やさしい経済学―教育をデータで斬る

第2回 学歴に意味はない

成田 悠輔
客員研究員

猫にマタタビ、人にガクレキ。そう思われるほど学歴は人間の好物で、この新聞に「○○大学卒」が何回登場するか数えるだけで時間がつぶせそうです。しかし、有名校に入ると人は幸せになるのでしょうか。

この疑問の理想的な解消方法は、壮大な社会実験でしょう。子どもを有名校と普通の学校に抽選で入学させ、有名校かどうかで違いが出るかを確かめる実験です。しかし、そんな実験はいくらエビデンス好きの政府でもできません。

その代わりによく用いられるのが、架空の実験に似た状況を現実世界で見つけ出すという方法です。意図せず自然に起きた実験という意味で「自然実験」と呼ばれ、データから因果関係を見つけ出す「因果推論」でよく使われます。

自然実験を使った教育効果の測定は教育学や心理学で20世紀半ばに始まり、1990年代以降、経済学などにも浸透しました。では学校による違いはあったのしょうか。米マサチューセッツ工科大のヨシュア・アングリスト教授らと筆者の共同研究を紹介します。

舞台はシカゴです。この街には入学が難しい有名公立高校が10校ほどあります。これらの学校にギリギリで合格した生徒と、ほんのわずかに点が足りず不合格となった生徒のその後を比べます。ギリギリで受かるか落ちるかは偶然に近いと考える自然実験です。

両者の米国版センター試験の成績を比べたところ、有名校に入っても普通の高校に入っても違いがないことがわかりました。有名校の生徒はその学校のおかげで成績優秀なのではなく、そもそも成績優秀な生徒が有名校に入っているだけ、という残念な結論です。

ニューヨークやボストンの有名公立高、ハーバード大やエール大のような有名私大でも、成績や収入を伸ばす効果は普通の高校・大学と大差ないという研究があります。有名校に入っても学生の未来が明るくなるとは限らないのです。

日本にはこうした分析はありません。データがない、というのが理由(言い訳?)のようです。「わが校の教育には効果あり」と信じてやまない関係者の方はぜひご一報ください。

2020年2月18日 日本経済新聞「やさしい経済学―教育をデータで斬る」に掲載

2020年4月13日掲載

この著者の記事