やさしい経済学 財政改革

第4回 総債務か純債務か

伊藤 隆敏
ファカルティフェロー

財政再建をめぐり、前回までは主に「成長率・金利論争」をとり上げた。次に総(グロス)債務と純(ネット)債務の議論をみていこう。

この議論が本格化する契機の1つのなったのは、ワインシュタイン・コロンビア大教授の論文(シカゴ大のブローダ氏のと共著)である。同氏らは、総債務から政府機関の金融資産などを差し引いたものを純債務と定義したうえで、日本の場合、2002年度で一般政府の総債務は国内総生産(GDP)の161%程度に達した半面、純債務は公的部門で64%程度にすぎない、と計算している。

加えて、日本銀行の保有する国債のレベルが将来も維持されるとすると、日銀は政府と連結しており、その保有国債は相殺して考えることができ、これらの結果、純債務の対GDP比率は46%まで圧縮されるという。

もっとも、別の調整要因もある。「不良債権」の扱いである。公的部門が民間部門などに対してもつ債権には、不良債権もある。その潜在的な損失(政府が処理するもの)には、本来の債務として計算すべきものもある、という考え方もありえよう。

その点も踏まえて、ワインシュタイン氏らは、これらに関連する不良債権の研究結果(土居丈朗・慶應大助教授らによる)を参考に調整すると、結局、純債務の対GDP比率は上昇するが、それでも62%前後に落ち着くと指摘している(ちなみに、ワインシュタイン氏らは不動産などの実物資産を計算に含めていないが、それを考慮した場合には純債務の対GDP比率はさらに変化する)。

さらにワインシュタイン氏らは、日本の出生率がやがて回復するとも見込んでおり、総合的に考えて欧州並みに税負担率を引き上げたりしない場合でも、日本の財政は維持が可能(いずれ債務残高のGDP比率の上昇を抑えることができる)としている。

もちろん、彼らも現在のように赤字を垂れ流し続ければ日本の財政は破綻するということは否定しないだろう。しかし、急いで財政を引き締める必要はないというのが、彼らの主張のポイントである。時間をかけて歳出削減や増税で純債務の対GDP比率の伸びを抑制して、やがて低下に結びつければよい、という。

こうした考え方については、財政再建を楽観視する論者には追い風になっているようであるが、反対する向きも少なくない。次回は、そうした批判などに焦点を当ててみよう。

2006年5月29日 日本経済新聞「やさしい経済学 財政改革」に掲載

2006年6月14日掲載