やさしい経済学―教育をデータで斬る

第7回 「市場化」の効果は微妙

成田 悠輔
客員研究員

教育とその効果について、事例や研究成果を紹介しましたが、子どもに受けさせる教育の内容は誰が決めるべきでしょうか。文部科学省や教育委員会が効果的な政策を見つけてくれれば一件落着ですが、高品質な教育分析は日本ではほとんどできていません。データも分析力も限られたなかで、しがらみや財政難に苦しむ政府に期待できることは限られています。

そこで別の道が浮かんできます。教育の受益者は子どもや家庭なので、どんな学校や教育がいいかは家庭の選択に委ねてはどうかという発想です。市場では人々が支持しないものは競争で淘汰されます。それに似ているので「教育の市場化」とも呼べそうです。

いわゆる市場原理主義を主張したノーベル賞受賞者のミルトン・フリードマンは、1950年代から教育の市場化を提唱しています。実際に80年代以降、学費だけに使えるクーポンである「教育バウチャー」や、行きたい学校を生徒が選ぶ学校選択制が各国で普及しました。

しかし、その成果は微妙です。世界各地で分析が行われていますが、教育バウチャーや学校選択制のような教育の市場化が生徒の成績向上に結びつくか、はっきりした結論は出ていません。害の方が大きいという見方もあるほどです。

なぜ、明確な成果が確認できないのでしょうか。市場が機能するためには、消費者(家庭や子ども)が商品(学校)の良しあしを正しく見極めることが肝心です。しかし、実際には学校はとても複雑な商品で、家庭や子どもはそれを理解しきれません。

ニューヨークの高校を対象にした筆者の研究によれば、多くの生徒はどの学校を選べばよいか、よくわかっていません。学校に通い始めてから「校長がこんなに感じの悪い人だとは知らなかった」などと後悔して、他の学校に移ろうとしていることがわかりました。

教育のような複雑な選択では、市場にも限界があるのです。政府もダメ、市場もダメとなると、どうすればいいでしょうか。残された道は人間を諦めてしまうことです。次回は教育の機械化を考えます。

2020年2月25日 日本経済新聞「やさしい経済学―教育をデータで斬る」に掲載

2020年4月13日掲載

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