やさしい経済学―教育をデータで斬る

第5回 旧制高校が「身の丈」を変えた

成田 悠輔
客員研究員

日本にも、教育が生徒の人生を変えたといえる事例があります。明治時代の旧制高等学校です。1894年に制度が始まった旧制高校は、政治・経済はもとより文化などの各分野で、近代日本を築いた多くの偉人を輩出しました。

旧制高校の教育は若者の将来にどう影響したのでしょう。筆者は一橋大学の田中万理、森口千晶の両氏とともに、2つのデータを融合してこの問いに答えました。入学者名簿などの旧制高校史料と、入学から数十年たった1939年出版の「人事興信録」です。興信録には高額納税者や政治家・受勲者など、いわば偉人が収録されています。

分析の結果、旧制高校に入学すると、数十年後の興信録に掲載される確率が高まることがわかりました。偉人たちははじめから偉人になることを運命づけられていたのではなく、旧制高校のおかげで偉人になれたといえるでしょう。

旧制高校が若者の生涯を大きく変えるのであれば、どのように入学者を決めるかという選抜方法が問題となります。当初の旧制高校は、受験生の多くが地元の旧制高校を目指す、各地域に根付いたものでした。

しかし、明治政府は02年に入試制度を改革し、全国統一入試を導入します。出身地に関係なく優秀な生徒を進学させようと考え、統一入試の成績順に入学権を与えるようにしたのです。今、世界の多くの国で実施されている全国統一大学入試の原型です。

改革の前後で、旧制高校の偉人輩出力にはっきりとした変化は見られません。ただ、大きな変化も生まれました。東京の覇権拡大です。筆者らが入試改革の直前と直後の世代を比べたところ、改革後は東京出身で偉人登録される人が10%以上も増えました。東京は豊かで勉学環境にも恵まれています。能力主義的な入試改革が人生の地域格差を拡大させたわけです。

昨年話題になった文部科学相の「身の丈」発言でも分かるように、地域差は根の深い問題です。しかし、入試制度をうまくデザインすれば出身地による「身の丈」は変えられます。明治の事例はそんな教訓を残してくれたようです。

2020年2月21日 日本経済新聞「やさしい経済学―教育をデータで斬る」に掲載

2020年4月13日掲載

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