今回は、財政再建による景気への影響をめぐる議論をみてみよう。
財政支出の削減や増税は、通常のケインズ流マクロ経済学の考え方では、財政の引き締めによって、民間の消費などに悪影響が及び、国内総生産(GDP)の押し下げ圧力が高まるとされる。不況時に財政支出拡大や減税が景気を刺激すると考えられるのと同じ効果(方向は逆)で、「ケインズ効果」とよばれる。デフレからようやく脱しつつあるいまの段階で、急激な引き締めに懐疑的な声もあるのは、こうした点などを懸念してのことだ。
これに対して、財政赤字が急拡大する、また現在の日本のように政府債務残高の対GDP比率が高い水準にある、といったように財政が不健全な状態では、大胆な財政引き締め策は、むしろ民間の消費などを拡大させ、GDPの落ち込みを防ぐ可能性もあるとの見方がある。イタリアの経済学者ジュヴァッツィ、パガーノ両氏の研究などがそれで、早期の大胆な歳出削減などを主張する人々の追い風となっている。
財政の引き締めが人々の将来への不安(時間がたつほど負担は増えるという不安など)を打ち消すことになり、それに関連した効果で現在の消費などが刺激される、という趣旨である。これは「非ケインズ効果」とよばれ、1980年代以降、デンマークやアイルランドなどでこのようなことが観察されたという。
理論的には次のように考えることができる。たとえば、債務返済のために必要な将来の負担増がある一定の水準を超えると、人々の労働意欲の減退などを招き、経済活動を大きく落ち込ませる効果をもちかねない。こうした場合には、それを現在の財政引き締めによって回避させることなどで、プラスの効果が生じる可能性があるといわれる。
またリカード、バローの「中立命題」とよばれる理論なども議論されている。これらを基に仮定を置いて単純にいえば「いま国債を発行して減税しても、人々がその穴埋めに将来増税があると予想するので現在の消費は増えない」ということになる。それが「1990年代の再三にわたる大規模な景気対策の効果が乏しかった一因」とみる向きもある。仮にそうであったと考えた場合には、今後増税が実施されたとしても、それは「90年代に減税したときすでに予想された増税」なのであって、先行きの景気に対しては悪影響を及ぼしにくいはずである。
2006年6月1日 日本経済新聞「やさしい経済学 財政改革」に掲載