やさしい経済学―教育をデータで斬る

第4回 幼稚園が将来収入を左右

成田 悠輔
客員研究員

皆さんは幼稚園の同級生や担任の先生を思い出せるでしょうか。顔や名前、癖など、かすかな記憶しかない人がほとんどでしょう。別の誰かと取り違えていてもおかしくはないような彼らが、実は皆さんに大きな影響を与えているかもしれません。車を1台贈ってもらったくらいに。

2011年、米ハーバード大の経済学者らが「幼稚園が将来の年収を左右する」という研究結果を報告しました。この研究では、一見すると関係のない2つのデータを組み合わせて分析しています。1980年代末に米国で行われた「STAR」(Student-Teacher Achievement Ratio)と呼ばれる社会実験のデータと、2000年代の確定申告データです。

STAR実験では、幼稚園から小学3年生の1万人余りの子どもを、様々な学級に抽選で割り振りました。学級の規模や教育の質が生徒に与える影響を測るためです。抽選を使うことでその他の影響を排除し、教育の効果だけを取り出す「ランダム化実験」と呼ばれる手法です。

実験が終了した1989年以降、参加者の追跡は行われていませんでした。そこで実験参加者の個人情報を用い、STAR実験で得られたデータと、20年後の確定申告データを融合したのです。

この結果、「幼少期の学級が、大人になってからの収入などに大きな影響を与える」ことがわかりました。幼稚園で、すご腕の先生や、賢いクラスメートと一緒に、少人数のクラスで育った子は収入が高くなっていたのです。

具体的には、20人学級の教育の質を1年間で10偏差値分だけ向上させれば、生徒の生涯収入が現在価値に割り引いて約400万円上がることがわかりました。どんな幼稚園で誰と過ごすかが、子どもの未来を左右するのです。

前回までは教育の効果を成績で測りました。それは成績が一番測りやすいからです。しかし、長い目で見た収入にも影響することがわかりました。教育は褒めてもらうためのただのゲームではなく、同時に数十年後の自分を変える可能性も秘めているのです。

2020年2月20日 日本経済新聞「やさしい経済学―教育をデータで斬る」に掲載

2020年4月13日掲載

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