やさしい経済学―教育をデータで斬る

第10回 計り知れない未来へ

成田 悠輔
客員研究員

教育とデータを巡る旅も終わりに近づいてきました。これまで有名校から民営公立校、そして明治時代の高等教育まで、既に存在する(した)教育の効き目を測ってきました。そのうえで、効果のある教育を選び育てていくためのデジタル化と機械化の未来についても議論しました。

気づかれた方がいらっしゃるかもしれませんが、素材が過去から未来へと流れるにつれ、データやエビデンスの影は薄くなります。ここにデータの限界があります。当たり前ですが、データを使って分析できるのは、データを生み出した過去の教育だけなのです。

しかし、教育は常に新しい問題に直面し、様々なプレーヤーが試行錯誤を重ねています。日本でも、貧困や困難に直面した子どもに居場所や学びの場所を提供したり、デジタル教育を推進したりする教育起業家たちが増えつつあります。そうした起業家の育成を目的としたインキュベーション事業が、全寮制国際高校「ISAK」で始まるといった動きも出ています。

新しい教育事業にはデータが存在しないため、評価や予測のしようがありません。やってみるしかないわけです。

見方を変えれば「未来の政策の効果を予言することは可能か」という課題を研究者に突きつけているともいえます。そんな方法もあるにはあります。コンピューターサイエンスでは「反実仮想機械学習」、経済学やマーケティングでは「構造推定」などと呼ばれています。

しかし、こうした手法が扱えるのは「過去の政策と似ているが、まだ実行されていない政策」にとどまっています。残念ながら「まったく新しい未来」と「過去のデータ」は相性が悪いのです。新しいデータ科学が待ち望まれます。

教育とデータの可能性と限界をお話ししてきました。過去のデータをもとに既にある教育の効果を測れるだけ測り、古びた悪手とは決別しよう。そしてデータは忘れて計り知れない未来へと跳躍しよう。そんな戒めと励ましでこの連載を閉じたいと思います。

2020年2月28日 日本経済新聞「やさしい経済学―教育をデータで斬る」に掲載

2020年4月13日掲載

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