やさしい経済学 財政改革

第1回 丁々発止の深層

伊藤 隆敏
ファカルティフェロー

景気の回復が進むなかで、財政問題、人口減少・少子高齢化、グローバル化など経済社会の大きな環境変化への対応をめぐり、丁々発止の政策論争、論戦が闘わされている。さまざまな議論を解剖しながら、政策と理論の関係などについてシリーズで探っていこう。

政府の経済財政諮問会議で財政改革がしきりに議論されている。少し前の会合では成長率と金利のどちらが高いのかをめぐり、成長率の方が高いシナリオを示す竹中平蔵総務相と、それに異論を唱える吉川洋東京大教授との間で激論が交わされ話題となった。そこでは、竹中氏が歴史的証拠を求めて引用した元米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長のマンキュー・ハーバード大教授が有名にもなった。

政治の場でも、増税の前に歳出削減を進めるべきか、歳出削減も増税も同時に考えるべきかなどで、専門の学説も用いながら議論が闘わされている。そこで、本稿では財政改革をめぐる論戦の各主張を経済学的に解説したうえで、慎重かつ責任ある財政政策を考えてみたい。

日本の名目政府債務(中央政府、地方政府を含む一般政府)残高の対名目国内総生産(GDP)比率は、現在150%を超え、主要7カ国で飛び抜けて高い(米英仏独加は100%以下)。1990年の段階では、この比率は60%台と7カ国の平均に近かったが、90年代を通じて高まった。特に、90年代半ばごろから、毎年度の財政赤字が膨張したため政府債務のGDP比率は大幅に上昇した。このままこの比率の上昇に歯止めがかからなければ、いずれ日本の財政が破綻することは明らかだ。

財政再建のためには、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の赤字解消が不可欠である。プライマリーバランスとは、公債発行を除く歳入と、公債費を除いた歳出の差である。この収支の赤字解消は、新たな借金に頼らなくても行政サービスの費用が賄えるための条件といってよい。このプライマリーバランスを2010年代初頭には黒字にする、という政府の目標に異議を唱える人はほとんどいない。ところが、いくつもの「論争」が起きているのはなぜだろうか。

2006年5月24日 日本経済新聞「やさしい経済学 財政改革」に掲載

2006年6月14日掲載