やさしい経済学 財政改革

第2回 ドーマー条件

伊藤 隆敏
ファカルティフェロー

先ごろ経済財政諮問会議では財政状況を測る政府債務残高の対名目国内総生産(GDP)比率をめぐる議論が展開された。

長期的に財政を維持可能な状態とし続けるには、この比率の抑制が必要との考えから、前提として前回述べたプライマリーバランス(基礎的財政収支)の赤字解消が強調されたほか、「名目のGDP増加率(経済成長率)が名目の金利より高い」という条件が議論された。これは「ドーマー条件」(ドーマーは提唱者の名)とよばれるもので、それに関連して、いわゆる「成長率・金利戦争」が起きたのである。

政府債務残高の対名目GDP比率の分子である債務残高は、プライマリーバランスの赤字や債務の利子が膨らめば増加する。ここで、プライマリーバランスがちょうど均衡しているときには、債務残高の増加率はその利子率と一致する。

要するに、プライマリーバランスがちょうど均衡しているときには、債務残高の対名目GDP比率が上がるか下がるかは、分子の増え方(金利)と分母の増え方(経済成長率)の大小で決まることがわかる。仮に名目成長率が名目金利より高ければ、プライマリーバランスさえ均衡させておけば、時間はかかるかもしれないが、債務の対GDP比率は下がっていく。もちろん、プライマリーバランスが黒字になれば、その比率はより速く下がっていくだろう。

一方、名目成長率が名目金利より低ければ、プライマリーバランスがそれなりの黒字にならないと債務の対GDP比率は上がり続けかねない。

つまり、財政再建をめぐる「成長率・金利論争」とは、今後の財政の引き締めをどの程度大幅に進める必要があるのか、という議論ともみなせる。

この点について理論的な定理、歴史的に見て決定的な証拠はあるのだろうか。理論的には、新古典派でノーベル経済学賞を受賞したソローの成長モデルとよばれるものなどがある。それらに基づけば、いくつか単純化の仮定を置いたうえで、長期的に最適な成長を促す場合には、金利は成長率よりも高くなる(実質ベース)ことが示される(金利のとり方などによっても変化するが)。

また、外国の研究では、ドーマー条件は満たしていないものの財政は維持可能状態にある他の先進国も少なくない。それも念頭におけば、この条件を固定的に考えなくてもよいのかもしれない。

2006年5月25日 日本経済新聞「やさしい経済学 財政改革」に掲載

2006年6月14日掲載