ以降は格差が急拡大している。

日米の有形・無形資産投資のGDP比率

これは、米国においてソフトウエア投資が急増したことや企業の組織改編が加速したことなどが原因である。無形資産投資の内訳を日米で比較すると、企業組織の改編のほか教育訓練の面で、日本の支出が少ない。一方、有形資産投資の対GDP比率については、日本は米国の2倍近い水準にある。

新しい成長会計によると、近年の無形資産投資(ソフトウエアを含む)の経済成長への寄与は、米国では年率1%(1995-2003年)に達したのに対し、日本では同0.3%(95-02年)であった。日米のTFP上昇率格差(近年で日本が年率0.5%程度、米国は同1%強)のかなりの部分は無形資産投資の違いで説明できる。

2007年12月18日 日本経済新聞「やさしい経済学―潜在成長力と生産性」に掲載

2008年1月16日掲載

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